アイス、アイス、アイス!3

 結局、うまくいったのは最初の一回だけで、あとは何度やってもうまくいかず、手が痺れてナタを持てなくなった時点で終わりとなった。『まあ、そうじゃろうな』とメリュジーヌは見事な手のひら返しを見せていた。


 徹が普通に竹を切り落とし、数本の竹を運び出していく。

「ふいー、あっちぃ……」

 徹が手で額から流れる汗を拭った。ナタで竹を切った肉体労働に加え、梅雨の合間の晴れ間の日差しは強烈で、しかも昨日降った雨の気化熱が身体を蒸してさらに暑い。


 はしごの長さを考え、少し長めに四メートルくらいの長さに切った竹を横向きに二人で持ち、〈竜海の森〉をあとにする。

 竹を部室に持ち帰るためには旧校舎の横を抜けて一度、校庭に出て正面玄関まで行かねばならない。そのまま旧校舎には入れればいいのだが、残念ながら下駄箱は新校舎にあるために回り込んで行かなければならないのだ。


「なあなあ、氷食っていこうぜ。氷」

 旧校舎の横まで来たとき、徹が提案した。


『氷……? そんなもの食って、何が楽しいんじゃ?』

 メリュジーヌが冷めた目で徹を見る。

 この大食いドラゴンは元々高山に住んでいた。氷など見慣れているが美味いものではない。それが彼女の考えだ。


「ふふふ。ジーヌは氷の美味さを知らないか。そうかそうか」

 徹が満足そうな顔で頷く。

「確かにこの暑さだ。かき氷でも食ったら美味しいだろうけど、どこで食べられるんだ?」


 知っての通り、今の北高は外部と隔絶されており、近くのコンビニに行ってかき氷を食べるというわけにも行かない。


「お? 慎一郎、知らなかったのか? かき氷屋があるんだよ、校内に」

『かき氷じゃと!? なんじゃその魅惑的なワードは!』

 メリュジーヌの瞳が先ほどとはうってかわってキラキラと輝く。本当に現金なドラゴンだと慎一郎は思った。


「一週間くらい前からかな? バレー部が始めたんだよ。いろんなフレーバーがあって本格的なんだ。行こうぜ」

『トオルよ、そのかき氷屋とやらに早う連れて行け!』

「おう、こっちだ!」

 慎一郎はメリュジーヌに急かされ、徹に案内されて校庭の方へと走っていった。




 徹達は校舎の間を抜けて、校庭の隅――校庭はすでにそのほとんどが園芸部といくつかの部によって開拓されており、畑となっていた――までたどり着いた。梅雨の合間の太陽光を存分に浴びてよく育っている様々な種類の野菜の向こうを徹は指さした。


「あそこだ。あの屋台でかき氷が――って何じゃこりゃあ!」


 徹が驚くのも無理はない。屋台からは延々と人の列――行列ができていたのだ。その長さは百メートルはあろうか、いくらかき氷は準備に時間がかからない料理とはいえ、これではいつありつけるのかわかったものではない。


「いやいや、いくら暑いからって、人気出過ぎだろ!」

 今北高にいるのはせいぜい百数十人だ。全体の人数から考えると、大人気と言っていい状況だ。


「どうするんだ? 並ぶのか?」

 おれは嫌だぞという気持ちを言外ににじみ出させたつもりだが、食い気全開のメリュジーヌに届くはずもなく。

『もちろんじゃ! 何時間並ぼうとも、かき氷を必ず食ってみせる!』


 こうなっては誰も止められない。「はあ」とため息をつき、徹と共に列の最後尾にならんだ。


「バレー部員は俺の知り合いだからさ、ちょっとおまけしてくれるかもしれないぞ」

『トオルの知り合いということは、女子おなごじゃろう?』

「な、なんでわかるんだよ!」

「誰でもわかるだろ」

 そんな話をしながら列の最後尾に近づく。


「アイスクリームの最後尾はこちらです!」

 背の高い、半袖半ズボンのジャージにエプロンを着けた女子生徒が、言ったのと同じ言葉が書かれているプラカードを手に案内してくれたので、それに従って列を作る。


『何、アイスじゃと!?』

 メリュジーヌの目の色が変わったような気がした。いや変わった。アイスは封印前にファミレスでパフェを食べさせられたときに中に入っており、彼女がいたく気に入った数多くの食べ物のうちのひとつだ。。


「アイス? かき氷じゃないの?」

 徹が女子生徒に気安く聞いた。


「ふっふっふ~。本日解禁、バレー部特製のミルクたっぷり濃厚アイスだよ。バニラとストロベリー味、どちらも一個三百円だからね!」

 この場合の三百円とは、三百のことである。校内での日本円の使用は一部を除いて禁止されている。


「マジかよ、すげー! ねぇねぇ、試食させてくれよ~。いいだろ松井ちゃーん」

「うふふ、栗山君の頼みでもだーめ。ちゃんと列に並んでね。あっ、列の最後尾はこちらでーす!」

 そう言って松井と呼ばれた女子生徒はもうすでに慎一郎達の後ろにもたくさんの生徒達が並んでいる最後尾の方へ行ってしまった。


『アイスか……。楽しみじゃのぉ。まさかアイスが食べられるなど、思いもよらなんだわ。シンイチロウよ。わしはバニラとストロベリー、両方食いたいんじゃが』

「一人一個じゃないのか? この行列だぞ」

「なら、俺のと分けようぜ。俺も両方食ってみたいし」

『さすがはトオルじゃ。女を喜ばせるすべを知っておる。それに比べてシンイチロウは……』

「はいはい、すいませんねぇ」

 そんな話をしていると、行列の前に並んでいた女子生徒が振り向いた。


「あ……」

「あれー? 外崎ちゃんじゃない! 外崎ちゃんもアイス買いに来たの?」


 前に並んでいた、長い髪の――ただしボサボサだ――女子生徒は鍛冶部兼竜王部の外崎姫子だ。普段は部室か鍛冶のための炉で一行が帰るための〈転移門ゲート〉を開けるのを待っている彼女だったが、今日は探索が中止になったためにアイスを買いに来たようだ。


「ひっ……!」

 グイグイ来る徹に怯えたのか、姫子はすかさず慎一郎の背に隠れてしまう。


「ほら、お前の声が大きいから、外崎さん怯えちゃったじゃないか」

 姫子は慎一郎や徹よりも年上の二年生だが、慎一郎の胸ほどまでしかない身長と小動物のような動きからあまりそういう感じはしない。


「えー、なんでだよ! すべての女性に愛されるこの俺様だぞ!」

『よく言う』

「ジーヌまで!」

 口をとがらせる徹。と、姫子が二人の手に持っている竹に気づいた。

「……?」


「ああこれ? 実はかくかくしかじかで、迷宮に置いておこうと思ってるワケ」

 徹の説明を耳にしながら、姫子は慎一郎の影から出て竹をじっと見つめている。


『なんじゃヒメコよ、こんな竹に興味があるのか?』

 姫子は自分の名前を呼ばれることに抵抗があり、皆は名字で呼んでいるが、メリュジーヌはお構いなしである。


「こ、この竹ではしごを作っても……多分壊れる……壊れます。ふひ!」

「え!? 大丈夫だって。ちゃんときつく縛るし、それにほら、こんなに丈夫だろ?」

 徹が手に持っていた竹に力を込める。竹は少したわんだが、そのしなやかさにより折れることはない。


 しかし、姫子は首を横に振る。

「普通に使うなら問題はない……ありません。けど……迷宮の中で、装備を持って上り下りすると……危険。危険……です……」


 迷宮探索の装備はかなり重い。特に前衛である慎一郎や斉彬は武器の重量だけで相当なものがある。それを考慮に入れてなかった。


「けど、他にはしごはないんだよな……。どれも使われてるし。困ったな……」

 慎一郎と徹、それにメリュジーヌが腕を組んで困り果てているところへ姫子が提案する。


「な、なら……。僕が作ろうか……? ふひひ!」

「え、マジ? 外崎ちゃん、作ってくれるの?」

 徹の過剰な反応に、姫子は再び慎一郎の背に隠れてしまった。


「あ、余った鉄があるし……それくらいなら……だいじょぶ……です」

 慎一郎の背中から顔を半分だけ出してそう言った姫子に徹は、

「いよっしゃあ! さすが外崎ちゃん! お礼に今日のアイスはおれの奢りだ!」

 あまりの声の大きさに完全に慎一郎の影に隠れてしまった姫子だったが、『おごり』の一言に顔を出し――


「さ、三個欲しい……。炉は暑いから……」

『な、なんじゃと……!? ここにおるのは三人。ヒメコに渡すアイスは三個。ということは……。うがぁぁぁぁぁ!』

「ジーヌが発狂したぁ!」




 アイス三個を要求した姫子に対し、自分の取り分がなくなるという危機感を募らせたメリュジーヌによる交渉により、アイスの支払いは分割となった。

 取り敢えず今日の所は姫子の分を徹が払い、残りの二個を徹と慎一郎(とメリュジーヌ)で分けて食べることになった。


 長い行列だったが、アイスを提供するのにひとり当たりの時間はそうかからないようで、列は順調に消化されていった。

 およそ二十分かけて少しずつ前へと進んでいき、ようやくアイスの屋台が目の前に迫ってきた。


 横三メートル、高さ二メートルほどの屋台だ。木で作られていて、梁の部分に暖簾のように模造紙が貼ってあり、“バレー部のアイスクリーム屋さん♡”とピンク色のかわいらしい文字で書かれている。


 屋台の中では列の整理を行っていた女子生徒と同じく、ジャージにエプロンを着けた女子生徒が三人、忙しそうに働いている。二人が足下にある容器からアイスを盛り付けて客に渡す。残りの一人は会計係のようで、お金の受け渡しをしながらノートに売り上げを書き込んでいた。


「ありがとうございましたー!」

 バレー部員達の黄色い声に送り出されてまた一人、生徒が屋台を後にする。ちらと見るとその生徒が手に持っているのは小ぶりな使い捨ての皿。そこにピンク色のアイスクリーム――ストロベリー味だろうか――が乗っており、脇には木で作られたスプーンが刺してある。


 スプーンでアイスをすくい、口に運んでいく。「おいしー」と幸せそうに笑うその女子生徒を見てメリュジーヌが生唾を飲み込んだのが見えた。彼女の姿は〈念話〉による立体映像のはずなのだが。


『は、はやく……! わしはもう……待ちきれん!』

 メリュジーヌの興奮は頂点だ。一行の中で先頭に並ぶ姫子の順番まであと五人……時間にして三分ほどだろうか。メリュジーヌでなくとも口の中が唾液で満たされていく。


 そして、またひとりアイスを手に屋台から離れていった。と、その時――


「品切れです! 今日の分のアイスは完売しました! また明日、朝九時から販売しますので、よろしくお願いします!」


 どよめきが湧き上がる。納得いかない生徒達がバレー部員達に詰め寄るが、ないものはどうしようもないことがわかっているためか、それほど大きな騒ぎにならずに生徒達は三々五々、帰って行った。


 目の前でアイスを取り上げられた慎一郎達も、

「まあ、ないものはしょうがないよな……。外崎さん、アイスは明日からでもいいか?」

 慎一郎の問いに姫子はこくりと頷き、不気味に笑った。

「いい……です。はしごを作るのは明日だから、明日の方がいい……ふひひひひ!」


「じゃあ、おれ達も帰るか? って明日はどうする? はしごができるまでは身動きできないしなぁ……。ん? どうした慎一郎?」

 徹は怪訝な表情の慎一郎に声をかけた。


「メリュジーヌが……」

「ん? そういやジーヌ、アイスが食べられなかった割におとなしいな」

「いや、メリュジーヌ、気絶した」

「はぁ!?」

「多分、ショックのあまり気を失ったんだろう」

 竜の中の竜、竜王たるメリュジーヌの情けない姿に明日こそはメリュジーヌのアイスを食べさせてやろうと慎一郎は思ったのであった。

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