アイス、アイス、アイス!

アイス、アイス、アイス!1

                        聖歴2026年7月6日(月)


 北高竜王部の当面の目標は、“ウシの巨大モンスターを探し出すこと”である。


 結希奈と慎一郎の調査では竜海神社とドラゴンの関係性は証明できなかったが、それでこよりの“巨大モンスター十二支説”が否定されたわけではない。


『他のモンスターが地下におったのじゃから、ドラゴンの痕跡も地下にあると考えるのが妥当じゃろう』

 とは、メリュジーヌの見解である。彼女によると、暗闇を好んで地下に住むドラゴンも少なくないらしい。


 そういうわけなので、今度は地下からドラゴンがいると思われる方角を目指していく。

 入り口が“ネズミ”なので、“竜”にたどり着く前にまず“ウシ”を探し出そうというわけだ。


 なのであるが――




「おい。ここ、前に来たところだぞ」

 徹がしゃがみ込んで通路内の岩を指さした。そこには、鋭い石のようなもので“T・K 7”と書かれていた。栗山徹のイニシャルである。番号は同じ印がいくつもあるからである。


「うーん、そうだね……。やっぱりぐるぐる回ってる」

 こよりが魔法で記述された立体地図で現在位置を確認している。


「本当にここから北東へ繋がる道なんてあるの?」

 結希奈の懸念はもっともだ。この辺りの探索を進めて早一日。さっきから同じ所をぐるぐる回っているのではないかという懸念は、徹の残した目印によって立証されてしまった。


 最初に見つけた地下迷宮の入り口――ネズミのモンスターがいた付近から北東方向にウシのモンスターがいると推測される。

 これまでの探索は入り口から西方向へ進み続けてコボルト村や剣術部の新部室へとたどり着いたわけであるが、西ばかりに進んでいたのはそちらにしか進む道が見つけられなかったからだ。


 もちろん、東方向の探索がすべて終了した結果、道がなかったから西に行っていた訳ではないから、まずは見落としていた脇道の調査を含めて入り口付近をいつもよりも丹念に調べているのだが――


「成果ゼロ、か……。もしかしてここからじゃ東方向には行けないとか?」

「ああ……あり得るな。アルファベットの“C”みたいな形になっているんだとしたら、とんだ取り越し苦労になる」

 慎一郎の懸念に徹も指を“C”の形にしながら同調する。


 この辺りのモンスターはもはや彼らの敵ではなく、出てくる片端から狩っていった結果、モンスターの全く出ないエリアをひたすらぐるぐる回るという状況になっていた。


「モンスターと戦うより、ただ歩いているだけの方が疲れるなんてな……」

 そう言って斉彬が腰掛けると、他の皆も疲労困憊とばかりにその場にしゃがみ込んだ。徹などはしゃがむだけでなく、その場に寝転んでしまった。


「もう、お行儀悪いよ」

 こよりがたしなめるが、どこ吹く風だ。


「ここまで成果のない日も珍し――あああっ……!」

『なんじゃ、トオル! 騒がしいぞ!』

「いやいや……! ジーヌ、それにみんな。あれ見ろよあれ……!」

 寝転がったまま上方を指さす徹に釣られて皆も上を見る。


「……!!」


 天井の高いその通路を見上げると、壁の上方にぽっかりと横穴が空いていた。穴は奥まで続いているように見える。横穴というよりは、奥の高い位置にある通路がこの通路に繋がっているという方が正解かもしれない。穴は二メートルほどの高さにある。手は伸ばせが届くが、奥がどうなっているかはここからでは窺い知ることはできない。


「どうだ……いけそうか……?」

「もうちょい……前に……」

「ま、前か!? いや、ちょっと待ってくれ……お前、重いぞ……! これ以上……前には……げ、限界が……」

「じゃあ、先に装備と〈副脳〉を上に下ろします。これで少しは……」

「頼む……」

「これでどうですか?」

「いいぞ。大丈夫だ。前に進むぞ」

「お願いします」

「これくらい……か……?」

「い、いけそうです……」


 斉彬に肩車する形で慎一郎が通路に手をかける。斉彬の上に乗っている形なので力が入らないが、高さは十分にあるので上半身をうまく乗せることができれば通路に登れそうだ。


「よ……っ」

 腕に手をかけてよじ登る。脚を斉彬の肩から上げて、通路の方へうまく動かせた。ここまで来れば大丈夫。残るもう片方の脚も通路側に上げて移動完了。


「…………」

 徹から魔法の明かり〈光球〉をもらって照らしてみたが、それでも奥はよく見えない。


「メリュジーヌ、何かわかるか?」

 慎一郎がメリュジーヌに聞いた。体重では斉彬に次いで二番目に重い慎一郎がわざわざ登ってきたのは、彼ひとりが登るだけでメリュジーヌも登ったことになるからだ。

 メリュジーヌの感覚は慎一郎と共有しているから人間並みだが、同じものを見聞きしても気づくことが違うだけで大分違うだろうとこのパーティでは慎一郎が斥候役を務めることが多い。


『何も感じんの。奥の方から風の音が聞こえる。かなり奥は深いようじゃ』

 ということなので、もう少し奥まで行ってみようとしたところ、下で待っている徹からの呼びかけがあった。

「どうだ? 何かあったか?」


 一旦戻った方が良さそうだ。慎一郎はそう判断して徹に返事をした。

「待ってくれ。今戻る」




 慎一郎は皆が待っているところまで走って戻り、穴の上から事情を説明した。見下ろす形になっているのは妙な気分だが、降りてしまうとまた登るのに一苦労するから降りずに説明した。


「なるほど……この道がウシのモンスターがいる方に繋がってるのかもしれないわね」

 結希奈はそう断定するが、まだウシのモンスターがいるとは決まっていない。


「それじゃ、みんなでここを上がるか? 今みたいにオレを踏み台にして、オレは最後に持ち上げてくれればいい」

 善意からの提案だったが、どういうわけか女性陣は引き気味だ。どういうわけか彼女たちは制服のスカートを押さえている。


「そ、それは悪いよ、さすがにね。ね、結希奈ちゃん?」

「え? そ、そうね。先輩を踏み台にするのはさすがにちょっとねぇ……」

 などと反対するので斉彬の提案は却下された。


「じゃあ、どうする? 蔦の魔法を使えばロープくらいは作れるぞ」

 徹の提案に、慎一郎は少し思案する。

「いや……」

 そう言って、慎一郎は高みにある通路から飛びおりた。


「荷物も多いし、ロープで登るのは大変だ。不安定だからな」

「じゃあ、どうするんだよ?」

「ここに……」

 穴の真下の壁をコン、と叩いて慎一郎は続ける。

「はしごを置こう」

「はしご……?」

 一同は顔を見合わせた。


「いや、はしごを持ち歩くのは大変じゃないか? ただでさえ装備品が重いのにそんなものを持ったら、いざというとき逃げられないぞ」

 斉彬が指摘する。しかし、慎一郎の考えはそうではなかった。


「いや、違うんです斉彬さん。ここにはしごを設置するんです」

「どう違うんだ……?」

「つまり……ここに置きっぱなしにしておくんです。そうすれば、次にここへ来たときも楽に上がれるでしょう?」

「ああ……!」

 納得した声を放ったのは結希奈だ。ぽん、と手を叩いた。


「昔、テレビで見たことあるわ。登山家は自分が登るのに使ったロープをあとから来る人のために残しておくって」

「まあ、地下迷宮に他の生徒達が来ることはないから、おれ達の場合は自分用だけどね」


『ほう……!』

 メリュジーヌが感嘆の声を上げた。


『わしの城が建つ山の所々にロープがくくりつけてあったのは、そういう理由じゃったか……! 千年以上にわたる謎が解けた!』

「どんな辺境に住んでたんだよ、お前は……」




 方針が定まったところで少し早いが今日の探索はお開きとなった。

 徹と慎一郎ははしごを調達に行ったが、はしごはすでに園芸部をはじめ、いくつかの部が作物の収穫に使用していたので一時的な借り受けはともかく、常設することはできそうになかった。

 生徒会室へ行った斉彬も使えるはしごはないという答えを持ってきただけだった。


『なら、自分で作るしかあるまい。“求めよ、さすれば与えられん”じゃ』

 どうやら、はしごは自作することになりそうだ。木工部の生徒は何人か校内にいたはずだから、そこから道具を借りてくることにしよう。

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