薬草の王7

                        聖歴2026年7月9日(木)


 その後、〈竜王部〉は自力であの薬草の王国のあった場所までたどり着いたが、そこに薬草が生い茂るあの部屋はなく、ただ袋小路になっているだけだった。

 その後、あの人になついた薬草の王の姿を見た者はいない。




 細川こよりの朝は早い。

 いつものように起き出すとまだ静かな台所に行って米をとぎ、炊飯器のスイッチを入れる。そして表に出て花壇の薬草に水をやる。


 ゴラちゃんから譲り受けた薬草はよく育ち、今では花壇の数も五個に増えた。あの薬草の王国と同じく様々な種類の薬草が花を咲き誇り、共存できないと言われていた薬草たちも並んで元気に育っている。


 今日は朝から晴れている。梅雨明けも近い。きっと今日も暑くなるだろう。

 日課のランニングを済ませて高橋家に戻る。早起きの女子生徒達が何人か起きてきたので挨拶を交わし、流した汗をシャワーで流した。


 あの時、アリに奪われた下着は結局戻ってこず、仕方がないので結希奈の予備の下着を譲り受けた。サイズが合わなかったので手直しさせてもらったが、結希奈はずいぶん不機嫌そうだった。やはり借り物にハサミを入れたのは不味かっただろうか……。


 自分の身体にフィットしている下着を身につけ、いつもランニングの時に来ているジャージの袖を通した。

 ちょうどそのタイミングで朝食ができあがったので結希奈や、他の女子生徒達と朝食をとり、地下迷宮へ行くための準備をするために一旦部屋に戻る。


 二ヶ月前、北高が封印されてから借りた部屋だったが、もうすっかり自分の部屋と言ってもいいだろう。

 木工部に作ってもらったベッドと、魔術実験室から拝借してきた錬金術の道具が並べられた棚。窓際の植木鉢にはもう何も植えられてはいない。


 そして、ベッドの上に置かれているぬいぐるみはつい最近、新しくこの部屋に加わったメンバーだ。

 白い四肢と頭の上に黄色い二輪の花。手芸部に材料を分けてもらい、こよりが自分で作ったぬいぐるみだ。


 地下迷宮を探索するための道具類を鞄に入れ、〈副脳〉の入ったケースを肩に掛けたところで部屋の扉をノックする音が聞こえた。結希奈が迎えに来たのだろう。

 こよりはこよりは鞄に手をかけ、扉へ向かって歩き出す。

 扉を開ける前に立ち止まり、後ろを振り返る。


 こよりはベッドに――ベッドの上に置かれているぬいぐるみを見て、笑顔で一言。

「行ってきます、ゴラちゃん」

 今日も頑張ろう。部屋の外で待ってくれていた結希奈と共に、部室へと向かった。

 すっかり日常となってしまった非日常の一日の始まりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る