戦士と巫女2

 剣を握り、精神を集中する。剣を頭上に振り上げ、そのまま正面に振り下ろす。シュッという、空気を切り裂く音がした。


「……!」

 隣で見ていた徹が息をのんだ。


「……驚いた。こんなにきれいな“型”、初めて見た。お前本当に経験ないのか?」

「おれは普通に剣を振っただけだが?」

「すごいよお前! もしかして天才なんじゃないか? いやすごいよ!」

 徹は興奮した様子で慎一郎の肩を叩く。


『ふふ。これが〈剣聖〉と呼ばれたわしの力じゃ』


「……? お前何かしたのか?」

 召喚したての頃、メリュジーヌが慎一郎の身体を勝手に動かしたことがあったが、それなのではないかという疑問を持った。


『何もしておらん。じゃが、わしがシンイチロウの知識により日本語やこの時代の基本的な知識を身につけているのと同様、慎一郎もわしから剣士としての基本的な素養を身につけておる。そういうわけじゃ』


「すげぇ……。さすが〈剣聖〉と言われただけのことはある。これならモンスターにも負けやしない! よし、行くぞ慎一郎、ジーヌ!」

『まあ待て。まだ一度振ってみただけじゃ。何度か振ってみなければ今のシンイチロウがどれくらい戦えるのか、判断できん』

「確かにそうだな……」


『と、いうわけだ。シンイチロウよ、わしの指示に従い、剣を振れ』

「わ、わかった……」

 こうして、〈剣聖〉メリュジーヌによる剣術の個人特訓が始まった。




『そうじゃ。左右のバランスを常に頭に入れ、かつ、周囲の状況に気を配れ。攻撃しているときこそ敵の反撃に最大限の注意をするのじゃ!』


 慎一郎が左右に持った剣を交互に振り下ろす。そのたびにびゅん、びゅんという音が周囲に鳴り響く。それは最初に振ったときよりも確実に重く、鋭くなっていた。


『腰が浮いておる! 姿勢を保て! 敵はこちらの油断を突いてくるぞ!』

「わ、わかってる……!」


 メリュジーヌの指導は熱を帯び、すでに二刀流の指導になっていた。メリュジーヌの記憶にある剣士としての記憶は水が砂に吸い込むように慎一郎のものになっていった。


「……す」

『視線を動かすな! 視線で敵は次の動きを読み取るぞ!』


「……です」

『そうだ! 動きを止めるな! 敵の殺気を呼んで先回りするのじゃ!』


 メリュジーヌの指示にひたすら応える。早く、もっと早く。ただ無心で剣を振る。右、左、右、左、右、左、右、左……


「下校時間……です……」


「……っとうわっ!?」

「きゃっ!」

 突然、目の前に女子が現れた。……ような気がした。


 振り下ろした右手の剣を無理やり止める。しかし勢いのついた右手は容易には止まらず、女子生徒の身体へ……。慎一郎の脳裏を最悪の結末がよぎる。


 ガキィィィィ……!


 しかし、その結末は現実のものにはならなかった。振り下ろす右手の剣を左手の剣がはじいた。とっさの判断でメリュジーヌが慎一郎の左手を動かしたのだ。


「ひっ……!」

 女の子が軽く悲鳴を上げて尻餅をつく。慎一郎の制服の下はそれまでの鍛錬で掻いた汗とは明らかに異なる冷たい汗が流れていた。


『愚か者! 周囲に気を配れとあれほど……!』

「すまない……」


『いや、言い過ぎた。わしも気づかんかった。久しぶりでつい、夢中になったようじゃ』


 二本の剣を腰にぶら下げた鞘に差したところで目の前の女の子のことに思いが至る。

「すみません……。大丈夫ですか?」

 しゃがんで女子の先輩に手を伸ばす。

「はい……大丈夫……です……」


 ふわふわのくせっ毛に大きな眼鏡の小柄な女子生徒は、差し出された手に掴まらず、自ら立ち上がった。そして、ぱんぱんと制服のスカートについた砂を払い落とす。


「あ……」

 そこで思い出した。先週……地下迷宮に潜って帰るときにぶつかってしまい、転ばしてしまいそうになった女子の先輩だ。名前は確か――


『オカダハルカと、トオルは言っておったな』

 そうだ。岡田遙佳おかだはるか先輩だ。


「本当にすいません。夢中になってしまって……って、暗っ!」

 辺りを見回してようやく気がついた。日はすでに落ち、体育館裏のこの場所は月明かりも届かず、街灯もなく、真っ暗だ。


「下校時刻……過ぎてます……帰って……です」

 聞き取りにくい声だったが、怒っていることだけはわかった。つい、かわいいなと思ってしまったが、それを表には出さず、ただひたすら謝る。


「す、すいません! 夢中になってしまって! すぐに帰りますから!」

 そう言って木の根元に置いてあったもう一本の剣と通学鞄、そしてメリュジーヌの意識の入った〈副脳〉の入ったケースを手早くまとめてその場を立ち去ろうとすると――


「足下……気をつけて……です」

 そんな風に心配してもらった。


「ありがとうございます。先輩もお気を付けて」

 暗くてよくわからなかったけど、微笑んでくれたような気がした。

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