第46話 エピローグ
魔王討伐の後、神様によって別世界に飛ばされたようだ。
デジャヴ感があるが、自然と目が覚め知らない天井が目前に現れる。
もう一つある簡易ベッドには人間に戻ったマヤの父親もいるようだ。
まだ目覚めてはいないようだが…まぁパパのことだし大丈夫だろう。
「うーん。ここはいったいどこだろう。何となく見覚えのある世界なんだけど?」
周りを見渡すと、季節外れの避難小屋といったところだろうか。
周囲に人の気配は全くないが、非常用のラジオや懐中電灯がありこれが使えそうだ。
現状を把握するため、早速ラジオを付けてみることとする。
「201X年XX月XX日の朝のニュースです。最近物騒な事件が続いていますが…」
聞き覚えのある話声のラジオパーソナリティーが、時事ネタを交えて日本国内のニュースを紹介している。
んんん?…日本のニュースということは、もしかして元の世界に戻ってこれた?
「そうよね。別にトラックに轢かれたとか、崖から飛び降りた訳じゃないんだから…
元の体に戻れたって全然おかしくないわ!。神様本当にありがとう!」
そしてマヤは、ラジオを食い入るように聴きながら状況の把握に努める。
「元の世界に戻れたのはとっても嬉しいんだけど…。今はいったい何時なのかな?」
マヤはラジオから聞こえてくる音声から正確な日時の聞き取りを開始する。
あれれ、何回か確認してみたけれど異世界に転生してからまだ 1か月半くらいしか経過していないようだ。向こうの世界ではかなり急ぎでクエストを進めたとはいえ、現地の時間で一年半くらいは掛かっていた計算だ。
そう。マヤは気づいてしまった。
「ああ、そういうことね!地球と異世界で時間の進み方が同じとは限らないわね」
異世界に転生したパパは、人間より寿命の長い魔族になっていたということは…。
仮に魔王として転生したパパが世界征服のために 300年必要だったとしよう。
もし、地球と異世界で時間の進み方が同じだとしたら、元の世界に戻れた時には浦島太郎もびっくりでお墓の中ということになりかねない。
かなりおおざっぱな概算だが、向こうで一年半ほど滞在していたものが一か月半に短縮されているようだ。
つまり、今回の異世界クエストはこんなに急がなくても、現実的な若さのまま帰ってこれたという訳だ。
「神様ちょっとー。そういうことは先に伝えてよねー。あんなに急ぐことなかったじゃない!」
もっとも、神様の初回呼び出しの時に積極的に神様の話を聞く態度を取らなかったマヤが悪いのだが…もはや後の祭りだ。自業自得ということだろう。
そんなことをしているうちに、パパも目を覚ましたようだ。しかし、まだ現状が見えていないようだ。
「さて。元の世界に父娘で無事戻ってこれたのはいいんだけど。
いったいここはどこで、どうやったら自宅に帰れるのかしら?」
マヤ達の服装は初回に神様から呼び出された時に着ていたものに戻ったようだが、転生元の場所が自宅ということもあり財布、携帯電話共に身に着けていなかった。
パパも同じような状況で、通信手段に使えるものは持っていなかった。この状況で無闇に外を動きまわるのは悪手だろう。
まず、避難小屋内のラジオや懐中電灯を見つけた非常用袋の中身を確認する。
小屋には電気すら来ていない様子で、他に頼りになりそうなものは見当たらない。
「とりあえず、発煙筒が見つかったわ。ちなみにこれってどうやって使うの?」
「キャップを外して、マッチのように頭を擦ってやればよいはずだ。
外でこれを使ってみるか」
マヤ達父娘は発煙筒を使い、救助要請を実施する。
「早く誰か気づいて…お願い!」
――――
発煙筒を使った救難信号は無事人目についたようで、ほどなくしてマヤ達は発見され無事救助されることとなった。
当然、父娘共にこってりと事情を聞かれることとなるのだが、さすがに『異世界に行ってました。てへべろ』では通用しないだろう。
いろいろ不自然な点は多いが、結果としては以下のようにまとめられた。
― 何らかの事件に巻き込まれ父娘でよくわからないところに匿われていた
― 帰宅や連絡など行動の自由はないが、人道的に問題がある扱いはなかった
― 犯人に面識はなく初対面。犯人から金銭など対価の要求はなかった
― 身柄拘束の後、避難小屋で解放され救助を求めた。小屋への移動方法は不明
捜査段階で自宅近辺の監視カメラの映像やモバイルデバイスの通信記録・位置情報などが重点的に調べられている。
しかし、監視カメラには一切映っておらずモバイルデバイスは自宅に置かれたままで一切有用な記録がない。このままだと迷宮入りが確定だろう。
事件性なしとは言えないが、これ以上の進捗はなくマヤ達は自由の身となった。
これで今まで通りの生活に戻れるのかと思われたが…。
――――
マヤ達は警察の聞き込みから解放されたが、世論はそう簡単に解放してくれない。
なにしろ、大手 IT 企業に勤務する父と娘が揃って音信不通で行方不明なんてニュースが流れてしまったのだ。
そのため、やれ事件に巻き込まれただの、禁断の父娘愛で駆け落ちしただの、誘拐で身代金目的に違いないなど勝手な噂がネット中を駆け回っていた。
そして、一か月半も音信不通だった父娘が人通りの少ない避難小屋で身柄を確保されるとか、ネタに困っているマスコミの格好の餌食だ。
いわゆるバズる状況になってしまったため、早速ネット上の特定班によって自宅の位置や個人情報等を突き止められ面倒なことになってしまった。
「それにしても、大蓮寺って苗字は珍しすぎるわね。あっという間に個人特定されてるじゃない!」
こういう時は、佐藤とか山田、田中など無難な苗字だだったらどれだけよかったかと後悔するが、こればかりはどうしようもない。
あれよという間に自宅周辺は野次馬連中に取り囲まれ、とてもじゃないが落ち着くことのできない生活が再開される。
人の噂も75日と言われているものの、このままだとパパの仕事は手につかない。また、マヤの学業についても疎かになってしまう。
こんな騒がしい状況のまま過ごすのは耐えられない。そのためある決断をする。
――――
ここは、とある地方都市から若干離れたところに位置する閑静な住宅地。
マヤ達家族一同は、心機一転して引っ越し、ほどほどの田舎で暮らすこととした。
いわゆる『スローライフ』って奴だ。
パパは、役員から退任して名ばかりの『相談役』として活動をすることとなった。
相談役は、普段はリモートワークで出社は必要な時のみで許される立場のようだ。
金銭的な条件は悪くなるものの、家族と顔を合わせる時間は大幅に増やせそうだ。
そして、家族とのコミュニケーション時間を増やすことで、冷え込んでいた家族関係を改善しようという魂胆のようだ。
また、マヤも都心の高級マンション生活にあまりこだわりはなかった。
インターネットに常時接続が可能で周りが騒がしくなければ特に不満はなさそうだ。
都内に住んでいた時には迷惑で耐えられなかった記者やウォッチャー達の存在は、都内ならばともかく地方まで執拗に追いかけてくることはなかった。
あまり面白い情報が出てこないと気づき始めると、あっという間にバズった状況は収束していった。これからは、田舎でのスローライフ生活が満喫できそうだ。
――――
最後に、マヤの父親視点で少々語らせてもらおう。
自分が魔王として最高権力者になればうまくやってみせる自信があったのだが、
所詮、自分の才能とはこの程度のものだったのだ。
しかし、勇者と魔王との戦いがきっかけで、自分の目の前に恐ろしい才能を持った「モンスター」がいることを自覚してしまった。
現時点でさえ、マヤの才能は父親を越えている。しかし、その知識の使い方はまだ非常に危ういものだ。
マヤの才能を正しい方向へ伸ばしていくことができれば、世界を救うホワイトハッカーや eスポーツのプロ選手として類い稀なる才能を開花させるかもしれない。
しかし、道を誤れば史上最悪のクラッキング被害を引き起こした犯人として世の中に悪名を響かせることすら考えられる。
この才能ある若者をどういう将来に導いていくのか…今回の異世界クエストの経験によってそれが自分に課せられた使命だと気づいたのだ。
「そうだな。マヤを正しい道に導くのが私に課せられた使命か。とても責任重大だ。
そして、マヤの指導が終わった時には再び会社の歯車へ戻るのも…これも悪くない選択かもしれないな」
マヤ自身も今回の冒険で
チート行為を助長するのではなく、不備や不正を発見したら情報をまとめ適切な場所に開示して、世の中をよりセキュアにしていく使命を持ってもらいたいものだ。
マヤも十分大人になった。今までとは違い、マヤに対しては適宜コミュニケーションをとりながら正しい道に導いていけば道を踏み外すことはないだろう。
「そうか、コミュニケーションが重要か。たまには父親の威厳というものをみせてやるのも悪くないな!」
「マヤ、久しぶりにこの格ゲーで勝負しないか。
俺が勝ったらお前の『スマイル』でどうだ?。俺が負けたら肩を揉んでやる!」
「はぁっ?一緒にゲームをしてあげるって言ったけど、調子に乗んな!
それ以上近付かないで!」
まだまだマヤの反抗期は抜けきっていないようだ。苦難の日々はこれからも続く。
===== The End =====
異世界よ、そんなセキュリティで大丈夫か? まっぴ~ @y-makino
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