第40話 機械学習は行間を読むが空気を読まない
魔王軍が勇者パーティに向けて迎撃体制の準備を開始したのと時を同じくして、スピーディ一行による魔王城攻略に必要な事前準備が開始された。
過去、グレートクレパスより先の魔族領へ侵攻・調査に入った人物は複数いるが、無事帰還した者の話は聞いたことがない。
そのため、人族側にはとにかく情報がない。アイテムや武器の補充、下手をすれば食料の確保すら現地では不可能かもしれない。
魔王討伐に役立つアイテム類を惜しんで生き急ぐのは不本意だ。
今回、お金で買える回復ポーションや消耗品類は遠慮なく大量購入することとした。
もっとも、物品購入はグレートヒルに向かったエミリーに一任した。エミリーであれば価格交渉に抜かりはないだろう。
その後、魔王討伐に必要な物資の調達、回収が終わり、アンダーゲート要塞にて再びスピーディの 4人が集結する。
「おまたせ。要塞の機能回復は何とかなったようね。決戦の覚悟はできたかしら?」
グレートクレパスと呼ばれる大きな地割れの先に進むためには、『にじのしずく』が必要だ。
これにより、大きな地割れの間に橋のようなものがかかり、この上を渡ることができるようになる。
『にじのしずく』は以前、勇者ダンからアイテム強奪して入手済だ。魔族の生息圏に入る手段はこれで問題ない。
しかし、向こうに渡った人族でこちら側へ戻ってきたという話を聞かないということは、スピーディ一行の勝利なくして帰還は不可能だと考えた方がよい。
「よしっ。これでグレートクレパスを渡れる。絶対に魔王を倒してみせるわ!」
――――
グレートクレパスの先に入ったスピーディ一行は、マヤの『魔力感知』スキルの結果を元に探索を行い、魔王城への侵攻を開始する。
魔族の生息圏だけあって、やはりいつもと感覚が異なるようだ。
「確かに、瘴気がとても強く感じられる。私達ならともかく、一般人には辛いわね」
「ほうじゃけぇ、言うたじゃろ。ぶちたいぎぃわ!」
「魔物がぎょーさんおるし、ごっつ強そうやん!」
生息する魔物達は、人族の生息域と比較して凶暴かつ身体能力の高いものが多く気を抜けない。おそらく、瘴気の強さによって、魔物の成長や凶暴化の度合いが違うのだろう。
とはいえ、この程度の魔物であればスピーディ達のLVであれば倒せない相手ではないようだ。
「長引かせても時間の無駄。さっさと魔王の本拠地へ乗り込むわよ!」
――――
その後、
移動途中に何度か魔物と遭遇して戦闘にはなったものの、魔族よる待ち伏せなど直接攻撃は一切なかった。
そのため、移動による疲れはあるものの、今のところほぼ無傷で万全の体制といって差し支えないだろう。
アンダーゲート要塞の作戦室に書き置きがあった通り、魔王城に魔王軍の勢力を結集して勇者パーティと決戦をするつもりだろう。
「さて、どんな罠が仕掛けてあるのかしら?。みんな、注意しながら進むのよ!」
――――
魔王城に到着したスピーディ一行だが、早速自律型攻撃システムによって行動を阻まれる。
最初は、いかにも機械による自動応答のような単純な攻撃であったが、時間の経過と共に学習が進んだようだ。
だんだんこちらの攻撃は当たらず、逆に相手の攻撃は弱点を狙ってくるなど攻撃に変化がみられる。
「たいがいにせーよ。こいつら、どえらくはよなっとらんか?」
「もしかして、こちらの行動を学習して最善の一手を求めているのかも。
面倒なことをしてくれるわね!」
現代では、囲碁やチェスなどの分野でコンピュータを使ったAIがプロの棋士を打ち負かすほどにまで成長している。
従来であれば、専門家がいろいろと考え試行錯誤をしていたものだが、今や中身の詳細を知らなくても恩恵に預かることができる。
例えば、機械学習の分野では公開されているフレームワークやライブラリを用いて学習内容と計算機資源さえ適切に準備できれば、かなりの精度で予測や判断が実現できてしまう。
そして、膨大な学習結果をあらかじめ用意しておくことで、短時間で入力に対して最善の一手を提示することができる。
とはいえ、機械学習にも弱点は存在する。
「あいつら、行間を読んで最善の一手は打てるけど、時々空気が読めてない回答を返すのよねー」
具体例を示すと、『押すなよ、絶対に押すなよ!』というやり取りを『Push me』と解釈したり、『べ、別にアンタのことなんか全然好きじゃないんだからね!』を『I love you』と解釈してしまう訳だ。
確かに間違ってはいないのだが、『空気を読む』部分が欠落してしまっている。
ここにつけ入る隙があったりしないだろうか?。少なくても、空気を読まない奴の対処を何とかしなければ…。
――――
そう。マヤは気づいてしまった。
「神様から呼び出しを食らった時に聞いた勝利条件は、魔王を倒すであって、四天王を倒すなんて条件は聞いてない!」
空気を読まない奴に対してまともに対峙していたら、こちらが消耗してしまう。スルー力が試されるという訳だ。
「階層主を順に倒さないと魔王に到達できないなんて、魔王軍の勝手な言い分よね。こんなの無視してやればいいのよ!」
スピーディ一行は、一旦第一階層の安全地帯に退避する。
そして、マヤは以前お使いクエストで入手した『倚天の剣』『青紅の剣』を取り出しパーティメンバーに配布する。
「岩を泥のように切り裂くことができるほどの切れ味なら、壁に穴開けくらい簡単でしょ?」
魔王の敷いたレールに沿う必要なんてないでしょ?と言わんばかりに、壁面や床に穴をあけバイパス経路を作成する。
それでもさすがに壁をくり抜こうとしたら刃こぼれくらいはするだろうが、
「階層主は持ち場を離れちゃまずいわよねー。という訳でずっとベンチを温めているのがお似合いよ!」
スピーディ一行は、バイパス経路を通り抜けることで極力無駄な戦闘を避け、階層主もスルーして魔王の間を目指す。
その結果、機械学習による自律型攻撃システムの学習はさほど進行することなく、四天王の二人はいつまでもやってこない勇者を待ち続けることとなる。機械学習型のAIは、十分な学習データが与えられなければあまり強くはなれないという訳だ。
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