File45:束の間の休息

 カーミラ達3人は変身を解いて、セネムを加えて4人で、地底湖の水で身体を洗ったり喉を潤したりしてとりあえず戦闘の疲れを癒やす。


「ふぅぅぅぅ……!! 意外っつうか、冷たくて気持ちいいなこの水!」


 変身を解いた事で素っ裸のジェシカは、同性の仲間達しかいない気楽さも手伝って、気持ち良さそうに湖岸を泳いでいる。


 彼女ほど無邪気ではないが、他の3人も明々衣装を脱いで水浴びしていた。セネムがジェシカの言葉に頷く。


「うむ、全くだな。このような得体の知れない世界にも水の恵みがある事に正直驚いた」 


「得体の知れない世界……。やはりここは、あのアルゴルという男の言っていた『魔界』だと考えて良いのでしょうか」


 同じように水で身体を拭いながらも殆ど表情を変えないシグリッドが、根本的な疑問を口に出す。


「あの前後の状況から考えても間違いないでしょうね」


 カーミラが憂いを帯びた表情で肯定する。


 そう。今まで矢継ぎ早に探索や戦闘などをしていた為に考える余裕が無かったが、落ち着いて考えるとそれ以外に結論がない。



「ここが魔界とやらか。モニカから最初に話を聞いて想像していたのとは些かイメージが違うな」


 セネムが辺りを見渡しながら呟く。空が見えない陰鬱な地下洞窟ではあるが、反面青白く光る岩盤やこの地底湖など、見ようによっては幻想的で美しいとすら言えるかも知れない。


「まあなぁ。でもあのワニとかムカデとか住んでる奴等はヤベぇのばっかだし、その辺は魔界って感じだけどよ」


 泳いで近くまでやってきたジェシカが会話に加わる。剣呑な怪物が多数住まう世界という意味では、確かにここは魔界らしいともいえる。カーミラはかぶりを振った。


「まあここがどこかは考えても仕方がないし、今はもっと重大な問題が二つあるはずよ。即ち、ここにいない面々……ローラ達はどこにいるのかという問題と、どうすれば元の世界に戻れるかの二つね」


「……!」


 カーミラの問題提起に皆が緊張する。極論すればここが魔界なのかそうでないのかはどうでもいい。とりあえず生存が出来て、かつ自分達が元いた世界とは異なる場所だと言う事が解っていれば充分だ。


「ここは魔力の乱れが大きいし、私達魔物ではローラ達の霊力は感知できない。あなたも私達以外に気配は感知できなかったのよね?」


 カーミラが確認するとセネムが顔を顰めて頷く。


「うむ、残念ながらな。無論ここがどれ程の広さなのか解らんし、私が感知できる範囲より外にいるのかも知れないが……」


「アタシもあの時全神経を集中させてみたけど、セネムさん達以外の臭いは感じ取れなかったぜ。特にローラさんや先輩の臭いなら相当離れてたって辿れるはずなのに」


 ジェシカも同意する。変身時の彼女の嗅覚は相当な物なので、その見立てに間違いはないだろう。カーミラは溜息を吐いた。


 ここにいない面々は皆後衛組であり、強い能力は持っているが身体的には普通の人間ばかりなので、戦闘面やサバイバル面において不安が残る。できれば何とか探し出して合流したいが、どうもそれも難しそうな雰囲気だ。


(ローラ……無事でいて頂戴)


 彼女は心の中で恋人の無事を願った。



「……であるなら当面は、この世界から脱出する方を優先するべきではありませんか? 無事に脱出できたら改めてローラさん達の救出方法を模索すればいいですし、私にはルーファス様をお救いするという目的があります。こんな所でいつまでも立ち止まってはいられません」


 今まで黙っていたシグリッドが提案する。このどこまで続いているかも解らない、それでいて危険な魔物が多数闊歩する広大な地下迷宮を闇雲に歩き回るのはかなりリスクが大きい。そもそもセネムやジェシカにも感知できないとすると、本当にこの地下洞窟にローラ達がいるかも不明なのだ。


 カーミラは不承不承頷いた。


「そう、ね。まずは自分達が無事でなければ、ローラ達を助ける事もできないわね。じゃあとりあえずは脱出方法を探すという事でいいわね?」


 セネムとジェシカにも確認すると、彼女らも消極的ながら同意した。ローラは勿論だがジェシカはヴェロニカ、セネムはモニカの事も心配であるようだ。だが闇雲に探し回るのが危険であり、尚且つ徒労に終わるだろうという事で、他に選択肢がない事も解っているようだった。



 水浴びと清拭が終わり、一行は再び衣装を着込んで今後の対策を話し合う。尤もジェシカだけは着る物がなく素っ裸のままであったが。


「しかしこの世界から脱出すると言ってもどうやって? 手掛かりすら皆無の状態だぞ?」


 対策と言ってもセネムの言う通り、手がかりもまるでない状態だ。手がかりが無ければ指針も立たない。カーミラも顎に手を当てて頷く。


「そうなのよね……。脱出方法を探そうにも、そもそも何を探せばいいのやら……」


「あの『ゲート』を潜ってきたのですから、この洞窟のどこかにあれと同じ物が開いているという可能性は?」


 シグリッドが意見を述べる。確かにその可能性も無くは無いが、全員が別々の場所に飛ばされていた事や、それより遥かに離れた場所に飛ばされたであろうローラ達の事を考えると、正直余り期待は出来ない。


 暗い雰囲気になりかけるが、ジェシカが手を叩いた。


「まああれこれ考えても仕方ないさ! 指針が無いんだったら、とりあえずこの洞窟の出口・・を目指してみようぜ。洞窟って事は、逆に言えば絶対に『外』があるはずだろ?」


「……!」


 カーミラは少し目を瞠った。言われてみれば確かにその通りだ。この広大な地下迷宮も、どこかでは必ず『外』と繋がっているはずだ。人工的な石壁も所々にある様子からして、完全に閉ざされた空間という事はないだろう。


 いや、そもそもこの石壁を作った者・・・・がいるはずなので、もしかしたら何らかの文明や知的種族がいる可能性さえある。


 ……まあその『知的種族』が、あのビブロス達である可能性も否定はできないが。



「そうね、ジェシカの言う通りだわ。まずは動かないと何も始まらないし、じゃあこの洞窟の出口を探してみるという方向で行ってみましょうか」


 カーミラが頷いて方針を決めると、セネム達も異存はない様子で賛同した。


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