File35:天使のいない街
「え、FBIが、何でこんな所に……」
アマンダが呆然と呟く。それはリンファも全く同じ気持ちであった。
『悪魔』達の消滅を確認したFBIの部隊が戦闘態勢を解除する。勿論警戒態勢は続けたままだ。そして彼等はそのままリンファ達の所までやってくる。
全員顔も見えない装備に身を包んだ特殊部隊が迫ってくる様子に、リンファは無意識に警戒した視線を向けてアマンダを庇う体勢になる。だが……
「……あなたはローラの相棒だった刑事ね? 確かリンファだったかしら?」
「え……!?」
先頭にいる隊員がローラや自分の名を呼ばわった事に目を丸くする。聞き覚えのある女性の声。防弾ジャケットで分かりにくかったがどうやら女性のようだ。先程警告を発してくれたのもこの女性だろう。
女性がヘルメットとマスクを外した。中から出てきたのはブルネットの髪に知的そうな印象の女性の顔。リンファはその顔に何となく見覚えがあったものの、すぐには思い出せなかった。女性が苦笑する。
「……やっぱり
女性はそう言って懐から
「あ……あなたは確か……クレア・アッカーマン捜査官!?」
「ええ、その通りよ。『シューティングスター』の事件以来ね」
女性――クレアはそう言って微笑んだ。あの『シューティングスター』がLAPDを襲撃した時以来という事だ。今はあの時のようなパンツスーツ姿ではなく、防弾ジャケットやライフルで身を固めた完全武装姿ではあったが。
「で、でも、どうしてFBIがこんな所に……?」
「あら、流石にこの非常事態じゃ、所轄がどのとか言ってられないでしょう? 1人でも多くの市民を守る為に、使える戦力は全て投入しないと。そうでしょう?」
「そ、それは、まあ……」
確かに
「ああ、あなたの言いたい事は解るわ。別にそんな大層な陰謀論とかじゃないのよ。ただ……
「友人?」
彼女がそこまで言った時、FBIの部隊の真ん中辺りにいた誰かが、他の隊員達を掻き分けて前に進み出てくる。
「もう! そんな厳重に監視しなくてもこの状況で逃げやしないわよ! ああ、いえ、
他の隊員達に文句を言う声。まずリンファの目に入ってきたのは、特徴的な
「あ、あなたは……ナターシャさん!?」
リンファの記憶が確かならその女性は、LAタイムズの記者であるナターシャ・イリエンコフという女性であるはずだ。
「ど、どうして、あなたまでここに……」
「あら、リンファ、お久しぶりね。ああ、まあ、話せば長くなるんだけど、私はつい半日前までローラ達と一緒にいたのよ」
「ええ!? け、警部補とですか!?」
リンファは再び瞠目するが、ナターシャは状況も状況だからか詳しい説明を省いて頷いた。
「ええ、そこで色々あってね。私だけ途中で戻ってきたんだけど、どうも嫌な予感が消えなかったのよね。それで念の為クレアに連絡を取って、あの『ゲート』の事を説明してたのよ」
「私達も連続失踪事件に人外の存在が関わっていると睨んで、捜査に介入しようとしていた矢先だったからね。そこに彼女の話を聞いて、場合によってはその『ゲート』を破壊、もしくは確保する為の突入部隊を編成していたら、この騒ぎが起きたという訳」
「な、なるほど……」
端折った説明なので完全には理解できなかったが、やはりローラが関わっていた事や、元凶がその『ゲート』とやらである事、そしてFBIの部隊が迅速に出動してきた理由などは解った。
「それは解りましたが……警部補は大丈夫なんでしょうか? 彼女達がその『ゲート』を破壊する為に戦ってるんですよね? 場所が解ってるなら応援に向かうべきでは……」
「……当初はそのつもりだったんだけど、この現状を見る限りそれは難しそうね。流石に今襲われている市民達を見殺しにはできないし。それにここに来るまでにも何体かあの……ビブロス達と戦ったんだけど、正直予想していたよりも厄介な奴等よ。想定戦力を上方修正する必要があるわ。ナターシャの話だともっと上位の連中もいるみたいだし。このまま私達が『ゲート』に突入しても、下手したらローラ達の足手まといになってしまう可能性もあるわ」
リンファの提言にクレアが無念そうな表情でかぶりを振った。完全武装したFBIの部隊が足手まといとは事情を知らない人間からすれば信じられない事だが、リンファはある程度ローラを取り巻く事情を知っており、それが決して誇大評価ではないと想像がついた。
「……ローラ達ならきっと大丈夫よ。だってちゃんと約束したもの。必ず戻って来るってね。だったら私達は今の私達に出来る事をやりましょう。即ちこの……
「は、はい……確かに、そうですね。私も警部補を信じます……!」
ナターシャの言葉を聞いて、リンファもローラを信じる事に決めた。そして彼女の言う通りローラが事態を収拾してくれるまでの間、自分達が人々を守らなくてはならない。
クレアも頷いた。
「その通りね。それに今頃うちの局長がこの街の市長を通して、知事に州兵の派遣を要請しているはずよ。軍が来てくれれば私達にも充分勝機はある。
「州兵が……。それなら確かに何とかなるかも知れませんね!」
地獄の様相と化している街に一筋の光明が見えた気がして、リンファは喜色を浮かべる。
「あ、あの、先輩? FBIの人と知り合いなんですか? それにこちらの方は?」
とその時、アマンダが耐えかねたようにリンファに問いかけてくる。どうやらずっと我慢していたようだ。
「え? ああ、こちらはクレア・アッカーマン捜査官よ。ほら、前の……『シューティングスター』事件の時にちょっとね。こちらはLAタイムズのナターシャさん。彼女とも以前の事件で知り合ったの。2人ともギブソン警部補の友人なのよ」
リンファは手早く2人の事をアマンダに紹介する。すると2人も初めてアマンダに気付いたように興味を向ける。
「彼女は?」
「ああ、はい。今の私の相棒のアマンダ・ベネットです」
「あら、そうだったのね。クレア・アッカーマンよ。今リンファが言ってたようにギブソン警部補とは職場の域を越えた友人同士なの。宜しくね?」
「私はナターシャ・イリエンコフ。ロシア人よ。ローラにはちょくちょく事件の取材をさせて貰っててね。宜しく」
クレアとナターシャが手を差し出すと、アマンダもおずおずとだがその手を握り返した。だが丁度その直後、物凄い地響きが鳴った。
「な、何!?」
「おい、あれは何だ!?」
クレア達が驚いて辺りを見渡すと、FBIの隊員の1人が何かを指差して叫んだ。全員がその方向に目を向けて、そして一様に息を呑んだ。
そこには目が1つしかなく、異様に長い腕をした醜い巨人が屹立していた。こちらに向けて蒸気のような吐息を吐き出しながら威嚇してくる。明らかに『悪魔』共の仲間、それもより上位の存在だろう。その姿を見たナターシャが青ざめる。
「こいつ、確か……ヴァンゲルフとかいう奴よ! 腕を自在に伸ばしたり口から蒸気を吐きつけたりしてくるわ! 気を付けて!」
「……! 総員、戦闘態勢! あなた達は下がってて!」
部隊の指揮官ポジションでもあるらしいクレアが、ナターシャの警告を聞いて即座に臨戦態勢を整える。それに従って30人ほどの精鋭部隊が一斉に散開してヴァンゲルフに向けて銃撃を開始する。ヴァンゲルフは怒り狂って、その長い腕を振り回して襲いかかってくる。
リンファ達とナターシャはFBIの連携を乱す訳にも行かず大人しく後ろに下がり、開いている建物の中に避難する。だがそこでヴァンゲルフの後ろから何体かの『悪魔』……ビブロス達も飛来してくるのが見えた。
「せ、先輩、またあいつらが……!」
「……ち! マズイわね。アマンダ、私達も行くよ! 1体くらいなら引き付けておけるわ!」
「え、ええっ!?」
建物から飛び出したリンファは、既にヴァンゲルフとFBI部隊の戦闘が始まっている戦場を避けるようにしてビブロス達の1体を挑発する。すると上手い具合にその1体が仲間達と離れてこちらに向かってきた。他のビブロス達は皆ヴァンゲルフに加勢していく。
「アマンダ、援護宜しく! ナターシャさんは隠れてて!」
「わ、分かったわ! 気を付けて!」
「せ、先輩ぃぃっ! 嘘でしょぉぉっ!?」
向かってくるビブロスに鴛鴦鉞を構えてやる気充分のリンファ。後ろからアマンダの悲鳴のような泣き言が聞こえてくるが無視する。自分たちは警察官なのだ。街の治安を脅かす存在を前にして逃げ隠れする訳には行かない。
(そうですよね警部補……いえ、先輩。先輩たちが帰ってくるまで、この街は私達が守ります! だからどうか……全てを終わらせて下さい!)
「来い! 化け物!」
リンファは心の中で祈ると、後は闘志を剥き出しにして『気』を高め、襲いくるビブロスを迎え撃った!
地獄から這い出た悪魔達との内戦場と化した
この呪われた悪夢を終わらせる事が出来るもの……。それが郊外にある小さな湖の公園で死闘を繰り広げている事を知る者は、少ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます