File6:死の博物館

 夜中の0時過ぎ。大都市のLAともなればそれでも人や車の通りが絶える事は無いが、日中に比べればその数は流石にグッと少なくなる。


 そんな人通りが減った夜の通りを歩く3人の女性。セネム、モニカ、そしてナターシャの3人だ。彼女らはなるべく不自然に見えないように装いながら『死の博物館』まで歩いていく。


 そして建物の裏手まで来ると、従業員用の勝手口まで近付く。当然施錠されているが電子ロックなどではなく、頑丈そうだが旧式の南京錠だ。


「これなら余裕だ。任せろ」


 セネムは素早くピッキングで鍵を開けてしまう。彼女の力なら鎖ごと壊す事も出来るが、それだと最後にここを出る時にまた元通りに出来なくなる。


 セネムの腕前を見たナターシャが目を瞠る。


「あら、随分手馴れてる感じね?」


「……誤解を招く言い方をしないでくれ。任務の必要上仕方なく身に着けた技能だ」


 イスラム諸国では地域によってはまだ電子錠ではなく、普通の鍵で施錠されている場所や施設も多いので、自然とこういう技術が上達するのだ。



「さあ、人目に付く前に早く入りましょう」


 モニカに促されてミュージアムの中に踏み入る。監視カメラを始めとしたセキュリティに関しては、モニカが一時的に無効化してくれていた。ナターシャが方法を聞いたら、悪戯っぽく笑って「秘密です♪」とだけ答えていた。その笑みを見てナターシャは勿論セネムも追求しない方が良さそうだと判断した。


 そして実際そんな場合ではなくなった。


「う……!!」

「こ、これは……」


「え? ど、どうしたの、2人共?」


 建物に入った途端、内部に広がる極めて濃密な邪気にセネムとモニカは顔をしかめた。霊力や魔力を持たない普通の人間であるナターシャは何も感じていないようだ。


「もう間違いないな。ここには何か重大な手掛かりがあるぞ」


「ええ。同時に何が出てくるかも解りません。注意して進みましょう」


 一気に表情を引き締める2人の様子にナターシャもただ事ではないと感じたらしく、おっかなびっくりといった風情で2人の後にくっついて歩く。



 ミュージアム内は『死の博物館』というだけあって、古今東西のシリアルキラー達の関連アイテムや資料、その他にも処刑器具や拷問器具の実物や資料などが並んでいて、日中ならともかく夜中に回るにはゾッとしない場所だ。


 だがナターシャはともかくセネムとモニカは、そんな展示物などよりも余程不気味な邪気が充満している状況に激しい精神的緊張を強いられていた。


 と、ミュージアムのメインホールに足を踏み入れた時……



「……! ナターシャ、私達から離れるな」

「どうやらお出迎え・・・・のようですね」


 セネムは曲刀を抜き放ち、モニカは両手を掲げてそれぞれ戦闘態勢になる。するとホールの奥の廊下から複数の人影が現れた。


 それはこの博物館の夜間警備員のようであった。全部で4人いる。だが様子がおかしい。明らかに不法侵入しているセネム達を見ても不審を抱いている様子が無く、それどころかニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべているのだ。


「……ここの警備員は全員眠らせたはずですが……どうやら異物・・が紛れ込んでいたようですね」


「うむ。こやつら、人間ではないな」


「え……!?」

 人間ではないという言葉にギョッとするナターシャ。だが彼女に構っている余裕はない。何故なら目の前の男達が急激に変異・・を始めたからだ。


 背中には皮膜翼のような器官が飛び出し、尾骶部からはまるで尻尾と見紛うような長い突起が現れる。そして服や皮膚がバリバリと剥がれて・・・・、中から異形の生命体が出現した。その姿はまるで……


「あ、悪魔……?」


 ナターシャが呆然と呟く。そう。翼や尻尾、鉤爪を備え、青銅色や赤銅色の肌に、目は金色に発光し、長い牙を備えた醜い面貌……。


 それは一般の人間が見たら真っ先に『悪魔』という単語を連想する不吉な異形であった。



「……! 魔界の尖兵、ビブロスです! 気を付けてください! 尖兵と言っても只の雑魚ではなく、超常の力を操ります!」



「む……!」


 モニカの警告とほぼ同時に『悪魔』――ビブロス達が動いた。4体のうち2体が奇声を上げながら翼をはためかせて突進してくる。その手にはいつの間にか剣のような形状の武器が握られている。一瞬前までそんな武器は身に帯びていなかった。どうやら何らかの力で武器を作り出す事が出来るらしい。


 それだけでも脅威的だが、更に驚くべき事が起きた。後ろの2体がこちらに向けて両手を突き出していた。するとその掌の先に、スパークを放つ小さな放電現象・・・・が発生した。


「……っ!」

 それを見たセネムが本能的に危険を察知して、ナターシャを抱えて横っ飛びする。一瞬の後、彼女らがいた場所を一筋の電光・・・・・が直撃した。


 電撃は壁に当たると派手な音とスパークを放って消滅した。


「ひぃっ!!」

 ナターシャの悲鳴。電撃が当たった部分の壁が大きく焼け焦げて、見るも無残な状態になっていた。こんな物をまともに喰らったら、特にナターシャはそれだけで即死だろう。セネムとしてもダメージは免れない。モニカが只の雑魚ではないといった意味が理解できた。


 そのモニカは風の精霊による防壁で、もう一本の電撃を上手く防いだようだった。だがその間に突進してきた前衛の2体が距離を詰めてくる。


「ちぃ!」


 セネムは舌打ちして素早く立ち上がると、『神霊光』を放って相手を牽制すると同時に衣服を脱ぎ捨てて聖戦士の鎧姿となる。力を出し惜しみしていられる状況ではないと判断した。



「ナターシャ、下がっていろ!」


 敵を見据えたまま怒鳴ると、そのまま二振りの曲刀に霊気を纏わせて自分から斬り掛かった。受けに徹していると危険だ。攻撃こそ最大の防御だ。 


 モニカの方にも1体が向かっている。彼女は後衛型なので厳しい状況だが、何とかセネムが救援に駆け付けるまで頑張ってもらうしかない。


 セネムが斬撃を繰り出すとビブロスは自身の剣でそれを受けた。驚くべき事に霊刀の斬撃を受けてもその剣は折れなかった。かなりの強度だ。


 ビブロスが反撃に剣を薙ぎ払ってくる。素早く身を屈めてそれを躱すとカウンターで斬り伏せようとして……


「う……!?」


 後衛のビブロスが今度は氷のつららのような物を撃ち込んできた。長さが30センチ以上はありそうなつららで、勢いも相まって当たったら確実に肉体を貫かれるだろう。


 セネムは咄嗟に曲刀でそれを打ち払う。つららは砕け散ったが刀にもそれなりの衝撃があり、僅かに体勢を崩してしまう。そして当然、前衛のビブロスはその間に態勢を立て直して反撃に転じてくる。 


「くそ……!」


 セネムは毒づくが、そのまま防戦に回らされてしまう。敵の連携は中々のもので打開策が見いだせない。『神霊光』を使って仕切り直したいがその隙もない。


 モニカの方もかなり苦戦しているようで、後衛の攻撃は防げているようだが前衛の対処に苦慮していた。風の防壁で敵の攻撃を防いでいるが、こちらから攻撃できなければジリ貧だし、それすらいつまでも保つ訳ではないだろう。



(おのれ、このままではマズいぞ……!)


 セネムの中で焦りが増幅される。このまま追い詰められればいずれは限界を迎えてしまう。早く目の前の敵を倒してモニカの救援に向かいたいのにそれが出来ない。いや、それどころか僅かでも気を抜けばやられるのは自分だ。


 こうなったらリスクを冒してでも、強引に攻撃を仕掛けるしかない。セネムが覚悟を決めて反撃に転じようとした時……



 ――ブオオォォォッ!!!



 風を切る音と共に……高速で撃ち出された砂の槍・・・が後衛のビブロス達に迫る。ビブロスは2体とも砂の槍を躱す事には成功したが、それによって前衛の援護が中断される。


「……! あれは……」


 咄嗟に視線を向けたセネムの目が見開かれた。ホールの入り口から手を突き出した姿勢でビブロス達を牽制しているのは、【悪徳郷】との戦いで共闘した仲間……



「君は、ゾーイ・・・ッ!? 何故――」



「――説明は後よ! 後ろの奴等は任せて!」

「っ! 済まん、ゾーイ!」


 確かに今は問答している場合ではない。セネムは戦いに集中した。後衛からの横槍が無くなった事で目の前の敵に集中できるようになった。


「もう今までのようには行かんぞ!」


 反撃を開始したセネムは二刀を駆使した戦闘術でビブロスの攻撃を躱しつつ、的確に隙を突いた反撃で相手の身体を斬り裂いていく。ビブロスも驚異的な生命力で人間なら致命傷といえる傷を受けても尚反撃してきたが、セネムは極力冷静さを保ったまま対処していく。そして遂に……


「終わりだ、魔物めっ!」


 敵の隙を突いて霊刀を一閃。見事ビブロスの首を斬り飛ばした。流石に首を刎ね飛ばされては生命力を維持できないらしく、ビブロスの身体はしばらくバタバタと暴れていたかと思うと、急に力を失ってぱったりとその場に倒れ伏した。そのまま転がった首と一緒に、蒸発するように死体が消えてしまった。


 どうやら倒す事が出来たらしい。それを確認して他の戦況を確認すると、モニカの方も敵の後衛からの妨害が無くなった事で戦闘を有利に進めていた。


「大地の精霊よ!」


 モニカの祈りに応えて、フロアの床を突き破って大量の土の塊が出現し、ビブロスの身体に纏わりついて動きを阻害する。


「大気の精霊よ! その怒りを解放し給え!」


 そうやって動きを封じた敵に追撃するモニカ。彼女が叫ぶと屋内のホールにも関わらず、極小規模の竜巻・・が発生した。ただの竜巻ではなく、敵を切り刻む無数の風の刃によって構成された死の旋風だ。


 竜巻はビブロスを包み込むと、その全身を原型を留めないほどにズタズタに切り裂いた。当然ビブロスは一溜まりも無く即死したようだ。


 ローラからも聞いていたが、その可憐な外見や聖女というイメージからは考えられないような物騒な攻撃能力だ。セネムは若干目元が引き攣るのを止められなかった。



「ちょっと! 終わったなら、こっちにも手を貸してくれない!?」

「……!」


 だがすぐにそんな場合ではないと気を引き締め直した。ゾーイが2体の後衛相手に飛び道具の応酬を続けているのだ。2対1ではゾーイの分が悪いようで、余裕のない声で救援を求めてくる。


「モニカ、行くぞ!」

「はい!」


 2人は頷き合って、即座にゾーイの加勢に入る。それによって一気に形勢はこちらに傾き、程なくしてビブロス共を殲滅する事ができた。

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