File42:フェイタルデュエル(Ⅱ) ~悪意の魔獣

 フォルネウスから放たれた毒針を『障壁』で弾き、お返しに『衝撃』を叩きつける。だが怪物は四足獣ならではの軽快なフットワークでそれを躱すと、今度は四肢を撓めて直接飛び掛かってきた。


「く……!」

 ヴェロニカは咄嗟に『障壁』を前面に集中させてフォルネウスの突進をガードする。直後に『障壁』越しに物凄い衝撃を感じて思わず弾き飛ばされそうになって、たたらを踏む。


 そこから追撃で飛び掛かろうとするフォルネウスだが、ヴェロニカが『弾丸』で迎撃しようと力を集中させると、まるでそれを先読みしたかのように追撃を中断して飛び退いた。


(こいつ……私の『力』を学習している……!?)


 そうとしか思えない動きだった。恐らくあのムスタファから彼女の戦い方を聞いたニックが教え込んだものと思われる。この怪物は見た目によらずかなり高い知能と学習能力を持っているようなので、生半可な戦術は通用しないと思った方がいいかも知れない。


(厄介ね……。でもここで退く訳にはいかない……!)


 向こうではカロリーナが腰を抜かしたまま立てないでいる。結果として彼女を守る為にナターシャも付き添って残っている。ヴェロニカが負ければ、彼女らは文字通りフォルネウスの毒牙に掛かる事になる。


 それにこいつが自由になってジェシカを始め死闘を演じているだろう仲間達を後ろから攻撃されたら、最悪一気に戦局が傾きかねない。色々な意味で退く訳にも負ける訳にもいかなかった。



 フォルネウスがこちらの隙を窺うように迂回しながら、側面から再び飛び掛かってくる。ヴェロニカは力を溜めていた『弾丸』を放って応戦するが、やはりあえなく避けられてしまう。


 ヴェロニカの攻撃は軌道が直線的なので、発動のタイミングを見極められると攻撃が当てにくくなるという難点があった。


 『弾丸』を躱したフォルネウスが、水かきの付いた前足で引っ搔いてきた。先端は鋭い鉤爪状になっているので、ヴェロニカが生身で引っ掻かれたらそれだけで重傷だ。


 慌てて『障壁』を張って敵の攻撃を防ぐ。しかしフォルネウスは弾き飛ばされる事無く、そのまま巨体と獣の膂力に物を言わせて強引に身体を押し込んできた。


「ぐ……!?」


 こうなると膂力で圧倒的に劣るヴェロニカが不利だ。やはりこの怪物は彼女との戦い方を学習している。



 怪物の押し込みの勢いに押されるように後退したヴェロニカは、そのまま後ろにあった太い木の幹に背中が当たって、それ以上後ろに下がれなくなってしまう。それを好機と見て取ったフォルネウスが更に四肢に力を込めて身体を押し込んでくる。


「ぐ……! ぐぅ……! うぅ……!」


 『障壁』を挟んで魔物と押し合いになったヴェロニカは苦し気な呻き声をあげる。その額に脂汗が滴る。『障壁』を解除したら一瞬で終わりだ。それでいてこのまま押し合いを続けても、いずれ耐え切れなくなる事は明白だ。


 『弾丸』どころか『衝撃』を放つ余裕さえない。完全なジリ貧だ。だが……



(……まだ実戦で一度も試した事はないけど……こうなったらやるしかない!)



 自らの能力の開発と向上に余念がないヴェロニカは、このような緊急時に使える手段に関しても模索していた。そしてその結果編み出したのは……



「――弾けろ・・・っ!!」



 ヴェロニカはフォルネウスの突進を受け止めている『障壁』を意図的に解除・・した。しかしそれはただ障壁を消すという訳ではなく、


 ――パアァァァァァァンッ!!


「……!」


 『障壁』が破裂・・した。ヴェロニカが一点に集中させていた、内包されたエネルギーが一気に外に向かって弾けたのだ。それは瞬間的に凄まじい威力となって、至近距離で密着していたフォルネウスの全身に炸裂した。



 ヴェロニカの新能力、名付けて『爆弾』だ。



 さしもの巨体の怪物も吹き飛んで、全身の痛みに悶える。もし怪物に声帯があれば聞くに堪えないような叫び声を上げていただろう。いずれにせよ大ダメージを与えた事は間違いない。


「よし……!」


 手応えを感じたヴェロニカは喝采して、そのまま決着を付けるべく力を集中させる。『大砲』では時間が掛かり過ぎて敵に態勢を整える時間を与えてしまう。これだけダメージを与えたなら、後は『弾丸』だけでも倒せるはずだ。


 勝利を確信したヴェロニカが『弾丸』でフォルネウスに止めを刺そうとするが……



「……!」


 地面に這いつくばって鮫の顔だけもたげたフォルネウスが大きく口を開けて、あの筒状の器官を露出させていた。また毒針を発射する気か。しかし毒針ごと『弾丸』で弾き飛ばしてしまえば問題ないはず。ヴェロニカは構わず『弾丸』で攻撃しようとして、


「……え?」


 目を瞠った。フォルネウスが毒針を向けているのは彼女ではなく、明らかに少し離れた場所でまだ腰を抜かしているカロリーナの方であった。


 フォルネウスの口から毒針が容赦なく発射される。当然カロリーナもナターシャもそれを躱す事など出来ない。


「くっ!!」


 考えている暇はない。ヴェロニカは条件反射的にカロリーナ達の前に『障壁』を展開させた。その甲斐あって毒針は彼女に突き刺さる前に『障壁』によって弾かれた。だが……


「……っ!?」


 ヴェロニカは太ももに痛みを感じた。視線を下に向けて、そして愕然とした。



 ――太ももに針が突き立っていた。フォルネウスの毒針が……。



(そ、そんな……何で……。あいつはカロリーナ達の方に撃ったはずで……)


 パニックに陥りかけた彼女が咄嗟にフォルネウスに視線を向けると、その口から飛び出ている筒状の器官が二股・・に分かれているのが見えた。


 そう言えば確かに一度の射出で何本かの毒針を同時に発射していた事があったが、射出口は一つではなかったのだ。そしてこんな風に二股に分けて別々の方向に射出できるのは予想外であった。


 奴はそれで敢えてカロリーナを狙ってヴェロニカの『障壁』をそちらに張らせ、二股に分かれた射出口で無防備になっ彼女に毒針を命中させたのだ。


 つまりフォルネウスは……四足歩行の鮫の怪物が、カロリーナ達を利用して陽動・・を行ったという事だ。それこそがヴェロニカの意表を突いたのだ。



「……!」


 フォルネウスと目が合ったヴェロニカ。その時彼女は確かに、感情がないはずの無機質な鮫の顔が悪意の笑み・・・・・に歪んだのを見た気がした。


 自分だけでは死なない。お前も道連れだ。


 怪物は確かにそう言っていた。



「う……うわあぁぁぁぁぁぁァァァッ!!!」



 それを悟ったヴェロニカは激情のままに絶叫し、フォルネウスの眉間に当たる部分に『弾丸』を撃ち込んだ。『弾丸』は狙い過たず、怪物の頭部を撃ち抜いて即死させた。脳漿のような体液を傷口から噴き出しながら、フォルネウスがその場に崩れ落ちた。


 忌まわしい怪物は死んだ。ヴェロニカの勝利・・だ。だがその代償は……



「か……あ……あぁ……」

(身体が痺れて……い、息が……できない……!)


 とても立っていられずその場に倒れ伏すヴェロニカ。だがフォルネウスの残した毒は恐ろしい勢いで彼女の身体を蝕んでいく。


「ヴェロニカッ!!」


 ナターシャが悲鳴を上げて駆け寄ってきた。彼女に抱き起されるが、ヴェロニカは最早喋る事も出来なくなっていた。


「……ぅ……ぁ……」

「ヴェロニカ、しっかりして! ヴェロニカ! ヴェロニカ!?」


 ナターシャが必死に呼び掛けて身体を揺さぶるが、それに応える事も出来なかった。四肢が、身体が急速に冷えていくのを感じた。ヴェロニカは自分はここで死ぬのだと理解した。


(ああ……ごめんなさい、ローラさん。もっと、一緒に……生きて、いたかった……。必ず……勝って、生き延びて……。私……ダリオさんの所に……)


 ナターシャが何か叫んでいるが、もう耳も聞こえない。視界が闇に閉ざされていく。その時、ショックから立ち直ったらしいカロリーナがようやくやってきた。


 何か信じられない物を見るような、びっくりしたような目で自分を見つめる彼女の顔が、ヴェロニカがその生涯の最後に見た光景となった。


 そして視界が閉ざされ彼女の意識は、永遠に醒める事のない深い闇の底へと沈んでいった……

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