File27:淫虐なる魔物達

 入り口側からはムスタファとジャーン達。通路側からはジョンとグール達。しかもそれぞれの手にはカロリーナとクレアという人質が握られている。


「…………」


 ここに至ってヴェロニカは逃走と脱出を諦めた。全ては彼等の遊び・・だったのだ。



 ジョンがワンピース水着姿のヴェロニカの肢体に好色な視線を這わせ、満足げに顎を擦る。


「くへへ、前に見たのは『ディープ・ワン』の時以来だが……いや、『バイツァ・ダスト』の時もか……。やっぱり堪んねぇな、その格好。正直今すぐむしゃぶりつきたいくらいだぜ」


「全くですなぁ。この衣装を提案・・してくれて感謝しますぞ、ミスター・ストックトン」


 ムスタファも同意して、彼女の胸や尻、太ももなどにあからさまな視線を纏わりつかせる。


「……っ!」

 邪悪な男達の浅ましい欲望の視線を向けられ、ヴェロニカは全身が総毛立つ感覚に襲われた。だがそれに慄いている余裕・・はなかった。 


 前からはジャーンが3体、後ろからもグールが3体迫ってくる。合計で6体だ。どれも殺気に満ちており、抵抗・・しなければ殺されるのは間違いない。



(やるしか……ないっ!)


 ヴェロニカは覚悟を決めた。今この瞬間だけは意図的にカロリーナの存在を除外した。同時にジャーンやグールが飛び掛かってくる。


 『障壁』でジャーンの突進を弾く。前後に人質がいるので範囲の広い『衝撃』は使えない。ヴェロニカは障壁を張りつつ『弾丸』を使う為に力を集中させる。後ろからグールも飛び掛かってくるが、やはり障壁に弾かれてたたらを踏んでいた。


「ほぅ……やるな。全方位から掛かれ!」


 ジョンがグール達に指令を出す。ムスタファもジャーンに同様の指示を出した。ジョンはヴェロニカの障壁の弱点を知っているようだ。


 彼女を取り囲んだ怪物達が360度全方角から襲い来る。


「く……!」

 ヴェロニカは歯噛みしつつも障壁を薄く引き伸ばして、自分の周囲を囲うように展開する。そうなると範囲は広がるが強度が落ちて雑魚の攻撃にも耐えるのが難しくなる。だが背に腹は代えられない。


「ぐぅ! ぐ……!」


 薄くなった障壁越しに怪物達の攻撃が伝播してヴェロニカの身体を揺さぶる。


「ヴェロニカッ!」


 その光景を見させられているクレアが悲鳴を上げる。一方カロリーナの方は呆然とした表情で目の前の超常の戦いを眺めている。


 ヴェロニカは大量の脂汗を浮かべながら必死で『弾丸』を撃つべく力を集中させる。しかし薄く伸ばされた障壁に対して全方位から間断なく加えられ続ける衝撃に中々集中力を保てない。というより障壁の維持に集中力を奪われて、とても『弾丸』を放てる程の力を溜められないのだ。


(ま、まずい……!)


 1人で戦うのは市庁舎の上層階やストーカー騒ぎの時も同じだったが、あの時のジャーン達は戦術もなく正面から襲ってくるだけだった。だから障壁を集中させる方向も限定できたし、殲滅も容易かった。


 だが今ジャーンやグール達は自らのの指揮の元に統率されて、的確にこちらの弱点を突く戦術的な戦い方をしてくる。


 ヴェロニカはただの「烏合の衆」と、指揮官によって統率された「兵士・・」との違いを、現在身を以って体感させられていた。


 そして仮に『弾丸』を撃てたとしても、今の状況だとジョンやムスタファに事前に察知されて回避を指示される可能性が高い。



 打開策を見出せないヴェロニカは焦るが、結局何も思いつかないまま遂に薄く伸ばされた障壁が限界を迎えた。


「ああぁっ!!」


 ジャーンの攻撃で障壁が砕け散った。大きく怯むヴェロニカだが、そこに最も近くにいたグールがその細腕を薙ぎ払ってきた。まだ中学生くらいに見える少女のグールだ。ジョンはこんな少女にまで手を掛けていたのだ。


 その外見通り男性のグールより力は弱いようで、生身に攻撃を喰らったヴェロニカだが骨折などの重傷を負う事は避けられた。それでも大きく弾き飛ばされて床に倒れ伏した。痛みに呻いてすぐには起き上がれない。


「ヴェロニカ! くそ……やめて、ジョン! やめさせなさいっ!」


 ヴェロニカの窮地に、ジョンに抱えられたままのクレアが激しく身悶えして叫ぶ。


「ははは、やめる訳ねぇだろ! お楽しみ・・・・はこれからだってのによ!」


 ジョンが哄笑を上げる。それを合図とするかのように対面にいるムスタファがカロリーナを他のジャーンに受け渡して、自らは倒れているヴェロニカに近寄っていく。



「ふ、ふふふ……あなたを一目見た時からずっとこの時を待っていました」


 刺激的な水着姿で床に倒れて身悶えるヴェロニカの姿は、ある意味ではこれ以上ないくらいに蠱惑的だ。何かに憑かれたようにそんな彼女の姿を注視するムスタファ。



 そして歩きながらその身体が変化・・していく。醜い霊魔シャイターン……蝿男の姿に!



「ひっ……!!」


 そのおぞましい姿を初めて見るクレアやカロリーナは勿論、身の危険・・・・を感じたヴェロニカも顔を青ざめさせて、床を這いながら距離を取ろうとするが……


「……っ!?」


 それまで戦っていたグールの女性達が屈み込んできて、ヴェロニカの両腕を押さえつける。彼女は床に磔のような体勢となって逃げられなくなる。


 もう1人あの少女のグールはヴェロニカの髪を鷲掴みにして抜けない程度の力で引っ張る。持続的な苦痛を与えて彼女に『力』を使わせない役目のようだ。


 これらは全てジョンの指示によるものだ。そして彼によってお膳立て・・・・された無力な獲物に、醜い蝿の怪物と化したムスタファが上からのし掛かってきた。何をする気かその意図は明白だ。


「ひぃっ! い、嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」


『ふぁははははは!』


 想像を絶する汚辱にヴェロニカが絶望の悲鳴を叫ぶ。クレアとカロリーナは正視に堪えない光景を予想して、痛ましさから固く目を閉じて顔を逸らす。


 女性達の反応にむしろ喜悦の哄笑を上げながらムスタファが、毛の生えた醜い触腕でヴェロニカの胸を水着の上から揉み回す。そして強引に股を割り裂こうとして――



「――そこまでにしておいてくれるかな?」



「……っ!!」


 唐突に全く別の男性の声がロビーに響き、驚いたムスタファがその動きを止める。良く知った声に振り向いたクレアが少し目を見開く。


「ニ、ニック……!」


 いつの間にそこに居たのか……ロビーの壁際にニックがひっそりと佇んでいたのだ。その姿を見てジョンがピクッと眉を吊り上げる。


「ニック……? 何のつもりだ? 捕えた獲物をどうしようと俺達の勝手だろ。元々そういう取り決めのはずだぜ?」


『これまで散々我々の行為を黙認……どころか助長してきたあなたが、まさか今更良心に目覚めたなどと冗談を言わないで下さいよ?』


 直前でお預け・・・を食ったムスタファも不満気に問い詰める。ヴェロニカは未だに彼の身体の下で、目をギュッと閉じたまま震えている。


 ニックが肩を竦めた。


「良心なんてものは【コア】を身体に取り込んだ時点で消えて無くなったよ。他の女達ならいくら食い散らかしても問題ないけど、彼女は駄目だ。少なくとも今はまだ、ね」


「今は、だと?」


「ああ、僕の見立てでは彼女の中には、まだ本人も知らない大きな力が眠っている。君達が彼女に乱暴・・する事で、その力を解放する切欠を与えてしまう可能性が高い。蝿人間に犯されるというのは、無意識に眠っていた力を引き出す切欠としては充分過ぎるだろうからね」


『……それほどまでに強大な力だと?』


「勿論実際に見ていないので何とも言えない。しかしこれからミラーカ達との決戦を控えた状態でこれ以上不確定要素を増やしたくないんだ。だから君達が彼女に対して欲望を満たしたければ、それは決戦に勝ってからにして欲しい。ミラーカ達さえ倒せれば例え彼女が真の力に覚醒しようと、1人では脅威にはなり得ないはずだからね」


『…………』


 いつしかムスタファもジョンも動きを止めて聞き入っていた。勿論クレアもだ。ヴェロニカはどんどん力を成長させているというから、或いはまだ隠された潜在能力が眠っている可能性は充分ある。



「……ちっ。どっちみち中断されて興が削がれちまったな」


 ジョンが言葉通り興ざめした様子でグール達を下がらせる。ヴェロニカがようやく磔から解放される。


『そうですね。ただ……事が済んだらその時は誰が何と言おうと彼女を頂きますよ?』


 ムスタファも覆い被さっていたヴェロニカから身体を離す。ニックが再び肩を竦めた。


「勿論だよ。その時はもう止めはしない。好きにするといいさ」


 ジョンとムスタファが、それぞれ連れていた人質を撤収していく。カロリーナは尚信じられないような目をヴェロニカに向け続けていた。



「ニ、ニック、あなたは……」


「……今君と話す事は何もないよ。そう遠くない内にミラーカ達がここへやってくるだろう。君は全てが終わるまで大人しくしているんだ」


「……!」


 更に何かを言い募ろうとするクレアから目を逸らして、ニックはジョンに早く連れていけとばかりに手を振った。為す術も無く連行されていくクレア達。



 ただ1人残ったヴェロニカだが、蝿男に強姦されかかるという強烈な体験から気力が萎えてしまい、自分で立ち上がる事も覚束ない。ニックがそんな彼女に近付いてきた。


「さて、これで解っただろう? この施設内で君の動向は常に見張られている。そして君に近しい人間達がこちらの手の内にある事も。さっきはジョン達の遊びだったから許容されたが、今後はそうは行かない。もし再び脱走を試みたらカロリーナの命は確実にない。ジェシカの友人マリコの命もね。確か彼女も後輩だったよね?」


「……っ!」

 ヴェロニカの身体が震える。マリコも狙われているという話だったが、ジェシカ達は間に合わなかったようだ。


「後は君があくまで抵抗するなら、気は進まないけどクレアもどうなるか解らない。それが解ったら大人しくしていてもらうよ?」


「く……」


 反駁する気力も無く弱々しく呻くヴェロニカ。彼女に現状を打破する手段は思いつかなかった。そしてニックに促されて元いた部屋に戻されてしまう。



(ロ、ローラさん……。また、あの時みたいに、私を……皆を助けて……。お願い、ローラさん!)



 水着姿のまま力無くベッドに腰掛けて、愛しい人の顔を思い浮かべるヴェロニカ。今の彼女に出来る事はそれだけだった……

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