File14:消えた怪物

 LA北部にあるストーン・キャニオン湖。この小さな湖の周辺では現在、住民たちの失踪事件が相次いでいた。


「……そしてその犯人・・は、湖に潜む半魚半獣の怪物とそれに協力・・する鳥人間の怪物という訳か」


「ええ……」


 高級住宅街ベル・エアから湖に繋がる支道の路肩に停まる一台の車。助手席に座るセネムが湖を厳しい視線で見下ろしながら呟くと、運転席に座るナターシャが相槌を打つ。


「そしてそのどちらもが、君達が過去に戦った怪物達に関連した存在であるというのも間違いないのだな?」


「ええ、それも確かよ。これは偶然じゃないわ」


「ふむ……」

 確信を持ったナターシャの言葉にセネムは思案する。



 彼女達はローラの決めた割り振りに従って、ストーン・キャニオン湖の怪物達の犯行を妨害する為にこの地に赴いていた。セネムは自らの霊力を用いて探査を行っていたが、今の所成果は出ていなかった。


「……やはり駄目だな。ここからでは細かな魔力の性質や発生地点の特定は無理だ。もう少し近付かねば」


 セネムはかぶりを振ると、自らの支度を整えてから車を降りた。ここからは徒歩で湖まで向かう事になる。


「ごめんなさいね、セネム。私が一緒に行っても足手まといになってしまうと思うし……」


 ナターシャは心苦しい思いで謝罪する。こういう時ほど自らの無力さを厭う事はない。


「いや、構わない。君は充分に自らの役目を果たしてくれた。後は私に任せてここで待っていて欲しい」


 だがセネムは解っているという風に頷いた。ナターシャは流石に前回死にかけた事で、同じ場所に赴くのに抵抗もあって、あくまでここまでの案内のみという事になっていた。因みにその時彼女を助けてくれたクリスは今ここにはいない。


 今はまだローラにも自分の生存を知られたくないとの事で、ローラの仲間であるセネムにもその姿をさらす訳には行かなかったのだ。それに彼は彼で別件の用事・・・・・があると言って出掛けていた。


「では、行ってくる」

「ええ、気を付けて……」


 心配げなナターシャに見送られながら、セネムは湖へと歩き出していった。





「…………」

 湖を取り巻く間道から湖岸へと降りていくセネム。ナターシャの話ではこの近辺を捜索している時に襲われたとの事だったが……。


(やはり……気のせいではないな。異質な魔力は確かに感じるが、正直そこまでの脅威ではなさそうだな)


 それが正直な感想であった。ナターシャの話を聞く限り、敵はミラーカにも匹敵するレベルの怪物だと思っていたが、この分だと取り越し苦労かも知れない。


(まあナターシャはあくまで只人なので、怪物の魔力の強弱など判断できなくて当然ではあるが)


 そう結論付けて、セネムはさっさと仕事・・を済ませてしまおうと、湖の縁に足を着けてわざとバシャバシャと水をかき乱す。それと同時に軽く霊力を発散させてやる。魔物の注意を引き付けるにはこれで充分のはずだ。


(さあ、来い。ここに獲物がいるぞ?)


 そしてそう待つ事も無く異質な魔力が接近してくる気配を感じて、セネムは内心でほくそ笑んだ。だがそこで、おや? という顔になった。


(魔力の反応が一つではないな? 確かに敵は徒党を組んでいるとの事だったが、二匹以上・・・・いるとは聞いていなかったな)


 あるいはナターシャの襲撃時には姿を現さなかっただけかも知れない。只人である彼女を取り逃がしたくらいなので、それも充分あり得る。


(まあ、いずれにせよ大した脅威ではない・・・・・・・・・がな……!)



 セネムが曲刀を構えるのと同時に、湖面から何かが勢いよく飛び出してきた!



 それ・・は空中でセネムに向かって何か針のような物を撃ち出してくる。


「……!」

 セネムはそれを曲刀で弾きつつ、一気に肉薄して霊気を纏わせた曲刀で飛び出したモノに斬り付ける。狙い過たず怪物を一刀両断したセネム。飛び出したモノは胴体を輪切りにされて地面に転がった。


 それは中型犬ほどの大きさ・・・・・・・・・の、四肢と鱗を備えた半魚半獣の怪物であった。


 間を置かず次々と湖面から同じような怪物達が飛び出してくる。数は四匹。三匹は同じ中型犬サイズだが、一匹だけ大型犬サイズの個体がいた。


(あれは多少手強そうだな……)


 発せられる魔力からそのように判断した。中型犬タイプが次々と毒針を発射してくる。セネムはその全ての軌道を見切って曲刀で弾く。そしてこちらから距離を詰めて斬りかかる。怪物達も無言のまま飛び掛かってくる。


「ふっ!!」


 正面から飛びついてきた一体を斬り伏せる。その隙に両側から挟み込むようにして二匹が飛び掛かってきたので、セネムは即座にもう一本の曲刀を出して二刀流となると、自らの身体ごと回転させるような薙ぎ払いで二匹同時に斬り倒した。



 これで残るはあの大型犬サイズ一匹のみだ。セネムは残る敵に向き直った。


「さあ、どうした、掛かってこい。お前もこれ以上人に仇為す前に斬って…………むっ!?」


 ――ギィエェェェェェェッ!!


 奇怪な叫び声。新手の怪物が現れたようだ。ナターシャからは鳥人間の怪物がいる事も事前に聞いていたので油断は無い。だが……


「む……二匹・・だと……?」


 上空から羽ばたきの音と共に迫ってくるのは、まさに鳥と人間が融合したような怪物であった。それも二匹だ。


 しかし体格は彼女から聞いていた程大きくはなく、せいぜいが成人男性の平均程度・・・・・・・・・だ。発せられる魔力の圧もそこまで大したものではない。


(ふむ、やはりこの程度か。確かにナターシャからすれば脅威ではあるだろうが、な)


 やはり半魚半獣も鳥人間も、彼女が殺されかけた恐怖から大仰に伝えていただけのようだ。やや拍子抜けしたセネムだが、普通の人間にとって脅威である事に変わりはないし、敵がこの程度であれば牽制に留めずとも討ち取る事は容易い。



「よかろう。まとめて相手になってやる。掛かってこい!」


 セネムは霊力を全開にした。霊圧によって衣服が弾け飛んで聖戦士の鎧姿となる。ムスリムの女としては抵抗のある露出度の高い鎧姿だが、この状態にならないと霊力を完全には発揮できないので背に腹は代えられない。


 ギエッ! ギエェッ!!


 心なしか怪物達の叫び声の質が変わったような。まるで狂乱したようにセネムに襲い掛かる2体の鳥人間。同時に地上にいる大型犬タイプの半魚半獣も動き出した。


 大型犬タイプが毒針を撃ち出してくるのを素早く弾き落とす。その間に鳥人間のうち一体が降下して、その足の鉤爪でセネムを鷲掴みにしようとしてくる。


「むん!」

「ゲギャッ!?」


 セネムは曲刀を薙ぎ払ってその足に斬り付ける。霊気を纏わせた刀は怪物の脚を容易く斬断した。驚いた怪物は苦痛の叫びを上げて怯む。無茶苦茶に振り回される腕の鉤爪を掻い潜って、再び刀を一閃。鳥人間の首と胴が生き別れとなった。


 仲間がやられた事で残った鳥人間が慄いて、大慌てで上空に逃れようとする。当然それを逃がさずに追撃しようとするセネムだが、そこに大型犬タイプがやはり無言で飛び掛かってきた。


「邪魔だっ!」


 振り返り様に刀で斬り付けるが、何と大型犬タイプは横に跳んで斬撃を躱した。そしてそのままセネムに大口を開けて噛み付いてくる。


「ぬぅ……!?」


 ナターシャによるとこの怪物は毒を持っているようなので、この状況で噛み付かれるのはマズい。ましてや今のセネムは限りなく肌を露出した姿なので、噛み付かれたらマズい場所だらけだ。


 セネムは咄嗟に二振りの曲刀を交叉させてその牙を受け止める。大型犬タイプは構わずに刀にかぶり付く。鍔迫り合いとなり、途端に刀に物凄い力が加わり押し倒されそうになる。セネムは戦士として鍛えられてはいるが、肉体的にはあくまで人間の範疇だ。魔物と単純な膂力勝負になると分が悪い。


「ちぃ……!」

 セネムは舌打ちした。ただでさえ膂力では分が悪い所に不自由な体勢で鍔迫り合いをしているので、このままだと確実に押し倒される。


(こんな雑魚共に使いたくなかったが仕方あるまい……!)


 セネムは鍔迫り合いをしながら霊力を高める。そして……


「نور فلش!!」


 『神霊光』を発動した。全身から発せられる神聖な霊力の波動を至近距離で浴びた大型犬タイプは、やはり無言ながら明らかに大きく怯んだ。セネムはその隙を逃さず大型犬タイプの身体に曲刀を突き刺した。


「……!!」


 霊力を帯びた刀を突き刺された大型犬タイプは、ビクンッと大きく身体を跳ねさせてから動かなくなった。



 ギィエェェェェッ!!


 セネムが大型犬タイプと戦っている隙に上空に逃れた鳥人間の生き残りは、怒りの叫びを上げて大きく翼を羽ばたいた。その翼から何か魔力を帯びた刃状の物体がいくつも射出された。


「……!」


 その『刃』はやや不規則な軌道を描いてセネムに殺到する。だが彼女は一切慌てる事無く冷静に『刃』の軌道を見切ると、二刀を縦横無尽に動かして全ての『刃』を叩き落とした。


「ギェェッ!?」

 鳥人間が驚愕したように目を見開くと自分に勝てる相手ではないと悟ったらしく、上空で向きを変えて逃げ出そうとする。当然このまま逃がす訳には行かない。


 基本的にセネムは前衛型なので上空を飛ぶ敵に攻撃手段は無いかのように思える。しかし……


(敵が最後の一体なら問題はない……!)


 セネムは曲刀の一本を大きく振りかぶると……全力で投げつけた!


 投擲された曲刀は狙い過たず、逃げようとしていた鳥人間の胴体に深々と突き刺さった。セネムの手から離れても短時間なら刀身に霊気が残留している。その霊気によって身体を貫かれた鳥人間は、断末魔の叫びを上げながら地面に墜落した。



「ふぅ……まあ、こんな所だな。これでとりあえずこちらの件は解決したな。ナターシャを呼んで来るか」



 鳥人間の死体から曲刀を回収すると、任務完了をナターシャに確認してもらう為に、再び衣服を纏ってから彼女の待つ車に戻った。





「え……ぜ、全部倒したですって? アレ・・を!?」


「ああ……君が言っている程には大した連中ではなかった。だが人々にとって脅威である事に変わりはない。無事に殲滅したので安心してくれ」


 車に戻ってきたセネムから報告を受けたナターシャは半信半疑であった。あの鮫獣はクリスのアームを駆使した攻撃でも倒せなかった化け物だ。鳥人間の方もあの『長男』に匹敵する怪物だったのは間違いない。


 確かにセネムが強い事は知っているが、いくら何でも1人であの怪物達を、しかも『大した事なかった』というレベルで殲滅できたというのは俄かには信じられなかった。


 しかしまさかセネムがそんな意味の無い嘘を吐くとは思えない。増々混乱するナターシャ。


「待って……何かおかしいわ。とりあえずその怪物達は全滅したのよね? 死体を確認させてもらえる?」


 他に何も襲って来なかったからには、とりあえずの安全は確保できたのだろう。なら彼女が降りて行っても大丈夫なはずだ。セネムが頷いた。


「うむ、君に任務の完了を確認してもらう為に呼んだのだ。私の言っている事が嘘では無かったとすぐに解るぞ」



 自信満々な様子のセネムに案内されて湖岸に赴くナターシャ。そこには確かに彼女の言う通り、異形の半魚半獣と鳥人間の死体が転がっていた。だが……


「ち、違う……」

「何?」


「違う、こいつらじゃない……!」


 ナターシャは叫びながらかぶりを振った。鳥人間の方は先日彼女を襲った個体より明らかに小さい。体毛の色も違うので絶対に見間違いではない。


 これは『子供』だ。『子供』は彼女自身も過去に見た事があるので確かだ。


 半魚半獣の方はそもそも形状が異なっている。この怪物達には鮫の頭は付いていないし、体格も明らかにあの鮫獣の方が一回りか二回りは大きかった。


 ナターシャは過去の事件の取材の中でジェシカやヴェロニカ達から聞いた、『ディープ・ワン』の実験動物群の事を思い出した。こいつらはそれに近い存在に見える。



「馬鹿な……本当に違うのか? では君が遭遇した奴等はどこに行ったのだ? この辺りに他に、そんな強力な魔力を発散する存在は感知できんぞ?」


「わ、解らない……一体何が起きているの……?」


 忽然と消えた2体の怪物。代わりにいたのは雑魚と呼べる連中だけ。だがあの怪物達が自然に死んだりなどするはずがない。必ず生きてどこかにいるはずだ。


(どこに? そして何故ここにはいないの……?)


 何か、良からぬ事が起きそうな不穏な気配を感じる。彼女は不安そうに空を見上げた。


(他の班は大丈夫かしら? 何事もないと良いけど……)


 それぞれの作戦行動中は、隠密を要求されたりする場面もあるかも知れないという事で、携帯の電源は切る事になっていた。


 ナターシャに出来る事はただひたすら、仲間達が何事も無く任務を終えられるように祈る事だけであった……

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