File12:思わぬ災禍

 ローレルとペネロペにはすぐに電話が繋がった。彼女達は随分気を揉んでいたようだが、あんな事があった直後だけに、自分達からジェシカに連絡するのが憚られていたようだ。


 今は大学の講義が休みの期間で、幸い2人ともそれぞれ自分のアパートにいるようだったので、例の件の事情を説明すると言って待ち合わせ場所を決めて電話を切った。


 2人のアパートは丁度ウォーレンの教会が近かった事もあって、教会を待ち合わせ場所とさせてもらった。ウォーレンに見ていてもらえば安心だ。



「2人共、随分あなたを心配してくれてたみたいね?」


 車を運転しながら横で電話のやり取りを聞いていたローラは暖かく微笑んだ。


「ああ……ホントにいい奴等なんだよ。アタシなんかには勿体ないくらいさ。だからこそエリオットの野郎なんかに指一本触れさせる訳には行かないんだ」


 決意を漲らせたジェシカは、それでも若干躊躇いながら次はマリコに電話を掛けた。呼び出し音が鳴っている最中、ジェシカの心臓は早鐘のように高鳴っていた。


 しかしやはりというか、マリコが電話に出る事はなかった。着信拒否にされていないだけありがたいと思うべきか。メールなりLINEなりで警告を促したい所だが、エリオットが今現在どこにいるか解らず、もしマリコの近くにいた場合メールだと文面を見られてしまう怖れがあった。


 そうなるとジェシカ達が警告と保護に向かっている事が相手にバレて先手を打たれる危険性があるので、メールは利用できなかった。


(マリコ……頼む、無事でいてくれ。あんな別れ方が最後なんて冗談じゃないからな?)


 気は急いていたが、まずはローレルとペネロペの保護を優先して、彼女達との待ち合わせ場所に急ぐ。




 ウォーレンの教会に急ぐローラ達だが、その時ジェシカの携帯が鳴った。ローレルからだ。


「もしもし、ローレル? どうし――」

「――ジェシカ! 助けて、追われてるの!」


「……っ!? な、何だって!? エリオットか!?」


 ジェシカは動揺する。先手を打たれたか。横で聞いていたローラも目線を険しくする。


「エリオット? い、いえ、違うわ! 知らない男達よ! 言われた通り教会でペネロペと合流したんだけど、そうしたらいきなりその男達が現れて……。し、神父様が私達を逃がしてくれて今、教会の奥に隠れてるんだけど、代わりに神父様があいつらに……!」


「な……し、神父様が……!?」

「ッ!?」


 会話を横で聞いていたローラがギョッとして目を見開く。ジェシカもギリッと奥歯を噛み締める。


「……解った! 詳しい事情は後で話すけど、今警察の人と一緒なんだ。すぐに行くから2人はそのまま隠れてろ!」


「わ、分かったわ……!」


 警察が一緒と言われて多少安心したらしいローレルとの電話を切ったジェシカは、切なげな視線でローラを仰ぎ見る。ローラは焦燥に満ちた表情で頷き、ウォーレンの無事を祈りながらさらに車のスピードを上げて教会へと急いだ。





 教会前に着くと飛び出すようにして車から降りたローラ達は、教会の聖堂へと駆け込んだ。そこには……


「神父様っ!?」


 荒らされた聖堂内部の風景と……壁際でうつ伏せに倒れ伏しているウォーレンの姿があった。その光景にローラは心臓が潰れるような衝撃を味わい、一目散に彼の元まで駆け付けた。


「神父様!? 神父様! 目を開けて下さい!」

「う……ロ、ローラ、君かい……? ジェシカも……」


 抱き起すと彼はうっすらと目を開けた。ローラは腰が抜けるかと思う程の安堵を感じた。だがウォーレンは動こうとして痛みに顔を顰めた。命は無事だったが、どこか怪我をしているらしい。


「神父様、大丈夫ですか!?」


「うぅ……わ、私の事はいい……。それより、奥に、ジェシカの友人達が……早く……」


「……!」

 ハッとなったローラはジェシカに目配せをする。彼女は頷いて一足先に教会の奥へ向かって駆け出していった。



「し、神父様、申し訳ありません。まさかこんな事になるなんて……」


 ローラの危機意識が足りていなかった。これは教会を待ち合わせ場所に指定した彼女の責任だ。激しい自責の念に苛まれるローラだが、ウォーレンは脂汗を浮かべた苦し気な様子のまま薄く微笑んだ。


「い、いいんだよ。むしろ頼りになれなくて、私の方こそ済まなかったね……。さあ……ここはもういいから、君もあの子達を助けに行ってやってくれ……」


「……っ。神父様、すぐに戻ってきて助けを呼びますので、それまで待っていて下さい……!」


「ああ……待ってるよ」


 ローラは彼をそっと壁にもたれ掛けさせると、デザートイーグルを抜いてジェシカの後を追った。



*****



 教会奥にある談話室。ジェシカがそこに飛び込むと、部屋の隅で肩を寄せ合って震える2人の少女……ローレルとペネロペがいた。そして部屋の両方向から彼女達を逃がすまいと追い詰める2人の男の姿も。


 男達はどちらも茫洋とした独特の目付きをしていた。〈信徒〉だ。彼等が再び現れた事はローラから聞いていた。


(……こいつら! やっぱりエリオットの奴も他の怪物共と繋がってたんだ!)


 それを裏付ける状況であった。



「ジェシカぁぁっ!!」


 彼女の姿を認めたペネロペが叫ぶ。


「……っ! 2人共、そこ動くなよ! おい、てめぇら! アタシが相手だ!」


 大声で叫んで友人達に警告すると同時に、〈信徒〉共を挑発して注意を引き寄せる。そして奴等が反応するのを待たずに飛び掛かる。


「おおりゃああぁぁぁぁぁっ!!」


 気合と共に振りかぶった拳を〈信徒〉の1人に向けて全力で振り下ろす。〈信徒〉の青白い防護膜が発動し、ジェシカの拳と激しく接触する。


「……っう!」


 物凄い反動を感じてジェシカはたたらを踏んだ。防護膜を突き破れるまではいかなかったが、〈信徒〉も衝撃で若干態勢を崩した。


「……! 咎人め! 邪魔をするな!」


 だがそれによって多少は脅威を感じたらしく、〈信徒〉達はジェシカの排除を優先してきた。敵のヘイトを集めるという目的は達した。次は如何にしてこいつらを倒すかだが……


「死ねっ!」

「うおっと!」


 〈信徒〉の1人が手の先に青白い光を発生させて、それを突き出してきた。ジェシカは慌てて飛び退ってそれを躱すが、そこにもう1人の〈信徒〉が両手を広げて、まるでジェシカに抱き着こうとするような体勢で襲い掛かってきた。もちろん両手の先にはそれぞれ青白い光が。


「こいつ……!」


 ジェシカは咄嗟に前蹴りを放つが、やはり防護膜によって弾かれてしまう。そこに迫る〈信徒〉の両手。ジェシカは舌打ちして更に飛び退る。だがそう広くもない室内だ。すぐに背中が壁に当たってしまう。


「ジェシカ!」


 ローレルの悲鳴。〈信徒〉達は、もう逃がさないとばかりに両側からじりじりと迫ってくる。


(くそ……! こんな奴等、変身できれば一撃なのに……!)


 もどかしさに歯噛みするが、まさかローレル達の前で変身する訳にも行かない。それに恐らくジェシカが変身せずともこの場を切り抜ける事は可能だ。何故なら……



「ジェシカ! ……こいつら、〈信徒〉ね!」


 遅れて駆けつけてきたローラが、素早く部屋の状況を見て取る。その手には既にあの銀色のデザートイーグルが握られていた。


「君達、伏せてなさい!」

「……っ」


 鋭い声での警告にペネロペ達は反射的に従う。ジェシカは彼女達を庇うように覆い被さる。それと同時に〈信徒〉に狙いを定めたデザートイーグルの銃口が火を噴いた。


「ごぁっ!?」


 〈信徒〉の1人が壁際まで吹き飛んだ。その胸には大口径の銃創が穿たれていた。


「咎人めっ!」


 残った〈信徒〉が喚きながらローラに向かって飛び掛かるが、彼女は素早く敵に銃口を向けて再び引き金を引いた。再度大きな銃声が轟く。同じように〈信徒〉が吹き飛んで息絶えた。




「……ふぅ。ジェシカ、もういいわよ」


 ローラの合図でジェシカはペネロペ達の覆いを解いて立ち上がった。


「2人とも、立てるか?」

「え、ええ……何とかね。ありがとう、ジェシカ」


 ペネロペの方は完全に気が動転してしまっているようだが、ローレルの方は目の前で『悪漢』が射殺された割には比較的落ち着いた様子でペネロペを助け起こしていた。ジェシカはローレルが中学時代まで音楽の街でもあるが、同時に治安の悪いアフリカ系ギャングの巣窟であるメンフィスで生まれ育ったという話を思い出した。


「それで……何が起きてるのか説明してもらえるのよね? 電話でエリオットの事を聞いてきたけど、彼が何か関係してるの?」


 ローレルが、まだ震えているペネロペの肩を抱きながらジェシカに説明を求めてくる。ジェシカがローラを仰ぎ見ると、彼女は解っているという風に頷いてバッジを取り出した。


「私はLAPDのローラ・ギブソン部長刑事よ。ジェシカとは個人的に知り合いなの。当然色々と疑問があるのは承知してるけど、まずは神父様の介抱と救急車を呼ぶのが先よ。その後で全部説明するわ」


 ローラにそう言われた事で自分達を庇ってくれたウォーレンの事を思い出したらしく、ローレル達も優先順位を理解して大人しく従ってくれた。

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