File1:過去からの刺客

 『シューティングスター』の事件からおよそ半年程が経過していた。『シューティングスター』によって多大な被害を受けたLAPDだが、それから半年間本部長やジョンを含めた残った警察幹部達の尽力によって急速に立て直しが進んでいた。


 それに伴ってようやく刑事部も人員が整って、被害前と遜色ない司法活動が行えるようになってきた。本部長や他の幹部達の伝手を使って、他所の自治体警察や州警察、保安官事務所などから高待遇で引き抜きなどを行って人員を集めてきたのだ。


 ローラやリンファも勿論刑事部の立て直しに尽力し、率先して刑事としての仕事にも取り組んでいた。その甲斐あって何とか検挙率を大幅に下げる事無く再建まで持ちこたえる事が出来たのであった。


 ようやく肩の荷が降りたと安堵するローラだったが、そんな矢先に不穏の予兆は確実に忍び寄っていた……



*****



 ローラとリンファは現在、LAの街を車で走行していた。2日前にノースリッジの住宅街に居を構える老夫婦の家に押し込み強盗を働き、夫婦を射殺して金品を強奪した犯人の潜伏先を突き止めその逮捕に向かっている最中であった。


 市民から街外れの工場街の一角で犯人を見たという通報があったのだ。程なくして車は通報があった工場の一角に到着していた。


「……あれね。リンファ、くれぐれも油断しないようにね?」

「勿論です、先輩。先輩こそ気を付けて下さい」


 やや離れた場所に車を止めた2人は、車から降り立つとすぐに銃を抜いた。人間相手なのでローラもデザートイーグルではなく、支給のグロックであった。


 時刻は夕刻に差し掛かろうとしており、寂れた工場街には他に人影は無かった。殺人犯が潜伏するには都合が良さそうだ。


(……何だかあの時・・・を思い出すわね)


 彼女が現在の恋人であるミラーカと出会った時。丁度今と同じような状況であった。その時の相棒はリンファではなく、今は亡きトミーであったが。


 あれから今まで実に様々な出来事があった。想えばあのミラーカとの邂逅が今のローラの生活の始まりだったとも言える。


「……っ」

 遠い……遠い日の記憶が唐突に脳裏に甦りローラは一瞬胸が詰まったが、かぶりを振って気を取り直す。今は感傷に浸っている場合ではない。



 ローラはリンファに目配せしてから、銃を構えて慎重に工場に近付いていく。辺りには全く人の気配がない。本当にここに犯人が潜んでいるのだろうか。


 壁に取り付いて窓から中を覗き込む。色々な工機が所狭しと並んでいる。と、奥の方で何か影のような物が動いた気がした。


「……!」

 ローラはリンファに手振りで指示を出す。リンファも頷いて、僅かに開いた工場の入口から中に滑り込む。2人はそれぞれ工場の両端に分かれて左右から挟み込むようなポジションで、工場の奥へと進んでいく。


 工場の奥は機械が置かれておらずやや広いスペースとなっていた。そしてそこに片膝を着くような姿勢で屈み込んでいる1人の男がいた。通報内容と一致する服装であった。犯人に間違いなさそうだ。


「……っ! 動くな! ロサンゼルス市警よ!」


 ローラは素早く銃を向けて怒鳴る。しかし男は警告を無視してゆっくりと立ち上がった。


「……! 両手を頭の後ろに置いて床に伏せなさい! 早くっ!」


 ローラは再度警告する。その頃には反対側からリンファもやってきて同じように銃を突きつけていた。しかし男はそれすら意に介さず、ローラ達の方を振り向いた。



「女……がお前をご所望だ……」



「な、何ですって……?」


 男がローラの方を見て茫洋とした口ぶりで喋る。目の前に向けられた銃口を恐れている様子が全く無い。ローラもリンファも思わぬ事態に混乱していた。


 だが男がローラに向かって突っ込んできたので、考えている暇はなくなった。 


「ち……!」

 ローラは咄嗟に舌打ちしつつ銃の引き金を絞る。だが直後に驚愕に目を瞠る事となった。


 撃ち込まれた銃弾は全て男に到達する前に青白い膜・・・・のような物に弾かれてしまったのだ。ローラはこの現象に見覚えがあった。だがそれはあり得ないはずだ。


「先輩っ!」

「……!」


 リンファの声で、気を取られていた意識を集中させる。目の前には既に男が迫っていた。こちらに向けて手を突き出してきた。その手の先にはやはり青白い光が発生していた。


「くっ!」


 ローラは横っ飛びに大きく身を投げだしてその攻撃・・を避けた。ローラの後ろにあった機械が男の手に触れると物凄い金属音と共にひしゃげた!


 やはり間違いない。こいつは……


(どういう事!? 生き残り・・・・がいたとでも言うの!? でも……)


 だがやはり考える暇なく男が追撃してきた。リンファが妨害の援護射撃を放つ。それも青白い膜に防がれたが、ローラが体勢を立て直す時間は稼げた。



 しかしその時、他の機械の陰に隠れていたらしい新たな人影が2つ現れた。どちらも男で、同じように茫洋とした目付きのままこちらに迫ってくる。


「せ、先輩! こいつら、まさか――」


「考えるのは後よ! あなたはその2人を抑えてて! 出来る!?」


「……っ! は、はい!」


 今はこの場を生き延びる・・・・・のが先決だ。指示を受けたリンファは新たに現れた2人の男にありったけの銃弾を撃ち込んで、その注意を自分に引き寄せる。新手の2人の注意を上手く引いたリンファは銃を放り捨てて、素手で彼等を迎え撃っていた。彼女に関してはむしろあの方が頼りになるかも知れない。



 ローラは後ろをリンファに任せて目の前の『敵』に集中した。最初の男が手を振りかざして襲いかかってくる。ローラは再び大きく飛び退ってそれを回避。そのまま男から距離を取るように後退し続ける。


 すると男は業を煮やしたのか、大きく跳躍して飛び掛かってきた。優に8フィート程は飛び上がった馬鹿げた跳躍力だが、それを予測・・していたローラに特に驚きはない。むしろこれを誘発するつもりだったのだ。空中なら……逃げ場・・・がない。


 ローラは既にグロックを放り投げて懐からデザートイーグルを取り出していた。『敵』が彼女の予想通りの存在なら神聖弾ホーリーブラストを使うまでもないはずだ。


 ――ドウゥゥゥンッ!!


 轟音と共に発射されたマグナム弾が正確に飛び掛かってきた男の胸に着弾した。強烈なマグナム弾は青白い防護膜を突き破って男に直撃。男は着弾の衝撃で大きく吹き飛ばされて工場の床に墜落した。その胸には大きな銃創が穿たれ即死していた。


 ローラは素早くリンファの方に視線を巡らせる。彼女は2対1の戦いを有利に進めて、1人の男の胴体に掌底を密着させて、そこから寸勁を発動する。


 ゼロ距離で衝撃を喰らった男が、防護膜を発動させる事も出来ずに吹き飛んだ。だがその隙にもう1人の男が後ろからリンファに青白い光を放つ手を突き出していた。


「リンファッ!」

 ローラは再びデザートイーグルの引き金を絞る。3人目の男が側頭部を撃ち抜かれて横向きに吹っ飛んだ。当然即死だ。




「ふぅ……怪我はない、リンファ? よくやってくれたわ」

「ありがとうございます、先輩。私なら大丈夫です」


 とりあえず他には『敵』が襲ってこない事を確認してローラ達は緊張を解いた。ローラは男達の死体を見下ろす。


「先輩、こいつらってあの『バイツァ・ダスト』の時の……?」



「ええ…………〈信徒・・〉だわ」



 ローラは断言した。だが同時に謎が浮かび上がる。


「で、でも『バイツァ・ダスト』は……メネスは封印されたんですよね?」


「そう……そのはずよ」


 リンファに答えながらもローラは訳が分からなかった。


(何故……メネスは確実に封印されたはず。一体何が起きているの……?)


 状況は分からないながら……彼女は非常な不安に苛まれていた。何か再び良からぬ事がこの街で起きているようだ。しかもこれまでのような新たな怪物という訳ではなく、まるでとっくに終わったはずの過去が甦って再び立ちはだかるかのような……


(ミラーカにも知らせておくべきね。彼女に相談すれば何か分かるかも)


 ローラはすぐにでもこの異変を恋人に知らせるべきだと判断していた。だが予想外の事態に混乱し、思案する2人は気づかなかった。工場の天井から今の一幕を密かに観察している目があった事に。そしてその視線の主……ニック・ジュリアーニが満足気な薄笑いを浮かべていた事に……

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