File21:虎穴に入らずんば……

 セネムによると敵の魔力は市庁舎に存在しており、恐らく自分達を待ち構えているだろうとの事。だがそれを聞いてもヴェロニカに恐れはなかった。ジェシカも同様だ。


 3人はヴェロニカの運転する車で市庁舎の近くまで赴いた。車から降りて市庁舎に向かうと、周囲には不自然な程人通りが途絶えていた。時刻は夜の11時を過ぎた所。確かに遅い時間だが、それでもこの人通りの無さは不自然だ。


「恐らくすでにマリードの結界が作用している可能性がある。2人ともくれぐれも油断するな」


 セネムの言葉に気を引き締める。巨大な建造物であるはずの市庁舎は全ての電気が消えて中は真っ暗になっていた。ヴェロニカが念の為正面玄関を調べてみると鍵は掛かっていなかった。手で押してみると簡単に開いた。


「……!」


 どうやら敵が待ち構えているというのは本当らしい。だがここまで来て引き返すという選択肢はない。3人は意を決して正面の入り口から市庁舎に踏み込んだ。



「う……!」


 ジェシカが顔を顰める。庁舎内に充満する濃密な『陰の気』に当てられたのだ。これでは敵が潜んでいてもその気配を察知できない。


「これは……」

「うむ……まさか、これ程とはな……」


 2人の霊能力者も肌が粟立つようなプレッシャーを感じて警戒を強める。広い庁舎内全域に『陰の気』が染み渡っている。この魔力がもしマリードの物だとするなら、マリードの魔力の強さはあのメネス王すら上回っている可能性がある。ヴェロニカはそう感じた。



 とその時、3人が入ってきた正面入り口が音を立てて閉まった。同時に建物中の照明が点灯した。



「これは……!?」


「おいおい、外から丸わかりじゃねぇのか、コレ!?」


 この深夜にいきなり市庁舎の電気が全て点いたら流石に目立つのではないのか、とジェシカが疑問を呈するがセネムはかぶりを振った。


「いや……既にこの市庁舎中が結界で覆われているようだ。外からは何の変化もない真っ暗な市庁舎が見えているはずだ。恐らく音も電波も全て遮断されているだろうな」


「な……」

 常識外れの力にヴェロニカが絶句する。



「そういう事。言っておくけどシモンズ君の結界とは訳が違うよ? いかに君でも脱出は不可能だ」



「「……ッ!?」」


 前触れもなく唐突に聞こえてきた男の声に、3人は一様にギョッとして視線を巡らせる。彼女らの視線の先に、いつの間にか1人の男が佇んでいた。


「ジョ、ジョフレイ市長……!」


 ヴェロニカが慌てて臨戦態勢を取る。勿論ジェシカとセネムもそれに倣う。ジョフレイがそんな彼女達を嗤った。


「ははは、そう警戒しないでいいよ。これはただの投影画像みたいなものだからね」


 そう前置きしてから彼は両手を広げた。


「ようこそ、僕達の城へ! 先日の吸血鬼といい千客万来だね。しかも皆美女揃いとは、おじさんは嬉しくなってしまうよ!」


「吸血鬼……。彼女をどうしたんですか……?」


 ヴェロニカはジョフレイの軽口には構わず、気になっていた事を聞く。ジョフレイが肩を竦めた。


「ああ、彼女なら永遠に醒めない夢の中で、幸せに浸っている頃だろうね。そうしてマリードに徐々に精気と魔力を吸い尽くされて、僕達の養分・・の一部になるのさ」


「……!!」


 ジョフレイが手を振るような動作をすると、『投影画像』の範囲が拡大した。そこには……


「ミ、ミラーカさん……!?」


 床や天井が変形して伸びたような奇怪な物体にYの字型に拘束されて中空に吊り下げられているのは、紛れもなくヴェロニカ達が良く知るミラーカの姿であった。しかし完全に意識を失っているようでぐったりと首を垂れさせている。


「ふむ、やはり知り合いだったようだね。彼女を救出にきたって訳かい?」


 面白そうな口調のジョフレイ。


「うるせぇ! ブッ飛ばされたくなかったら今すぐミラーカさんを解放しやがれ!」 


「おお、怖い怖い。そんな凄まなくても返してあげるさ。君達が僕の元まで辿り着ければね」


 ジェシカが苛立たし気に怒鳴ると、ジョフレイはおどけたように肩を竦める。


「辿り着ければ、ですって……?」


「ここは僕達の城だって言っただろ? マリードが君達侵入者用に面白い趣向を凝らしてくれてね。それらの障害・・をクリアして僕達の元まで辿り着ければゴールだ。中々楽しそうだろう?」


「…………」


 この男にとってヴェロニカ達の侵入と戦いは格好の競技観戦という事らしい。なんともふざけた男だ。


「僕は最上階の市長室にいる。階段でもエレベーターでも好きな方法で上がってきたまえ。待っているよ」


 それだけを告げるとジョフレイとミラーカの『投影画像』は消滅した。


「……罠があるのは最初から解っていた事だ。君達、覚悟は出来ているか?」


 セネムの問いにヴェロニカもジェシカも無言で頷く。ここまで来て今更怖気づいたりはしない。どんな罠があろうとも、それごと打ち破って突き進むまでだ。


「いい返事だ。それでは……行くぞ!」


 セネムは服の下から取り出した曲刀を右手に、率先して進みだした。ヴェロニカ達もその後に付いて歩き出す。



 この状況で狭い個室に入る事は避けたいので階段を選択する。2階に上がると充満する『陰の気』の密度が更に上昇したような感覚があった。


「……いるな。2人とも準備はいいか?」

「……!」


 セネムの警告にジェシカとヴェロニカが身構えた時には、奇怪な唸り声と共に物陰や廊下の奥、そして3人がやってきた階段から大勢の怪物が出現した!


 蜘蛛のような奇怪な四肢を持った人型の怪物……霊鬼ジャーンだ。2、30体はいる。


「ジャーン共か。数が多いな……。こんな所で時間を食ってはいられん。一気に殲滅して突破するぞ!」


 セネムが宣言すると同時に、その身体が光に包まれ着ていた服やスカーフが弾け飛んだ。光が収まった時そこに居たのは、紫の煽情的な鎧姿に曲刀を二刀流で構えた奇鎧の聖戦士の姿だった!


「な……」


 ジェシカ達は一瞬呆気に取られるが、すぐにジャーン達が飛び掛かってきたのでその対処に追われる事になった。


「く……ジェシー! 私達も行くわよ!」

「おう!」


 ヴェロニカが『障壁』を張ってジャーンの奇襲を防いでいる間に、ジェシカの変身・・は完了した。半人半獣の狼少女の姿がそこに顕現していた。ジェシカは一声吼えるとジャーンの爪を軽快に躱し、逆に自らの鉤爪でジャーンを容易く引き裂いた。


「ほう! それが君の内包している魔の力なのだな!?」


 光り輝く曲刀を踊るように舞わせながらジャーン達を斬り裂くセネムが感心したように言った。


「ガウゥゥゥウゥゥッ!!」


 それに肯定の返事をするように唸ったジェシカは自らジャーンの群れの中に飛び込んでいく。ヴェロニカはそれを援護するように後方から『衝撃』を使ってどんどんジャーンを弾き飛ばしていく。倒れて隙を晒したジャーンに、『衝撃』の効果を一点に集中させた『弾丸』を放って止めを刺していく。


 以前の戦いで新たな力を開花させたヴェロニカはその後も継続して能力の訓練を行っており、力を応用した様々な戦い方を習得していた。この『弾丸』もその一つだ。


 生半な銃弾の通じないジャーンを倒せた事からも分かるように、精度を上げて集中すれば大口径のマグナム弾にも等しい威力さえ出せるようになっていた。ただ狙いを定めたり意識を集中させたりする必要はあるので、今のように隙を晒した相手でなければ命中させられないという弱点はあったが。


「君も素晴らしい力だ! 私も負けていられんな!」


 2人に発奮されたかのようにセネムもその斬撃の速度を更に上げて敵を斬り裂いていく。一斉に飛び掛かってくる敵には曲刀を交叉させて、閃光を発してまとめて弾き飛ばした。聖なる光に焼かれたジャーン達が悶え苦しむ。そこに曲刀を振るって止めを刺していく。


 ジェシカも狼の力を存分に発揮して、フィジカルでジャーン達を圧倒していた。



 時間にして5分程度だろうか。30体はいたジャーン達は残らず殲滅されていた。セネムが戦闘態勢を解いて2人の方を振り返る。


「他に敵の気配はないようだ。よくやったな、2人共。正直予想以上の働きだ」


「ありがとうございます、セネムさん。セネムさんもとてもお強くて驚きました」


 ヴェロニカが素直に認める。彼女はミラーカにも匹敵する強さかも知れない。こんな人が他にもいたという事自体にも驚いていた。


「ありがとう、ヴェロニカ。さて、それでは先へ進むぞ。恐らく、いや、確実に妨害はこれだけではないはずだ。気を引き締めて行くぞ」


「はい!」「ガゥッ!!」


 3人は戦闘態勢を維持したまま市庁舎の内部を駆け抜けていった。

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