File9:大学の事情

 大学に着くと、副学長のスコット・A・ブロウズが対応に出てきた。


 当然だが大学の学術調査で学生が行方不明になり、担当の教授もまた失踪してしまったという事で、学内ではかなり大きな問題になっている様子だった。聞き込みに対していきなり副学長が出てきた事からもそれは明らかだ。


 因みにフィリップ達はエジプトで失踪したという扱いなので、当然ロサンゼルス市警に捜索願などは来ていなかった。


「何ともはや、我々も困り果てているんですよ。エジプト当局には再三に渡って捜索を要求しているんですが、手がかりなしの一点張りでして……。学生達の遺族・・からの突き上げもエスカレートする一方でしてね。この大学の名誉を守る為に、彼等に支払わねばならない額の事を考えるだけで頭が痛くなりますよ」


 困っているの事実なのだろう。だがそれはあくまで金や風評の問題であって、スコットの台詞からは失踪した学生達の身を案じている様子は一切見受けられなかった。


「保険には加入させていなかったのですか?」


 エジプトのような遠い異国の地。治安の問題もある。そんな地に学生を赴かせるに当たって、いくら教員の引率があるとは言え、何らかの保険に加入させるのが普通ではあるまいか。


 そう思ってのローラの質問に、スコットは若干目を逸らしながらハンカチを取り出して汗を拭く。


「い、いや……その辺りの問題は、各々担当の教授に一任していましたので……」


「…………」


 つまり大学側では何の対応もしていなかったという事だ。アフリカのような治安の悪い地域となれば、保険もかなり高額になるはずだ。ゾーイやダンカンの言っていた「貧乏学部」という言葉が脳裏に甦る。恐らくそういう扱いは今回の事だけではなく、今までにも通例になっていたのだろう。



「おほん! それで……行方不明の学生や教員の事についてお聞きになりたいとか?」



 この話題を続けるのはマズいと思ったらしく、スコットは咳払いしながら本題に入るように勧めた。ローラも別に大学側の運営に口出しするつもりはないし、その権利も無い。仕事を進める。


「ええ、フィリップ・E・ラーナーという名の学生が、こちらの考古学部に在籍し、かつエジプトで『行方不明』になっている事が解っています。まだ具体的な詳細は明かせないのですが、このフィリップが今世間を騒がせている連続殺人に関与している疑いが浮上しました」


 スコットがギョッとしたように目を剥いた。


「ええ!? 連続殺人って……例の『バイツァ・ダスト』、でしたっけ? それの事ですよね!? それにうちの学生が関わってる……!? い、いや、それ以前に、じゃあその学生はエジプトではなく、生きてこの街にいるという事ですか!?」


 矢継ぎ早に質問を返してくる。まあ当然の反応だとは思うが、今は時間が惜しいのでローラは手を上げて遮る。


「先程も言ったように捜査上の機密になりますので、詳しい事情はまだ話せないんです。公式の記者会見をお待ち下さい。それで確認なんですが……件のエジプトの学術調査で行方不明になった学生はフィリップの他にもいるのでしょうか? あとその引率を担当していたと思われる考古学部の助教授、ゾーイ・ギルモアにもお話を聞きたいのですが」


 フィリップの素性が明らかになってから、ローラは一度ゾーイの携帯に電話してみたが不在であり、未だに折り返しもなかった。



「わ、解りました。そういう事であれば……。えーー……調査に同行した学生は最初全部で12人いたのですが、教授のフェルランドが調査そっちのけでインドに行ってしまったりとトラブルが続いて、最終的にはそのフィリップを含めて4人の学生と、助教授のギルモアだけになっていたようです。そしてその4人全員が失踪したのです」



「4人……!」



 ローラは今までの経験から、こういう場合常に最悪のケースを想定する事にしている。即ち……あのミラーカが強敵と認識したフィリップと同格・・の存在が、少なくとも後3人いる可能性が高いという事だ。


 彼等の上に立つ『マスター』とやらの事も考慮に入れると、『敵』の総合的な戦力はあの『サッカー』……ヴラド一味を超えているかも知れない。


「……フィリップを含めて、失踪した学生達のプロフィールを教えて頂けますか? 出来れば写真などもあるとありがたいですね」


「すぐに用意させますので、少々お待ち頂けますか?」



 スコットはそう断って一旦席を外した。すると待っていたように、隣に座っていたリンファが身を乗り出してくる。



「せ、先輩……ホントにどういう事なんですか!? エジプトで失踪した大学生達が一体どんな経緯で今回の事件に関わってるって言うんですか!? 他の学生達の情報も集めるからには、先輩には何らかの確信があるんですよね?」


 スコットではないが、その疑問は尤もだ。普通に考えても余りに突拍子もない話である。リンファは一般人ではなく警官……しかも新人とはいえローラの相棒だ。ある程度は話しておく必要がありそうだ。だが……


「……実は私もそれ程詳しく事情を把握している訳では無いのよ。だからこうして調べているんだし。ただ、以前に言った私の伝手・・は非常に信頼できる情報源よ。彼女・・によると、モーテルの女性惨殺事件はそのフィリップの仕業らしいのよ。エジプトで失踪したはずの大学生が、いつの間にかこのLA舞い戻っていて、別人のように凶悪になっている……。なら他の3人も怪しいと考えるべきじゃないかしら?」


「それはそうですが……モーテルの事件と州議員殺害事件がどう結びつくんですか?」


 納得していない様子のリンファ。事情・・を知らなければ当然の反応だ。



 ローラは悩んだ。リンファは人外の怪物達との遭遇経験がなく、当然その実在を知らない。つまり一般常識に囚われている・・・・・・状態であり、そんな彼女に怪物の事を話しても、下手をすると正気を疑われかねない。


 しかもこの話題を突き詰めていくと、最終的にミラーカの事や彼女との関係性を話さざるを得なくなる。



 仕方なくローラは先輩の権限・・で強引に話を纏める。


「私も詳しい事は解らないと言ったでしょう? これは一種の……勘よ。2つの事件はどこかで繋がっている。私にはそう思えてならないのよ」


 ちょっと苦しいかと思ったが、意外にもリンファは頬を紅潮させて興奮した様子になる。この反応は……昨日、伝手の事を言った時と同じだ。何か琴線に触れたらしい。


「か、勘……! それって長年・・の経験による、刑事の勘って奴ですよね!?」


「……ッ! ま、まあ、そうね。そう思っておいて頂戴」


「す、凄いです、先輩! 『刑事の勘』……早く私も身に着けたいです!!」


「え、ええ……頑張ればそのうち身に付くわよ…………多分」


(ベテランだの長年だの……もしかして故意に言ってるんじゃないでしょうね……?)


 リンファの勢いに押されて頬を引き攣らせながら、ついそんな事を考えてしまうローラであった。

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