Side storys:Ⅲ
Recollection ~深き追憶(前編)
初めてその女を見た時の衝撃は今でも忘れられない。
背中まで届く、輝くようなブロンド。キリッとして気が強そうながらも女性らしい優美さを兼ね備えた美貌。制服の上からでも分かる抜群のプロポーション。健康的に日焼けした小麦色の肌。
有り体に言えば、全てが
同じ刑事部でも少年課や麻薬捜査課ならまだ理解も出来る。だが殺人課は正式名の強盗殺人課という名称が示す通り、捜査の対象が対象だけに極めて危険も多く、また生活が不規則になりがちな部署であった。
その為、彼はその美女が同じ部署に入ってきた事を喜ぶよりも、心配や気がかりの方が大きくなってしまった。
それはまだ
郊外にある24時間営業のドラッグストアに3人組の強盗が押し入り、店主を射殺。売上金の他、風邪薬などの薬品類を鞄に詰め込めるだけ詰め込んで逃走。
監視カメラや生き残った店員などの証言から犯人の身元はすぐに判明。指名手配となった。
それ自体は大都市ロサンゼルスでは頻繁とまでは言わないものの、そう珍しくはない事件であった。彼の所属する殺人課にも即座に出動命令が下った。それも当たり前の
問題は……新人である彼女の面倒を、一時的に彼が見る事になってしまった点だ。
****
「ローラ・ギブソンです。今回は宜しくお願いします、ロドリゲス部長刑事」
「ああ……」
彼――ダリオは、殊更にぶっきらぼうな口調と態度で、彼女――ローラの差し出してきた手を握った。
本来関係ないシチュエーションで同じようにこの美女と握手出来ていたら天にも昇る心地であったかも知れないが、その時ダリオを支配していたのはどうしようもない苛立ちであった。
新人と組まされた事自体はいい。それも刑事の仕事だ。だが……
(相手は銃で武装した強盗殺人犯だぞ!? 危ないだろうが! 何かあってからじゃ遅いんだぞ!?)
こんな美しい女が万が一死んだりしたらこの世の損失だ。この女の容姿なら他にいくらでも安全な仕事を選べるはずだ。だと言うのにこの女は進んで危険に身を晒そうというのだ。
馬鹿じゃなかろうかと、その心情が理解できずに苛立っていたのだ。
「……犯人の情報は聞いてるな?」
「はい。ヘラルド・オブレゴン、21歳無職。麻薬所持で逮捕歴あり。それとルイとリコのアルファーロ兄弟ですね。この2人も前科があり、特に兄のルイは以前にも押し込み強盗で逮捕されており、現在は保護観察中の……」
「ああ、もういい! 聞いてるって事だな? じゃあさっさと行くぞ!」
新人の癖に淀みなく落ち着いてる風なのも妙に癪に障った。有り体に言えば……
車に乗り込み出動した2人だが、強盗犯達の潜伏先は中々掴めなかった。勿論同僚のジョン達を始め他にも出動している刑事達はいたが、どれも空振りであった。
ジョンとマットはアルファーロ兄弟の実家に張り込んでいたが、犯人達が現れた形跡はないという。もう一組がヘラルドのアパートを見張っていたが、やはりそちらにも連中は現れていないらしい。
監視カメラに映っていた犯人達の車は犯行現場から離れた場所に乗り捨ててあった。車上狙いで盗まれ被害届の出ていた車だった。
だが既に都市圏から伸びる全ての道路には、各市警による緊急配備検問が敷かれていた。勿論空港や駅などの交通機関も含めてだ。強盗犯達はこの街のどこかに隠れ潜んでいるはずなのだ。
ダリオ達を含めた残りの組は、とにかく怪しい場所を虱潰しにしろというマイヤーズ警部補からの命令で、廃屋や廃工場、倉庫などの空き物件、中には地下鉄の捜索を命じられた組もあった。
「ち……一体どこに隠れやがったんだ、あの野郎共。ただ闇雲に空き物件当たってたらキリがねぇぞ、こりゃ」
ダリオは車の中でボヤく。ボヤきながらもこのまま犯人達と遭遇しなければローラは取り敢えず安全だ、と安堵する思いもあった。
だがその当のローラは何やら思案げに顔を俯いていた。ダリオはその横顔に一瞬見惚れたものの、すぐに気を取り直して問い掛ける。
「おい、新人。さっきから何黙ってる? 車酔いでもしたか?」
「……考えてたんです。そもそも犯人達は
こちらに向き直ったローラはそんなたわけた事を言い出した。
「はぁ? お前馬鹿か? 強盗の目的なんぞ金以外にある訳ないだろうが! 下らん事考えてる暇があったら外に目を凝らせ!」
「……確かに金
「あん……?」
ダリオは横目でローラを見やる。確かに3人組は金以外にも、風邪薬や痛み止めなどの薬の類を大量に盗んでいた。だが……
「それが何だってんだ? たまたま鞄にゆとりがあったから詰め込んだだけだろ。お前はまだ解ってねぇと思うが、小悪党共のやる事に一々理由なんて無いんだよ。奴等はその場の衝動や本能だけで生きてる獣みたいなモンなのさ」
「私はそうは思いません。確かに金目当ての短絡的な犯行が殆どですが、
「てめぇ……」
唯でさえ苛立たしく思っていると言うのに、新人の立場でこの反抗的な態度。可愛さ余って憎さ百倍という奴だ。
「御高説垂れるからには、何か考えがあるんだろうな?」
これでただ何の考えもなく理想論をぶちまけてるだけだったら、本当に殴ってやろうかと拳に力を入れたが……
「まず疑問だったのが、アルファーロ兄弟とヘラルドの接点が何なのか、という点です」
「接点だぁ? この街に溢れ返ってるヒスパニックの底辺同士だ。どこで知り合ってたっておかしくねぇだろ」
「確かにそうです。でも同じような立場の若者達は大勢居ます。何故敢えて彼等が組んだのか。そこに解決の糸口がある気がしたんです。その視点で少し調べたらすぐに浮上しました。彼等を結びつける『モノ』が」
「勿体つけてねぇで、さっさと言いやがれ。刑事ドラマの真似事かよ」
そう揶揄すると、意外な事にローラはちょっと顔を赤らめて動揺した。……案外図星だったらしい。事件の内容と関係ない部分で彼女の動揺を引き出した事に若干複雑な気持ちになった。
「おほん! ……アルファーロ兄弟にはグロリアという名の年の離れた妹がいたようです。彼女は別の家に養子として引き取られていたんですが、ヘラルドの現在の交際相手がこのグロリアのようなんです。これって偶然でしょうか?」
「……!」
(こいつ……この短期間でそんな事まで調べやがったのか……? いや、だが……)
調べようと思えば、自分達でも調べられただろう。ただ最初からその気が無かっただけだ。この手の強盗殺人で背景が複雑だった試しなど殆どなかった。
ダリオ達はその事に慣れてしまっていた。余計な先入観を持たない新人のローラだからこそ、背景に着目できたと見るべきか。
「なので張り込むならグロリアの引き取り先だと思うんです。既に住所は調べてあります」
「…………」
ダリオは瞬間、判断に迷った。どの道他に有力な当てがある訳でもない。それなら
だが同時に最初のジレンマが首をもたげる。もしそれで仮に犯人と鉢合わせしたら? 勿論普段であれば望む所だ。だが今はこのローラがいる。
銃で武装して既に殺人も犯している凶悪犯の前に、この美女がその身を晒す事になったら……? 防弾ベストを着ていても、運悪く頭に銃弾を喰らったらお終いだ。
(ああ、クソ! 何で俺がこんな事で悩まなきゃならないんだ! この女、ホントに馬鹿だろ!? 何でよりによって殺人課の刑事なんかに……!)
「あの……ロドリゲス部長刑事?」
いつの間にか睨むような目でローラの事を見ていた。彼女が戸惑ったように問い掛けてくる。
「……1つだけ聞かせろ。お前、何でわざわざ殺人課なんかに配属を希望しやがった? 出先でいつ銃で撃たれるかも分かんねぇような職場だぞ? 一度デカい事件が起きれば生活だって不規則になる。間違ってもお前のような女が好んで来る所じゃねぇだろ」
「……それは本件と何か関係があるんですか?」
「あるから聞いてんだよ。いいから答えろっ!」
怒鳴りつけるとローラはちょっとビクッと震えた。こちらの真意を測りかねているようだが、それでも先輩の命令だからか素直に答え始めた。
「別に……ありふれた話ですよ。両親が凶悪犯罪の犠牲になったんです。手がかりが殆ど無くて迷宮入りしかけたんですが、ただ1人マイヤーズ警部補――当時は部長刑事でしたが――だけが諦めずに捜査を続けてくれて、遂に犯人を逮捕出来たんです! 私は当時中学生でしたが、マイヤーズ警部補が常に励ましてくれたお陰で絶望せずに耐え抜く事が出来ました」
「なるほど、な……。それで自分も警部補のような警官になりたくて……って訳か?」
「ええ、そうです。私もそんな風に被害者に少しでも希望を与えられる人間になりたいんです。可笑しいですか?」
ローラは睨むような目でダリオの事を見上げてくる。ダリオは何でも無い風を装いながら、内心で激しく頭を掻き毟っていた。
(クソが! ふざけた動機だったりしたら脅しつけてでも無理矢理辞めさせてる所だが、これじゃそれも出来ねぇじゃねぇか!)
「ちっ……もういい。んじゃさっさと行くぞ」
「え?」
「え、じゃねぇ! 早くそのグロリアの住所を教えろってんだよ!」
「……! あ、は、はい!」
ローラから住所を聞いたダリオは早速その場所に車を向かわせる。その途中でボソッと呟いた。
「……後な。両親が凶悪犯罪の犠牲になったってのは、全然『ありふれた話』じゃねぇからな?」
「……ッ!」
ローラが驚いたようにダリオの横顔を見やったが、ダリオはそれきり現地に着くまで一言も喋らなかった。
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