File19:キーパーソン

 自己紹介を終えて場は仕切り直しとなった。


「おほん! それじゃあ『報告』に移らせてもらうわね。……あの化け物、『エーリアル』だけど、やはりラムジェン社が関わっていたのは間違いなさそうよ。例の『保養所』は『エーリアル』を作り出す為の研究施設だったようね」


「……!」


 ナターシャには、ネルソンの作戦で拘束されて動けないローラに替わって、引き続き怪しいと睨んでいるラムジェン社関連の調査を頼んでいたのだ。勿論くれぐれも身の安全に注意して、調べられる範囲でいいからと念を押してあったが、彼女がそれを守ったかどうかは怪しい所だ。


「CEOの『友人』であった古生物学者のジョー・グレアム博士が、現場に居合わせて『爆発事故』に巻き込まれたのは偶然じゃない。どうもその研究の『オブザーバー』の1人として招かれていたみたい」


「で、その『爆発事故』……いえ、もう止めましょう。『エーリアル』の暴走に巻き込まれて亡くなったという訳ね」


 ナターシャが頷く。ローラは以前から疑問に思っていた事があった。


「そもそもラムジェン社は、何故あんな怪物を作り出したのかしら? 一体何の目的があって? 生物兵器か何かにするつもりだったのかしら?」


 短期間で殖えた『子供』達の事を考えるとそういう目的も思いつくが、あんな風に女性を攫って繁殖するなど、いくら何でも非人道的に過ぎる。世間に知られたらバッシングどころの話ではない。リスクが大き過ぎる。ナターシャもかぶりを振る。



「目的に関してはまだ解らないわ。でも……それを知っていそうな人物の所在を突き止めたわ」



 そう言って彼女は一枚の写真をローラ達に見せた。写真には眼鏡を掛けた30代くらいの知的そうな女性が写っていた。


「……この女性は?」


「アンドレア・パーカー。ラムジェン社所属の研究員で、あの『事故』の数少ない生存者の1人よ」


「……ッ!」


「そして今は精神病院に収容されている」


「精神病院に? 何故?」


「表向きは心身の療養の為という事みたい。実際に相当の精神的ショックを受けたのは間違いないわ。でも真の理由は、余計な事を喋らせない為でしょうね」


「……精神病院に入れてしまえば、何か喋っても気の触れたうわ言で済ませられるって訳ね」


 ローラは強い不快感を覚えた。彼女の嫌いなやり口だ。


「ただそれだと面会は難しいんじゃない? ラムジェン社の監視もありそうだし。他に生存者は居なかったの?」


 先程ナターシャは「生存者の1人」という言い方をした。にも関わらずアンドレアの写真だけを見せたのは何故か。ナターシャが再びかぶりを振る。


「他にも3人の生存者がいたのだけれど、皆相次いで亡くなっているのよ。……それもこの短期間の内に立て続けにね」


「! それって……」


「表向きは『事故』の怪我が悪化して、治療の甲斐なく……という事になってるけど、タイミングを考えるとどうにもきな臭いのよね」


「…………」


 ラムジェン社はナターシャのLAタイムズを始め、マスコミにも圧力を掛けられる程の影響力を持っている。もし社の上層部が『事故』の口封じをしようと考えたら?


「……アンドレアはまだ無事なのよね?」


「ええ、精神病扱いだからね。でもラムジェン社がこんな大胆な手段を取ってくるくらいに焦っているのだとすると……」


 恐らく『エーリアル』による被害が拡大し、世間や警察の注目度が上がる一方である現状に危機感を抱いているのだ。極めつけは先日のグリフィスパークでの大規模作戦失敗による甚大な被害だ。最早尻に火の付いたラムジェン社は何を仕出かしてもおかしくない。


 そう考えると時間的な猶予はかなり少ないと言えるかも知れない。もしアンドレアに何かあれば、事件の真相は永遠に闇に葬られてしまう。



 ローラは立ち上がった。



「神父様。緊急の用事が出来たので、今日はこれで失礼しますね」


「……行くのかい? 君は今休職中で銃だって取り上げられているんだろう? 仮にだけど荒事になったりしたら……」


 懸念を含んだウォーレンの言葉に、同じように立ち上がったヴェロニカが答える。


「大丈夫です、神父様。何かあればローラさん達の身は私が絶対に守ってみせます」


「ヴェロニカ……本当にいいの? 危険があるかも知れないのよ?」


 ローラの確認にヴェロニカは力強く頷く。


「正しい事に役立てられるなら私のこの『力』、存分に使って下さい。いえ、私自身もそうしたいんです」


「ヴェロニカ、ありがとう……」


 すると当然のような顔をしてジェシカも立ち上がった。


「よし! じゃあさっさと行こうぜ! 時間が無いんだろ?」


 ローラは呆気に取られて諫言しようとする。


「ジェシカ、これは――」


「遊びじゃないってんだろ? そんな事充分解ってるよ。親父を止めに行った時も、サンタカタリナ島にローラさん達を助けに行った時も、遊びのつもりなんか一切無かったぜ?」


「……!」


 ジェシカも既に多くの死線を潜り抜けてきている。彼女が言っているように、ローラ自身何度もジェシカに助けられているのだ。それに正直……ミラーカが動けない今、ジェシカの白兵戦能力は万が一の事態に頼りになる事は間違いない。 


 ローラはウォーレンの方に顔を向けた。ウォーレンは現在、ジェシカの後見人でもあるのだ。彼は諦めたように溜息を吐いた。


「……どうせ私が止めても聞かないだろう? ではせめて、ここにいる君達全員で無事に帰ってくると約束する事。それが条件だ」


「神父様……ありがとうございます! 絶対に全員無事に戻ってくるとお約束します!」


 ローラの言葉にジェシカだけでなくヴェロニカもしっかりと頷いた。ウォーレンがやや苦っぽく微笑む。


「君達の無事を心から祈っているよ」


「ありがとうございます、神父様。では行ってきますね。ナターシャ、案内をお願い出来る?」


 ナターシャもまた神妙な表情で頷いた。


「勿論。ここまで来たら運命共同体って奴よ。最後まで付き合うわ」


 教会を出た4人は、そのままナターシャの車に乗り込んで、一路アンドレアの収容されている精神病院へと向かっていくのであった…… 

 

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