File11:増殖する脅威

 ナターシャからの情報によって捜査に進展があるかと思われた矢先、再び『エーリアル』による襲撃事件が発生した。しかも……



「な……ふ、複数の箇所・・・・・で襲撃が!?」



 署で報告を受けたローラは驚愕する。ジョンが難しい顔で頷いた。


「で、でもそれって単に時間差で襲撃されたというだけじゃ……?」


 希望的観測を込めて確認するが、ジョンはかぶりを振った。


「無いな。報告によると、この4件・・の襲撃はほぼ同時刻帯。パサデナで1件。グリフィスパーク付近で1件。コンプトンとイーストロサンゼルスで1件ずつ……。しかもそれぞれ女性が連れ去られてる。確実に……単独犯じゃない・・・・・・・ぞ、これは」


「……!」


 ローラは息を呑んだ。それらの地理を考えるといくら『エーリアル』が自在に空を飛び回れると言っても、時間差ほぼ無しでの襲撃は不可能だ。同時に以前遭遇した『エーリアル』の恐ろしい姿と力が思い出される。


(あ、あれが……あんなモノが複数いると言うの!? もしそうだとしたら、これは私達が思っている以上に危機的な状況なんじゃ……)


 ジョンからの報告によると、連れ去られた女性は4人だがその過程・・でかなりの死傷者が出ていた。こんな事が続けば街は大パニックに陥るだろう。いや、もう既にそうなりかけていてもおかしくない。


(でも……複数なのは今回が初めてよね? 何故今までは単独だったのかしら)


 ローラがそんな事を考えている時だった。けたたましくドアを開ける音が響き、捜査本部に入ってくる者がいた。ネルソン警部だ。ローラ達だけでなく、その場にいた捜査員達の注目がネルソンに集まる。



「お前達、もう聞いているな!? あのクソッタレの鳥野郎をこれ以上調子付かせる訳には行かん! お前達はこれからすぐに各現場の聞き込みに当たれ! 奴等の次の犯行を阻止する為のどんな情報も聞き逃すな! 後、検死報告にも目を通しておけよ!」



 興奮してまくし立てるネルソン。『エーリアル』に好きなように街を荒らされている現状は、自分の汚点になるとでも考えているのだろう。ローラは挙手する。


「あの、警部。実はとある筋から有力な情報を得まして、ラムジェン社が今回の犯人に関わりがあるかも知れないという可能性が浮上しました。つきましてはラムジェン社及びこの会社が保有していた『保養所』の爆発事故・・・・に関して調べるべきかと……」


「何だと? 今そんな悠長な事をやってる場合か!? 次の襲撃がいつ起きるとも解らんのだぞ!?」


 だがネルソンは聞く耳を持たない。


「我々のやるべき事は、市民の安全を確保し一刻も早く『犯人』を確保する事だ! 緊急性の低い他の事は後回しで構わん!」


「し、しかし後手に回るだけでは根本的な解決になりません! 原因を究明し根元から断つ事が、結果的に市民の安全に繋がると――」


「うるさいっ! これは命令だ! 今すぐ全員で各現場の聞き込みに回れ! こっちはその間に襲撃への対策を考える。以上だ!」


 一方的に命令だけ告げて、ネルソンは肩を怒らせながら部屋を出て行った。その後ろ姿を眺めながら、ローラは深い溜息を吐くのであった……



****



「ま、あの警部相手じゃ仕方ないさ。無理に正論を通そうとしても睨まれて損するだけだぞ?」


 犯行現場の一つ、北の方面にあるパサデナに向かう車の中で、運転しながらジョンがそう忠告してくる。助手席にいるローラは歯噛みする。



 市民の安全などと言っているが、ネルソンの頭にあるのは自らの保身だけだ。今回の事件で市や市民からの警察へのバッシングが強くなるのは想像に難くない。


 夜中に自由に空を飛び回って人々を襲うような化け物に対するノウハウなどあるはずもないのだが、そんな事は市民やマスコミには関係ない。


 彼等にとってはただ「人々を襲う凶悪な犯人」に翻弄され、犠牲者を増やし続ける警察が無能であり悪なのだ。自らの不安や不満を誤魔化す為の攻撃対象として、警察は格好の対象という訳だ。


 そしてそれが解っているからこそ、ネルソンは焦っているのだろう。警察が槍玉に挙げられるとすれば、最終的にその責任を被る事になるのが、スケープゴートにされるのが誰なのかは明白だ。そうなる前に犯人を逮捕なり射殺なりして「実績」を作らなければならない。


 そんなネルソンの思惑が透けて見えるようだ。



「まあただ今回の襲撃事件は明らかに今までと様相が異なる。実際に何が起きたのかを確認しておくのは、必要な事だとは思うぞ?」


「そう、よね……」


 それもまたジョンの言う通りではある。何故今まで単独での襲撃だったものが、今回から急に複数になったのか。これが今回限りの事なのか、はたまたこれからも続くのか。続くなら今後更に増える可能性は? ……考えねばならない事は山のように出てくる。


 その意味では現場の聞き込みも無駄な訳では無い。ただやはりナターシャから得た核心に迫ると思われる情報を後回しにされたのが残念であった。だがいつまでもくよくよしてはいられない。まずは自分の職務を遂行するのだ。


 ローラは自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。それを見たジョンが笑う。


「お、復活したか?」


 ローラは苦笑する。どうやら心配を掛けてしまっていたようだ。


「ええ、ごめんなさいね。もう大丈夫よ。今は私達に出来る事をやりましょう」


「そうこなくちゃな」



****



 それからしばらくの後、2人はパサデナの犯行現場に到着していた。パサデナにも独自の警察があるが、『エーリアル』事件に関しては『ディープ・ワン』事件と異なり、ロサンゼルスが主たる犯行現場でありロサンゼルス市警が主導している事件なので、所轄についての揉め事は発生しなかった。


 ここでは夜、女子大生4人組で歩いていた所を襲われ、1人が連れ去られ、他の3人は重軽傷を負って近くの病院に運ばれていた。幸い、というのも不謹慎だが、抵抗する事を考えず一目散で逃げ出した為か死者は出ていなかった。


 彼女らが収容されている病院で、最も軽傷だった女性から話を聞く事が出来た。



「突然叫び声が聞こえたかと思うと、アイツが上から舞い降りてきたんです」



 病院のラウンジ。アリシアという名のその女性は、その時の恐怖を思い出したのか両肩を抱くような仕草をした。


 アリシアの話によると、『ソイツ』は真っ直ぐに彼女の友人の1人で、そのグループのリーダー格だったヒラリー・トンプソンに襲い掛かり、彼女に覆い被さるようにして連れ去ってしまったのだという。


 その際に何か刃物のような物を飛ばされて、アリシア達は重軽傷を負ったらしい。


「真っ直ぐヒラリーに襲い掛かったと言ったな? そいつは最初からそのヒラリーを狙っていたのか?」


 ジョンの質問にアリシアは震えながらも頷く。


「……私にはそう見えました。アイツは私達には目もくれなかったし……」


 ローラはジョンと顔を見合わせて頷く。


「アリシア。ちょっと確認したい事があるのだけど、あなた達4人の顔が解る写真のような物はないかしら?」


「え……? は、はい。あると、思います……」


 アリシアは自分のスマホを取り出していくつか操作すると、それをローラ達に見せた。


「これだと4人全員写ってます」


「ちょっと見せてもらっていいかしら」


 何かのホームパーティーで撮った写真のようだ。アリシア以外の3人はまだ顔も解らなかったが、ローラには一目で誰がヒラリーなのか確信できた。ジョンも同じ感想のようだ。


「この……左から2番目の女性がヒラリー?」


「え……は、はい、そうです。どうして解ったんです?」


 驚いたようなアリシアの声に、ローラは再びジョンと頷き合う。これまでの『エーリアル』の誘拐傾向・・・・から考えれば一目瞭然であった。


 ヒラリーは、明らかにアリシアや他の2人に比べて美しい容姿をしていたのだ。その容姿に裏付けされた自信が、写真を通しても伝わってくる。オーラがあるとでも言うのか。グループのリーダー格だったのも頷ける話だ。


 だがそれまでの人生で彼女に利を与えてきたその容姿が、皮肉にも怪物に狙われる原因となってしまったのだ。これで『エーリアル』の犯行であるという裏付けは取れた。


「他に『犯人』について何か気付いた事はないか? どんな些細な事でもいい」


 ジョンの質問にアリシアは考え込むような姿勢になったが、何か思い出したのかパッと顔を上げた。



「そう言えば……TVや新聞で言われてたよりも、ちょっと小さかったように思いました。勿論暗くて良く見えなかったのもありますけど、それでもニュースで言われてるような巨体ではなかったと思います。身長自体は多分刑事さんと同じか、少し低いくらいじゃなかったかと……」



「……何だって?」


 ジョンが思わずローラの顔を見た。ジョンはまだ直接『エーリアル』を見ていないので、そこはローラの記憶が頼りだ。そしてローラから聞いた話では身長は8フィート以上、翼長はそれこそ15フィートはありそうな勢いとの事だった。ジョンの身長は6フィート1インチで、平均よりも少し高い程度だ。


 ローラ自身あの時は酔っていたとはいえ、あの街灯を覆い尽した恐ろしい巨体を成人男性と同じくらいの相手と、目測を見誤るなど絶対にあり得ない。



(どういう事? アリシアが恐怖と混乱で目測を誤った? いや、それならむしろ大きい方に見誤るはず……)



 恐怖などの精神状態が、対象を本来のサイズより大きく見せてしまうという現象は実際にある事だ。海で鮫に遭遇した時などがいい例だろう。だが基本その逆はあり得ない。つまりアリシアは見たままの事実を言っている可能性が高い。


 ならあの時、ローラ自身が見誤った? それも違うと断言できる。あの時は酔って気が大きくなっていたし、何よりもミラーカが一緒にいてくれた事で、驚きはあっても実は恐怖はそこまで無かったのだ。

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