File7:真実の追求者

「さあ、これでいいでしょう? あなたの目的は一体何? どうやってそんな情報を調べ上げたの?」


「さっきも言ったでしょう? 色々と伝手があるのよ。そして私の目的は一つ。ただ『真実』を明らかにする事だけよ」


「…………」


「と、言っても独力で全てを調べる事はできない。私が独自に調査した結果解った事は、これまでの三つの凶悪事件にあなたが深く関わっているという事だけよ」


 それが本当なら人外の怪物達については知らないという事だ。だがこのまま放置すればいつかは辿り着くかも知れない。



「……残念だけど私から言える事は何も無いわ。トミー達は本当に『殉職』したの。それは嘘じゃない」


「勿論『殉職』した事は事実でしょう。それは疑っていないわ。私が知りたいのは、彼等の『殉職』した経緯・・よ。予め言っておくけど、ただ単に犯人に殺されたから、何て話を信じるつもりは一切無いから。同じく『サッカー』事件で命を落としたマット・ブロディ刑事はきちんと通常通りの手続きで追悼され葬られていた。フラナガン刑事との違いは何なの? 誤魔化しは効かないわよ」



 駄目だ。ナターシャは完全に疑いを持ってしまっている。そしてそれを裏付ける為の調査も入念に行っている。彼女の言う通り下手な誤魔化しは逆効果だ。


 だが『真実』など言えるはずもない。今の『エーリアル』だけでもパニック一歩手前のような状況になっているのだ。この上、立て続けに人外の怪物が現れて人々を殺戮しているなどという話が広まったらどうなるか。


 最悪このロサンゼルスという大都市そのものが冗談抜きに崩壊してしまうかも知れない。そんな危険は冒せない。


(本部長やクレアに相談してみる? いや、でもそうすると最悪映画みたいな陰謀論的な展開にならないとも限らないし……)


 少なくともジャーナリストであるナターシャに好奇心を押さえて口を噤めと言うのは通用しないだろう。


 ドレイク本部長は市や警察の名誉を守る為なら非情な選択も取れる人物だ。マイヤーズやトミーの件でもし無闇に騒ぎ立てていれば、ローラとてどうなっていた事か。あそこで大局的な判断をしたからこそ、本部長の信用を得る事が出来たのだ。


 FBIの上層部だって国や組織の為ならどんな非情な手段を取るか解ったものではない。



 真実の露呈を防ぎつつ、かつナターシャの身の安全も確保する。その為には……



引き込む・・・・しか、ないか……)



「イリエンコフさん……いえ、敢えてナターシャと呼ばせて貰うわね。本当に『真実』が知りたい?」


「……! ええ、勿論よ」


「その為に後悔する事になるかも知れないわよ?」


「私はジャーナリストよ。真実を知る事で後悔する事なんて絶対に無いと誓えるわ」


 ナターシャの答えにもその視線にも一切迷いは無かった。ここでローラがはぐらかしても彼女は決して納得しないだろう。そして独自に調査を続けた挙句、『上』に目を付けられてしまう可能性が高い。であるならば……


「解ったわ。あなたに『真実』を話すわ」


「……! それじゃあ――」


「ただしここでは駄目よ。今は私も勤務中だし、長い話・・・になるから」


 ローラは自分の財布から一枚のカードを取り出しナターシャに手渡す。ナターシャは怪訝そうな表情になる。


「これは? 『アルラウネ』?」


「ナイトクラブよ。住所も書いてある。明日の夜9時……その『アルラウネ』まで来て頂戴。そしたらそこで『真実』を話すわ」


「……適当言ってけむに巻く気じゃないでしょうね?」


 ナターシャの疑わしそうな台詞を聞いて、ローラは思わず吹き出しそうになった。それはまさにローラがかつてミラーカと出会ったばかりの頃に彼女に言った台詞と酷似していたからだ。奇しくも指定された場所も同じである。


「心配ないわ。そもそも私がロサンゼルス市警に勤めている事は隠してもいないし、実際あなたはこうして私に接触してきたんだから、そこで煙に巻く意味は無いでしょう?」


 そう。そこが以前のミラーカの時とは異なる点だ。ローラには完全な意味で雲隠れする事は出来ないし、するつもりもない。


「ただしあなたが指定された日時に『アルラウネ』に来なければ、この話は無かった事にさせてもらうわ」


「……解ったわ。明日の夜9時にこの場所に行けばいいのね? 必ず行くわ」


「結構。ガードマンにそのカードを見せれば通してくれるはずよ。待ってるわ」


「…………」


 ナターシャはもう一度手元のカードに視線を落とすと、頷いてからきびすを返した。後は脇目も振らずに自分の車に乗り込むと、すぐにエンジンを掛けて走り去って行った。 





 それを見届けてから、ローラはジョンの所まで歩いていく。彼も丁度ピーターへの聴取を終えた所で、家に帰っていくピーターの後姿が見えた。


「ジョン、ありがとう。お陰で助かったわ。そっちはどうだった?」


「ああ、ま、『エーリアル』が人間離れした化け物だって裏付けが取れただけだな。ヴァージニアとエミリーの2人は、やはり生きたまま連れ去られたみたいだ。『エーリアル』は西の方角に飛び去ったと言っていたが、すぐに夜の闇に紛れて解らなくなってしまったそうだ。まあ、余り当てには出来んな」


「そう……」


 相手は巨大な翼で自由に空を飛び回れるようだ。しかも鳥とは違って夜間にその闇に紛れるようにしての活動が可能のようなので、増々行動ルートの推測が困難となっている。 



 闇夜の空から強襲してきて、車すら破壊して人を殺し女性を誘拐する……。


 最早警察の手に負える事態ではないのかも知れない。勿論警察にも対テロ用の警備部など『武力』は保有しているので、もしかするとそういった部隊の出番になる可能性さえある。



「それで、お前の方はどうだったんだ? 何て言って帰らせたんだ?」



 ローラは正直にナターシャとのやり取りを話した。



「おい、正気か? 相手は新聞屋だぞ? 全部ぶちまけられたらどうする気だ!? 街が大パニックになるのは勿論だが、お前だって今まで通りの生活は出来なくなるぞ?」


「このまま放っておけば彼女は近い内に必ず『虎の尾』を踏んでしまう。ナターシャの為にもこうする必要があったのよ。私から警告した所で引くような相手じゃなかったし」


「それはまあ……。だがもしそうなったとしても、あの女の自業自得だろ。何も自分の生活を犠牲にするリスクを払わなくたって……」


「心配してくれてありがとう、ジョン。でも大丈夫よ。私だってただそのまま話すだけじゃ、彼女の口止めをしておけないって事は解ってるわ」


「だったら……」


「私が何故この場ではなくて、わざわざ明日の夜に、それも『アルラウネ』に場所を指定したと思う?」


「何故って、そりゃあ……」


 ジョンが考え込むような仕草をとった後、何かに気付いたようにハッと顔を上げる。


「ま、まさか、お前……」


 ローラは、彼女にしては少し人の悪そうな、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「ええ、多分そのまさかよ。『真実』を教えるって約束だもの。当然『証拠』は必要でしょう? 私が・・口止めする必要もないと思わない?」


 ローラが何を企んでいるか悟ったジョンが、額に手を当てて空を仰ぎ見る。


「全く、お前って女は……。程々にしといてやれよ?」


「ふふ、それを決めるのは私じゃない・・・・・わよ。……さて、明日が楽しみになってきたわね」


 ローラは早速明日の予定を確認する為に、彼女・・に電話を掛けるのであった……

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