File5:浮かび上がる動機
「……ったく、えらい目に遭ったな。捜査に支障が出なきゃいいんだが」
車を走らせながらジョンがぼやく。
「今は『エーリアル』が物珍しくて、スクープ狙いで騒いでるだけだろうから、ほとぼりが冷めるのを待つしかないな」
何せ写真にもハッキリと撮られた正真正銘のUMAである。注目度の非常に高い大事件なのは間違いない。
「そうね……。でも最後のあの女性記者……一体どんな意図であんな事を言ってきたのかしら」
「そういや、何を聞かれたんだ? あそこで反応しちまうなんて、奴等に餌を与えるようなもんだぞ?」
ローラはあの赤毛の女性に聞かれた内容をジョンにも話した。
「今までの怪物共と関係あるかだって? 何だってそんな風に考えたんだ? 関係なんてあるはずないだろ」
「…………」
ジョンには『黒幕』と思しき存在の事は話していない。ミラーカの言っていた死神はともかく、マイヤーズを唆した人物は確実に実在しているのだ。そう考えると今回の『エーリアル』に関しても、その黒幕が裏で糸を引いているという可能性は皆無ではないのだ。
(でも……確かに、何故あの記者はそう考えたのかしら? 黒幕が関与してるなんて普通の人は知らないはずだし。まさか……黒幕の事を知っている、もしくはその関係者とか?)
「おい、どうした? 何だかえらく怖い顔になってるぞ」
「え? あ、い、いえ、何でもないの、ごめんなさい。まあ今いくら考えても答えは出ないし、今は目の前の事件の事に集中しましょう。被害者の身元はもう解ってるのよね?」
ローラが意識して事件に集中したのを見て取ってジョンも頷く。
「ああ、殺された男はエリック・カーソン、33歳。職業はフリーのカメラマンで、最近は主にファッション誌の依頼で撮る事が多かったそうだ」
「フォトグラファーって事ね。フリーなら自分の事務所なんかは?」
「あるにはあるが、スタッフの1人もいない個人の事務所だそうだ」
「そう……。ならそのファッション誌を編集しているプロダクションから当たってみましょうか」
「よしきた」
ジョンは見切り発車した車の進路を変えて、エリックが契約していた編集プロダクションへと急ぐのだった。
****
「カーソンですか……。フォトグラファーとしては優秀でしたよ。だから人格的に少々
婦人向けのファッション誌の編集を担当しているプロダクション。エリックはこのプロダクションと良く仕事をしていたようだ。エリックとの直接のやり取りをしていた担当編集者に話を聞いていた。マシューという名の40過ぎの肥満体型の男だ。
「問題、ですか?」
「ええ……まあ、一言で言うと、非常に
「それは……つまり、女性関係の?」
マシューはうんざりしたような表情で頷いた。
「そうです。プライベートの事なら本来他人がどうこう言う筋合いも無いんですが、彼が厄介だったのはそれが写真のモデルに対してって事なんですよ」
「しかし……相手も結婚してなければ、それは本人達の自由なのでは?」
するとマシューは肩を竦めた。
「普通はそうなんですがね。カーソンは自分好みの美人のモデルに対して遊び感覚で手を出した挙句に、飽きたら酷い振り方をするんですよ。それでそのモデルやエージェントがもうウチとは仕事をしたくないって、契約の更新を拒否されたりしてとばっちりを喰った事が何度もあったんですよ。カーソンはウチの社員じゃないって何度も説明したんですけどね」
「それは……なんとも」
どうやらかなり女癖の悪い男だったようだ。『エーリアル』に殺されなくても、その内振った女に刺されていたのではないだろうか。しかしそうなるとエリックが殺された夜、一緒にいて『エーリアル』に連れ去られた女性の事が気になった。
「カーソン氏はまた新しい
「……余り公にはしたくなかったんですが、実はいました。最近ウチの雑誌のトップを飾る事も多くなっていた期待の新人モデルだったんですけどねぇ。すっかりエリックの手管に嵌って、私らが何を言っても聞く耳持たずってやつでしたよ。ただ丁度昨日の事ですが、彼女のエージェントから、彼女と連絡が付かなくなっているって話を聞きまして……」
「……!」
ローラはジョンと顔を見合わせる。
「……そのモデルの名前と、出来れば写真など見せて頂けるとありがたいのですが」
「え、ええ。少々お待ちください」
マシューも急に不安になってきたらしく、すぐに写真を持ってきてくれた。彼女の名はジョディ・マクブライド。21歳。切れ長の目が印象的な、美しいアフリカ系の女性だ。
ローラは必死にあの夜の記憶を掘り起こした。あの怪物……『エーリアル』の足に捕まっていた女性。怪物の印象が強すぎてやや記憶が不確かだが、確かアフリカ系の女性だったと記憶していた。
夜、エリックと一緒に歩いていたアフリカ系の女性……。連絡が途絶えている事からも、連れ去られたのはこのジョディと見て間違いないだろう。
「実は……マクブライドさんはカーソン氏殺害の犯人に連れ去られた可能性が高いと見ています。何故連れ去られたのか、何か思い当たるような事はありませんか?」
だがマシューは申し訳なさそうにかぶりを振るだけだった。
「『犯人』ってあのニュースや新聞でやってる奴ですよね? 『エーリアル』でしたっけ? 何故連れ去られたのか、むしろこっちが聞きたいくらいですよ」
ローラは再びジョンと顔を見合わせた。どうやらこれ以上ここで得られる情報は無さそうだ。
「解りました。それでは我々はこれで失礼させて頂きますので、もし何か思い出す事がありましたらこちらにご連絡下さい。お仕事中ありがとうございました」
そう言ってマシューに名刺を渡して、ローラ達はその場を後にした。
****
「結局手がかりは無しか……?」
帰りの車の中でのジョンの呟きにローラは首を横に振る。
「いえ、そうでもないわよ。もしかしたらっていう線は出来たわ」
「ホントか!? そいつは一体……」
「彼女の写真よ。あれを見てあなたはどう思った?」
「写真? ……そうだなぁ。まあ、美人だなとは思ったよ。エリックの奴の気も解らんじゃない。ただ他には何も……」
「いえ、まさに
「それ? 美人だって事か?」
「ええ……」
ローラはあの時の怪物の視線を思い出していた。まるでこちらを品定めするかのような……好色な感情を含んだ視線。ローラは過去にも様々な男達から同様の視線を受けた経験があるので間違いない。
あの時からもしやとは思っていたのだが、今日ジョディの写真を見た事で確信に変わった。
「はあ? でも……鳥の怪物だって言ってたよな? それが美人だから狙う……? それってどうなんだ?」
「私にも解らないわよ。でも確かにそう感じたのよ」
「ふむ……だとするとエリックに関しては本当に巻き込まれただけって事か?」
「……その可能性が高いわね」
「マジか……。しかし仮に
「そう、ね。それに攫われた原因は解ったけど、攫った
そう言いながらもローラは何となくだが、その
どの道攫われたジョディの安否の事を考えれば、それ程猶予があるとも言い難い。
「一応、他の捜査員達が街での目撃情報の聞き込みに当たってるから、その辺りからある程度の行動範囲は絞れるはずだ。闇雲に動くよりは、もう少し集まった情報を精査してからの方がいいんじゃないか?」
「そう……よね」
脅威の存在を認識していながら能動的な行動を取れない事にもどかしさを感じるが、確かにジョンの言う通りもう少し情報が集まらないと無駄足を踏んでしまう可能性が高い。ローラは溜息を吐いた。
「でもただ待ってるのも癪だし、私達に出来る事をしましょう。ジョディのエージェントにも話を聞きに行くわ。何が糸口になるか解らないんだし」
「そうだな。じゃあこのまま向かうか?」
「お願い」
ジョンは再び車の進路を変えるのだった……
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