File16:悪夢の前哨戦
「ヴェ、ヴェロニカ、あなた……」
「後ほど全て説明します。今はこの状況を切り抜ける事を優先しましょう」
「……ッ! そう、ね……。確かにその通りね!」
ローラは頭を切り替えた。過去の体験がそれに一役買っていた。とりあえずヴェロニカは間違いなく味方だ。ならば今は頼もしい味方が増えた事を喜ぶべきだろう。ローラは自分の役割を自覚する。
「ジェシー! その大型犬を何とかして! 残りは私が引き受けるわ!」
「……! ガアァァッ!」
了承の返事だろうか。一声吼えるとジェシカは大型犬タイプに集中する。毒針を掠った影響はまだ抜けていないようだが、その目を闘志に燃え上がらせて敵を迎え撃つ。
大型犬タイプが口を大きく開くと、喉の奥から毒針を飛ばしてくる。
「……!」
奇襲攻撃を辛うじて躱すジェシカ。その隙に大型犬タイプが突進してくる。再び腕を上げて庇うと、大型犬タイプはその腕にそのまま噛みついてくる。
「グゥ……!」
噛み付きの痛打とその凄まじい突進の前に引き倒されそうになるジェシカだが、両足を踏ん張って耐え抜く。大型犬のフォルムを持つ相手に地面に倒されるのはかなりマズい。
「グ……ガアァァァァッ!!」
気合の咆哮と共に、大型犬タイプを正面から押し込むジェシカ。人外の怪物同士の押し合い。やがて徐々に大型犬タイプの身体が後ろに下がり、僅かに浮き始める!
「グゥオオオォォォォォッ!!」
ジェシカは更に相手を押し込み、大型犬タイプが完全にその腹の部分を正面に晒す。右腕を引き抜いて貫手の形にしたジェシカは、大型犬タイプの無防備な腹目掛けて、一気に右腕を突き入れた!
心臓に当たる部分を貫かれた大型犬タイプは、ビクンッと身体を跳ねさせると、やがて弛緩していき完全に動かなくなった。
「グ……ウ……」
それを見届けたジェシカも限界を感じたようにその場にしゃがみ込んでしまう。大型犬タイプの牙からも毒が分泌されており、ジェシカは完全に気合だけでそれに耐えていたのだ。その反動は大きく、毒が抜けきるまでもう動く事は困難であった……
****
猫タイプが飛び掛かってくるのをヴェロニカは『壁』によって弾き飛ばす。
「ふっ!」
そのまま猫タイプに向かって『衝撃』を撃ち込んでやると、今度こそ動かなくなった。周囲にはもう1体の猫タイプと小型犬タイプの死体も転がっていた。これで雑魚は片付けた。ヴェロニカは視線を巡らせて猿タイプを睨み付ける。
「…………」
ヴェロニカが雑魚を片付ける間、一度も手を出して来なかった。それはまるでヴェロニカの『力』を警戒して、それを分析でもしていたような……
猿タイプが手を上げて毒針を撃ち出してくる。ヴェロニカは『壁』を展開して弾く。お返しにと『衝撃』を叩き付けると、猿タイプは横に跳んでそれを
「……!」
不可視の『衝撃』を躱した……。それは猿タイプが『衝撃』の軌道を読んでいるという事に他ならない。いや、軌道だけでなく、発生のタイミングや、その
横に跳びながら再び毒針を撃ってくる。ヴェロニカが負けじと『壁』でガードすると、猿タイプは躊躇うことなくこちらに向かって突撃してきた。
中型猿の質量とその凄まじい怪力、速度。猿タイプが『壁』に接触すると、何とヴェロニカの方が弾かれるようにたたらを踏んだ。猿タイプが何となくだが、ニヤッと笑ったような気配を感じた。
「く……!」
やはり目の前の相手は、最初に雑魚を
猿タイプが狂ったように腕を振り回しながら『壁』を殴り付けてくる。その衝撃に押されてヴェロニカはどんどん壁際に追い込まれる。『壁』は一方向にしか展開できない。即ちこのままだともろに岩壁に背中を叩き付けられる事になってしまう。
『衝撃』を使って弾き飛ばしたいが、それには一旦『壁』を解除しなくてはならない。もし『衝撃』を躱されたら、猿タイプの前に無防備にその身体を晒す事になってしまう。
(く……このままじゃ……!)
ヴェロニカは意を決すると賭けに出る。『壁』を一旦解除すると、すかさず『衝撃』を放つ体勢に移行する。
「はぁっ!!」
猿タイプに向かって両手を突き出し『衝撃』を放つ。すると猿タイプはそれを嘲笑うように横に跳んだ。この距離では『壁』を張り直すのは間に合わない。確実にその前に猿タイプの毒針が、無防備なヴェロニカの身体に突き刺さる――
「――掛かったわねっ!」
横に跳んだ猿タイプを狙って、今度こそ
まともに『衝撃』を喰らった猿タイプは後方の岩壁に叩き付けられ、丁度尖った突起が突き出ている部分にその胴体が串刺しとなった。しばらくビクンッビクンッと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
もし猿タイプがフェイントを見抜いていれば、ヴェロニカは為す術もなくその毒牙に掛かっていただろう。
「所詮は獣……。
勝利したヴェロニカだが、短期間で大量の『力』を使った反動は大きく、破裂しそうな程の頭痛に襲われて、その場に突っ伏す様に倒れてしまうのであった。しばらくは動けそうもなかった……
****
「くそ! 一体何なんだ、あの女共は! とんだ計算違いだ!」
クラウスが毒づきながら出口に向かって逃げようとする。だがそこに回り込んで迫っていたローラが追い付く。
「クラウス・ローゼンフェルト! あなただけは許さない!」
「……ッ!?」
クラウスが咄嗟に振り向いて銃を向けようとするが、その前にローラはその手首を掴んで捻り上げた。クラウスは悲鳴を上げて銃を取り落とす。
「くそ! 離せ、こいつ!」
クラウスが喚きながら腕を振るってくる。丸腰どころか下着姿のローラだが、それでもこんな奴に負ける気はしない。腕を掻い潜ると襟首を掴んで密着し、足を引っかけてバランスを崩すとそのまま地面に押し倒す。グェッ! と潰れたカエルのような悲鳴を上げるクラウス。
ローラは相手をうつ伏せにさせて片腕を捻じり上げて、上から膝頭で押さえつける。腕が折れるかという勢いで捻じり上げてやる。
「ぎゃああっ! い、痛い! 離せ! 離してくれぇっ!」
「ダリオの苦しみは……そして『ディープ・ワン』の犠牲になった人達の苦しみはこんな物じゃないわよ!? 思い知りなさい!」
「ぐぐぐ……!」
ローラが怒りと共に更に力を込めてやると、クラウスは慟哭するように唸った。
「さあ、あなたには法の下で裁きを受けて貰うわ! あなたには黙秘権があり――」
「ぐ……くそ……! 来い! 来ぉぉぉぉいっ!」
手錠は無かったものの『犯人』を確保したローラはミランダ警告を読み上げようとするが、クラウスが何かを呼ぶ声に中断して辺りを警戒する。
(怪物達は皆ジェシカ達が相手をしている。まさか他にも――!?)
そのローラの想像を肯定するように、駆け寄ってくる足音。それは……巨大なドブネズミ、らしきげっ歯類と魚類が融合したような怪物であった。素早く飛び掛かってきた為、ローラは慌ててクラウスの上から退避する。
「く……!」
「……最初期の『実験体』だったが、処分せずにおいた事が役立つとはな……」
苦痛に顔を歪めながら立ち上がるクラウス。その目を憎悪に滾らせながらローラを睨み付けるが、その時丁度ジェシカやヴェロニカが自分達の戦いを勝利で終えようとしている所だった。旗色が悪い事を見て取ったクラウスは出口に向かって駆け去る。
「……ッ! 待ちなさい!」
ローラが追い縋ろうとするが、鼠タイプが威嚇で発射した毒針が足元に突き刺さり、思わず足を止めてしまう。その隙にクラウスは鼠タイプを護衛に引き連れたまま出口のドアを開けて、駆け去って行ってしまった。
「くそ……!」
悔し気に毒づく。今のローラでは追い掛けても毒針を撃たれて犬死するだけだろう。ジェシカもヴェロニカもどうにか勝利したようだが、とても追い掛ける余裕があるような状態ではなさそうだ。
クラウスの落とした銃を手に追い掛けようかとも思ったが、それでもリスクは高い上に、今はもっと
銃を拾って『池』の縁に駆け寄るが、底は深くて全く見通す事は出来ない。
「ミラーカ……!」
ローラが途方に暮れて逡巡していると、後ろから苦し気な声が掛かった。
「……ローラさん、私に、任せて下さい……」
「ヴェロニカ! 大丈夫なの!?」
獣人状態のままのジェシカに肩を借りながらヴェロニカが歩み寄ってきていた。
「私の家はメキシコの古い『呪術師』の家系だったんです。私はかなりその血が色濃く出たらしいんですけど、両親達からは決してこの『力』を表に出してはならないって戒められていて、事実上封印して過ごしてきました……」
ヴェロニカは『池』の縁に立って、水面に意識を集中させるような体勢になる。
「でもジェシーに出会って、
ヴェロニカが『池』に向かって両手を掲げると、水面が泡立つように大きな波紋が立ち始める。
「私はこの『力』で、ミラーカさんも……そしてダリオさんの事も救ってみせる……!」
今、『ディープ・ワン』との悪夢の戦いは佳境に入ろうとしていた……
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