File24:カーミラ

 そこは妖しい雰囲気の漂うモーテルの一室だった。時刻は夜。今、カーミラ・・・・の目の前には、何度も絶頂を繰り返した事で息も絶え絶えな様子でベッドに横たわるセレブ風のマダムがいた。


 カーミラはこの女の名前も知らなかった。カーミラも偽名しか教えていないのでお互い様だが。ビバリーヒルズに住む小金持ちの夫人らしい。因みに夫も子供もいる。本人がそう言っていた。しかし一夜限りの快楽を求めて金を払ったのはこの女自身の意思だ。


 カーミラの今の職業は……娼婦。それも女性専門・・・・の娼婦だ。尤もアメリカでは売春行為は違法なのでエスコートという呼び名に変わっているが、やる事は同じだ。この大都市ロサンゼルスには呆れるほど多くの欲望が渦巻いており、その受け皿も無数に存在する。


 カーミラはそんな受け皿の一つ、女性の客を専門とするエスコートであった。ゲイの女性から、暇を持て余して変わった刺激を求めるマダムまで、様々な女性が客として利用している。カーミラが登録しているエージェンシーのサイトにも日々多くのアポイントが殺到する。こんなにも需要があったのかとカーミラ自身が驚く程だ。


 カーミラはサイトでもトップの人気エスコートであった。その同性すらも魅了する圧倒的な美貌と、500年生きてきた事で培われたテクニックは他のエスコートの追随を許さない。それに加えて……



 カーミラは隠していた牙を剥き出しにすると、自失状態に陥っている女の首筋に優しく噛みついた。女の身体がビクッと震える。


「あ……あぁ……」


 恍惚としたような声。カーミラが首筋から血を吸うごとに女性は嬌声を上げる。既に何度も絶頂しているにも関わらず、再び快楽に昂っている様子だった。最早今自分が何をされているのかも解っていないだろう。女はただ快楽を貪るだけのマシーンと化していた。


 自分の「飢え」を満たすだけの血を吸い尽すと、女の首筋から口を離す。女は物も言わずに再びベッドに倒れ伏した。究極とも言えるエクスタシーを体感し、今度こそ完全に気絶したのだ。



 ……これはカーミラの日常であった。自身の素性を隠しつつ、自らの様々・・な「欲求」を解消できる今の仕事は彼女にとって極めて都合が良かった。場所もどちらかが相手の所に伺うという形式ではなく、このようにお互いが決めた場所で待ち合わせる形式の為、彼女を探す者がいても、足が付きにくいのが利点であった。


 報酬も歩合制の割合が高く、カーミラが気に入っている理由の一つであった。一番人気の彼女は既にビバリーヒルズに豪華な一戸建てを即金で買っても余裕でおつりが来る程の資金を持っていた。尤も居場所を公に出来ない身の上に加えて、定住すれば歳を取らない事を確実に周囲に不審がられる為、現在の所家を買う予定は無かったが。


 ただ金は色々な用途に役立つので、あるに越した事は無い。偽りの身分証も金があれば買える。やはり歳を取らない事を隠す為に、10年に一回は「更新」しなければならないので、金は何かと入用だった。


 カーミラは手早くシャワーで身体を洗うと、未だにベッドで気絶している女を置いて、モーテルを後にした。元々そういう契約だ。




****




「ふぅ……」


 夜の街を車で流しながら、カーミラは一息吐いた。今日はいつにも増して激しかった・・・・・。血もいつもより多めに吸ってしまった。あともう少し吸っていたら、あの女性は絶命してグールになっている所だった。


 昂っている。その自覚があった。理由も解っている。


「あぁ……ローラ……」


 最初にあの倉庫跡で見た時から気にはなっていた。輝くようなブロンドに気の強そうな可愛らしい顔。スーツの上からでも解る抜群のスタイル。


 全てがカーミラの好みだったからだ。500年も経てば趣味嗜好も変わる。今は十代の生娘より、ああいう適度に脂の乗った女盛りの自立した女性が好みであった。


 そこに加えて名前が『ローラ』であったという事に、恥ずかしながら運命すら感じてしまった。まるで500年前のあの子が、姿を変えて再び自分の前に現れてくれたのではないか、とそんな錯覚に陥った。


 勿論ただの錯覚だ。あの子と今のローラは全くの別人だ。顔も雰囲気も似てはいない。だが一瞬そんな錯覚を覚えてしまう程に、強い運命的な何かを感じたのは確かであった。


(でも……お節介でお人好しで……何にでも首を突っ込んで、周りを巻き込んで……そんな所は、あの子とそっくりね、ふふ……)


 彼女の事を考えただけで、500年間忘れていた甘い感情が自分の胸に湧き上がってくる。身体の芯から突き抜けるような昂りを覚えた。彼女を今すぐ抱きたい。自分の物にしたい。好きなように弄んでやりたい。存分にその血を吸いたい。


 カーミラの内にそんな妖しく、ともすれば危険な衝動が沸き上がる。ここ最近はしょっちゅうだ。その度にその衝動を抑えるのに苦労していた。


 現在自宅替わりに使っているホテルの部屋へ駆け込むと、コートを脱ぐのももどかしくベッドにダイブして、カーミラは自身を突き上げる衝動に身を任せる。


「あ! あぁ! ……ッ! ローラッ! ローラァァッ!!」


 つい先程散々別の女を絶頂させた女は、浅ましい妄想に浸りながら今度は自らが絶頂するのであった……




****




 翌朝。まだローラから電話が来なかったので、こちらから掛けてみた。しばらく呼び出し音が鳴り続けるが、ローラが出る気配はない。それから何やかんやで30分程待ってみたが、返信してくる様子も無い。


 カーミラは急に胸騒ぎがしてきた。おかしい。休職中とは言え、ローラは現職の刑事だ。基本的に携帯は肌身離さず持っているはずだ。


 舌打ちする。昨日の時点でこちらから掛けて安否を確認しておくべきだった。シルヴィアが殺された事で警戒していると思っていたが、これだけ早く行動を起こしてきたのは意外だった。


 ローラのアパートの場所は知っている。カーミラは祈るような気持ちで車を走らせた。自然の摂理に逆らって存在し続ける吸血鬼である自分が一体何に祈ると言うのか。自嘲する気持ちはあったが、とにかくローラが無事であれば何でも良かった。


 アパートの前に着くと、車を降りる。エントランスには守衛がいた。ローラの友人であると言ったが、やはり通して貰えなかった。カーミラは溜息を吐く。カーミラ達吸血鬼は確かに古典的な弱点は持たないが、その代わり小説などであるような霧に変化したり、人間を洗脳するような都合の良い能力も持っていないのだ。


 ローラに誰か訪ねて来なかった聞くと、警察の内務調査官と名乗る男が一度訪ねたとの事。身分証も持っていたので普通に通したらしい。その後一時間ほどして男だけが出てきたという。


 男の容姿を聞いたカーミラの胸騒ぎが強くなる。かつてカーミラの居場所を執拗に調べていた男達の1人と特徴が似ている気がしたのだ。カーミラは再度ローラの部屋を見せて欲しいと願ったが、捜査令状でもない限り自分の判断だけでは通せないと言われた。


(捜査令状、ね……)


 最早なりふり構っている段階では無さそうだ。連中の目的は解らないが、時間が経てば経つほどローラの身が危うくなっていく事だけは確かだ。一刻の猶予も無い。

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