File8:ナイトクラブ『アルラウネ』

 翌日。夜になってから、ローラはカードに書かれていた住所に従って『アルラウネ』へと車を走らせていた。トミーは居なかった。今日は朝から体調が悪そうにしており、警部補の許可をもらって途中で早退してしまったのだ。


 仕方なくローラは1人で『アルラウネ』に向かっていた。妖しい区画に入り込む。夜真っ盛りという事もあって、怪しい客引きや街娼の姿もそこかしこで見受けられる。そんな一角に『アルラウネ』はあった。まるで壁をくり抜いたかのような横穴が地下に向かって続いていた。


 入口の上には植物の女性を模った模様にアルラウネの文字が続く電飾があった。入り口を見張るように屈強な男性が不動の姿勢で立っていた。あれがミラーカの言っていたガードマンだろうか。


 付近に車を停めたローラは、アルラウネの入り口を潜ろうとする。すると横に居た男性がスッと立ち塞がった。やはりガードマンのようだ。


 ローラは無言でミラーカからもらった会員証を提示してみる。それを確認したガードマンは横に動いて元の位置に戻る。どうやら会員証は本物のようだ。ローラはホッとしながら『アルラウネ』の入り口を潜った。


 地下に向かって階段が続いている。細い階段を降りると、横手に入口があった。映画館のドアのような取っ手を引いてみるとあっさりと開く。 



 淡い照明に照らされた薄暗い店内には落ち着いた雰囲気の音楽が流れ、何組かカップルが踊りを楽しんでおり、それ以外の客は思い思いに酒を嗜んでいた。ナイトクラブと言うから、喧しいDJがいて、若い男女が踊り狂っているような場所を想像していたが、意外と落ち着いている。


 あのような奥まった区画の目立たない場所にひっそりと佇み、かつ会員制というだけあって客も厳選されているようだ。知る人ぞ知る穴場と言った所だろうか。奥まった場所に周囲を壁に囲まれたテーブル席があった。そこにしどけない姿勢で座る、見憶えのある長い黒髪の女……ミラーカだ。


 どうやらローラが入ってきた時から気付いていたようで、妖しい笑みを浮かべながら手招きする。ローラはその笑みを見た時、ゾクッと己の内に微弱な電流が走るような感覚を覚えた。ミラーカはコートを脱いでいて、あの際どいボンテージファッシュンのまま席に座っていた。とてつもなく妖艶な雰囲気を醸し出している。


 魔性、という単語が頭に浮かんだ。あれは……良くないものだ。このまま彼女の懐に入れば、取り込まれて二度と後戻り出来なくなる。そんな確信にも似た予感をローラは憶えていた。


 だが彼女に取り込まれる、と考えた時、再びローラの中に妖しく被虐的な感覚が立ち昇ってきた。その感覚に後押しされるように、ローラは意を決してミラーカの方へと踏み出していった。






「あら、本当に来たのね? 何となくこうなる気はしてたけど……」



 ローラは妖艶に微笑むミラーカの姿に内心でどぎまぎしながらも、極力平静を装って彼女の隣に腰掛ける。



「言ったでしょう? 見て見ぬ振りってやつが出来ない性質なのよ」


「ふふ、そうみたいね……。今日は1人なの? あの相棒さんは?」


「もう勤務時間外よ。夫婦って訳じゃないんだから、いつも一緒じゃないわよ」


「ふぅん……まあいいけど」



 特に理由も無かったが、敢えて伝える必要もないだろうと、ここでトミーの体調不良についてミラーカに話さなかった事を、後にローラは後悔する事になるが、この時点では勿論想像も出来ない事だ。



「で? あなたは一体何者なの? あのギャング達……グールって何? 『サッカー』とはどういう関係なの?」


「落ち着いて。質問は一つずつよ……。夜は長い。時間はたっぷりあるわ。そうねぇ、何を話したものか……。まず、あなたのお察しの通り、私は『サッカー』の正体を知っている。そして私と『サッカー』には浅からぬ因縁があるのよ」


「因縁?」


「ええ、遠い昔・・・の知り合いなの。私はもう縁を切ったつもりなんだけど、向こうはそう思っていないみたいね」


「……! 何? 『サッカー』はあなたが昔別れた夫か恋人って訳?」



 それを聞いたミラーカが小さく吹き出した。妖艶な外見とのギャップのある可愛らしい仕草にローラの胸が高鳴るが、自分の意見を笑われた屈辱もあって顔を赤らめる。



「何笑ってるのよ!?」


「いえ、ごめんなさい。ただ、ふふ……そうね。そう言われると、確かに私の抱えてる問題も世の女性達と比べて大差ないって思えたのが可笑しくって」


「…………」


「そう……ある意味であなたの言った事は当たってるいるわ。『サッカー』は……私を追っている者は、過去に私と、とても近しい・・・関係にあったの。でも私は彼を裏切って逃げた」


「何故、裏切ったの……?」


「彼は、とても気まぐれで人を人と思わない残忍な性格だったの。最初は彼に魅入られて、そんな所にも魅力を感じていたのだけれど……ある事がきっかけで目が覚めたのよ」


「ある事?」


「……ごめんなさい。それは今関係ない事だから省かせてもらうわ。ただそうして彼を裏切って逃げる際に私、彼にとても酷い事をしたの」


「な、何をしたの……?」



 悪戯っぽく笑うミラーカにゾクッとしたものを覚えながら尋ねる。



「彼がこれ以上他人に迷惑を掛けないように……まあ、罠に嵌めて『刑務所』に押し込めたような物よ。二度と出てこれないと思っていたんだけど、彼を慕う人達がいて、『釈放』させてしまったみたいなの」


「ちょっと……それって大問題じゃない!?」


「ええ、本当に……。更に問題なのが、彼には私も含めて3人の『愛人』がいたのだけれど……その残り2人の愛人が、彼以上に私に対して怒っててね。執拗に私を狙っているのよ」


「な……愛人!?」



 一瞬驚いたローラだが、ミラーカを見て何となく納得してしまう。この女は誰かの妻に収まるようなタイプの女じゃない。



「その愛人達もあなたと同じ力を持ってるって訳?」


「ええ。彼女らは未だに彼に魅了されたままよ。しかも心底から裏切った私を憎んでる。残念ながら話し合いの余地は無いわ」


「……とすると、『サッカー』というのはもしかして……」


「その2人の愛人……私の元同僚・・・達よ。私に関わりを持った人間をああして挑戦的に殺しているの。しかも自分達がやったと私にだけは解るやり方でね」


「……ッ!」

 唐突に、あっさりとロス市警が辿り着けなかった真犯人像に行き着いてしまった。勿論ミラーカが真実を言っている前提だが、ローラは何故かその事を一切疑っていなかった。



「ちょっと待ってよ……。じゃああなたがここにいるせいで、この街で連続殺人が起きてるっていう事?」


「そう……なるわね。でも私はこの街から出る訳には行かないの。あいつらはそれを待っている。私の正確な居場所が解らないから、こういう手段で私を街からあぶり出そうとしているのよ。街から出れば……すぐに彼に見つかって捕まってしまうわ」


「……!」

 苦渋に満ちたミラーカの顔を見て何も言えなくなってしまう。本当に悪いのは卑劣な犯人達であり、ミラーカに罪は無い。自己犠牲を強要する事など出来なかった。

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