第10話境目
「し、資源枯渇問題とかなんで僕たちが考えなきゃならないんだ」
「もぅダメ。もぅ無理」
クラトが呟くのに続いてユウナが根を上げる。俺たちが被告人になったのだから無理もない話だ。悪魔たちが俺たちをどうするつもりか知らないが、俺たちは悪魔になるつもりも殺されるつもりもない。
「今回はなんとか逃げられたが、本当にこれで良かったのかは分からない」
「自信を持って、今助かっているのはあなたのおかげなんだから」
俺の言葉に返事を返したのはサホだ。裁判では活躍をし、気遣いまでする。レナが言っていたが正に女神サホ様だ。
しかし、自信の問題じゃない。納得はしているが、それが正しいかどうかは分からないという事だ。そもそも未だ答えの出ていない問題に対して間違いないと言えるだけの保証などあるはずもない。
「むぅ。私も大人が悪い、社会が悪いとそう思う。でも、言い逃れもいつまで持つか分からない」
ユウナの発言にレナが眉を寄せるがユウナは構わずネガティブな言葉を連発する。耐え方ねレナが口を開いた瞬間、言葉を発したのはルミだ。
「有罪にして~終わらせたほうが楽なんじゃないかな~? 無駄な足掻きなんて意味ないよねぇ~ユウナさん」
ルミはユウナに対して皮肉を言ったが、言われた当人はその事に気が付いていない。むしろ同意が得られたとでも思っているのではないかと思われる。
皮肉を可哀そうに思ったのかサホがルミの言葉に返事を返す。
「諦めるつもりはないけど、流石に荷が重すぎるわね。でも悪魔なんかに負けるわけにはいかないけどね」
「ウン。もっと情報収集をしなければいけなくなったね」
「もぅ無理だよ。生きている間だけでも楽しんでから死にたい」
サホとレナは気合を入れ直すが、ユウナは更にネガティブな言葉を続ける。
誰もがユウナの発言にうんざりしていると思ったがクラトは違っていた。
「し、死にたいっていうか、今生きているかどうかも疑問だからな」
「ハァ? それはどういう事?」
レナが首を傾げなげら言う。それに即答するクラト。
「い、今いるここが地獄なんかじゃないかって事だけど、なにかおかしな事でも」
「私は~既に死んでる~って事?」
ルミも話に乗ってくる。確かに現状どうなっているのかを考える事も必要だ。そうすると矢張りもう死んでると考えた方がしっくりくる。
「イヤイヤイヤ。あの裁判長は終われば帰してくれるって言ってたじゃん」
レナがクラトの意見を否定する。『悪魔の言う事を信じる気にはなれない』と思いつつも口にするのは我慢したが、クラトは言う。
「し、しかし、生きて帰してくれるような裁判じゃない。その上、どうやってここに来たのかも分からない。そして外に通じる道もない。悪魔たちの言う事を信じる事なんて出来ない」
「ソレでも進むしかないよ。諦めたらそこで終わりだよ」
レナがまとめ上げる。俺たちは頷き、今後も悪魔たちとの裁判で戦う事を確認して解散する。誰も生きた心地がしないのは同じだが、ここで諦める訳にはいかないのだ。
悪魔の目的が分からない。理由をつけて俺たちを罪人として処罰しようとするのか、騙して洗脳でもしようとしているのか。
問題は他にもある。本当に裁判で無罪にしていくだけで帰れるのか? とは言っても隠し通路もないし、武器もないのだから悪魔を力づくで倒す事も出来ない。いや、武器があったところで力の差は歴然なので倒せるとも思えない。
他の人も今頃は同じ様な事を考えているのだろうか。
俺はどうするべきか。
今まで無罪を勝ち取ってきたのは俺の活躍が大きいと思っている。今まで通り本を読み情報収集する事で貢献するのがいいだろう。
とは言え、悪魔側の思惑どりに動かされている気がする。『自由』を否定したり『独裁』に賛成したりする事のないよう注意しなければならない。
理想を掲げるとどうしても独裁的になる。しかし、多数決で物事を決めても少数の意見は無視される。どちらにしても弱者の意見は採用されないものなのだろうか? 神などの様な全てを知っている者ならば独裁者になっても社会を良い方向に導く事も出来るのではないか……。
いや、全てを知っている者という事自体が理想の極みだ。実現不可能な理想を語っても意味はない。
歴史上の独裁者って奴は、全てを知っている者と自称して失敗していった者達だ。その理想には誰も達してはいないし、恐らく誰も達する事は出来ないだろう。なぜなら、学ぶことが多すぎるのに対して時間は少なすぎる。それでも敢えて挙げるならば寿命という概念のない人工知能くらいのものだ。だが、ちょっと人工知能がニュースに取り上げられる程度の現状ではまだまだ夢物語だ。
人工知能を敵視する映画等の影響もあり危険視する人も少なくはない。コンピュータは確かに多くのデータを持ち処理する事は出来るが、信用は出来ない。コンピュータにバグは付き物だから常にチェックする必要があるが、誰も解らない答えを誰が判断出来るのか。
そういえば、贅沢かどうかも判らないという話が裁判で出たな。その際に俺は技術を高める必要があると言った。
そして、人よりも人工知能の方が技術を高められるとするなら、人は要らないという事になるのか、人は限界点に達しようとしているという事か?
いやいや諦めるな。考えろ。考えるのを止めるのは生きることを放棄する事と同じだ……少し頭を冷やそう……頭を冷やすと言ってもあったかい飲み物を飲むつもりだが。
自販機もどきの前にユウナが居てこちらを見ている。俺が近づくとユウナが自販機もどきから本を取り出して後ろに隠す。
隠すところを見るとマンガなのだろう。人が情報収集や考え事をしているというのに……と言いたいところだが息抜きの必要もあるのでマンガを読む事を否定するつもりはない。隠すから怪しまれるのであって堂々としていればいいのだが後ろめたいところがあるのだろうか。
俺はユウナが隠したマンガを後ろに回り込み覗き見た。それを見ても怒らない事を示す必要があると思ったからだ。俺の行動に不意を突かれたユウナだが、それでもなお掌を広げてマンガを隠そうとする。しかし、一瞬だけその表紙に『空母』という文字が書かれている様に見えた。
「空母? ユウナはそういうのが趣味だったのか? 俺もどちらかと言えば好きだが……」
「ぁぅ……皆が情報収集している中、私だけ何もしないのも悪いと思ってマンガで情報収集しようと思ったの。全然趣味じゃないよ。社会問題の情報収集でしょ? だったらいずれ戦争関係が出てくると思って……」
そう言いながらマンガを俺に押し付けてくるユウナ。マンガでもいいから情報収集して欲しいと言ったのは俺だが、きちんとしていたんだな。やる気が失われている俺と違ってマンガの場合、楽しみながら情報収集が出来るのだから一長一短があると言ったところか。
「そうだったのか。俺が言った事をちゃんとやってるんだな」
そう言って俺はユウナの頭に手を乗せた。手を乗せた後で思い出してももう遅いのだが、ユウナは子ども扱いされるのを嫌っていた。
ユウナの体がビクッと動く。予想以上の反応にユウナに触れていた時間は僅かなものだった。
「あ、済まない。子ども扱いした訳じゃなくて……その、なんだ。つい……というか。雰囲気というか」
「んっ。フインキ……だったらいい」
顔を赤らめて俺を見ながら言うユウナ。顔が赤いのは怒っているからだろうか? それとも雰囲気をフインキと言い間違えたからだろうか?
「ま、まあ興味を持つのはマンガやゲームからって事はよくある話だ。ゲームで特定の歴史が詳しくなった当人が言うのだから間違いない。だから興味ないの事でもマンガからまず興味を持つってのもいいんじゃないかな」
俺の誉め言葉では逆効果だったのか、ユウナの赤くなったほっぺたは餅の様に膨らみ、膨らんだ餅から空気が抜けるようにユウナの頭が下を向く。
マンガを読む事が悪い訳じゃないと言いたかっただけなのに迂闊な行動から思惑が台無しだ。
「ああ、えっと……」
言い淀む俺に対して、ユウナが顔を上げて笑顔でいう。
「でしょ?」
ユウナが何について言った言葉か分からなかったが、誉め言葉は時間差で効いてきたと思われる。何にしてもこの場を収められて良かった。
「余計なお世話かもしれないけど、十分に興味を持ったら本も読んでみると良いよ。情報量が全然違うから。後、マンガと文章では文章の方が作り易いという点もある。
ああ、でもマンガも読み易さとか理解のし易さとかあるから本より劣るという訳じゃないよ」
「……ぅん。そうする」
言うべき事は言ったし、しっかりフォローもしたはずなのにユウナの返事にはどこか元気がなかった。今言うべきではなかったのかとも思うが、言うべき事を言わないでおくのは後に問題になってくる。
文章には文章の良いところがあるのだ。そこだけは譲れないし後回しにもしない。
「ぁの……シュウヤはなにをしに来たの?」
ユウナがおずおずと訊ねてくる。
「コーヒーでも飲もうかと思ってね」
「んっ。コーヒー飲めるの?」
「受験勉強なんかではお世話になったものさ。無理をしたい場合には今でもコーヒーかな。 ユウナはコーヒーとか飲まないの?」
「んっ。コーヒー牛乳とかなら飲むけど、コーヒーは……。
それにしてもここに来てから何も食べたり飲んだりしてないな。結構時間たってると思うんだけど……」
「え? そうなの?」
そう言えば情報収集が忙しすぎて時間がどのくらい過ぎているか分からない。事前の準備として飲食はしたものの喉が渇いたからでも腹が減ったからでもない。
「とすると、クラトが言っていた様に生きたままでここにいる訳じゃないって事かもな」
「んっ。ここが地獄と言われても納得出来る。けど、裁判が終われば帰れるって話にも期待したい。でも、本当のところはどうなんだろ?」
「どうだろうね。俺は生きているか死んでいるか分からない生死の境ってとろこだろうと思っているよ」
「んっ。マンガみたい」
「ああ、確かにそうだね」
「んっ。ふふっ」
ぎこちなく笑うユウナの顔を見ていると、ユウナとは大分打ち解けてきたなと思う。
俺は自販機もどきからコーヒーを取るとまだ話を続けたがっているユウナと別れて自室に戻った。
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