虚影 part.8

「…………」


言葉を返すこともなく、ネジの怪物は翼をはためかせて黒い鉄鋼兵装に踊りかかった。


「問答無用か……!」

<拒壁を展開します>

「最大出力だ!」


ジマが機械音声に向けて大声を張り上げる。

鉄鋼兵装の周りに紫色の膜が一瞬形成されかけたが、サビの動きの方が早かった。

中途半端に展開された拒壁が、ガラスの砕ける音を立てて飛び散る。


「何だと……!」


翼竜と化したサビが巨大な口をガパァと開いた。

中にはサメの口腔のように、回転するネジの群れが詰まっていた。


「後退し……」

<接敵します。ピンポイントで拒壁を展開>


ジマの声に被せる形で音声が鳴る。

下がる間もなく、サビは黒い鉄鋼兵装の右腕に噛み付いた。

右腕のみに拒壁を展開しているのか、紫色の煙が漏れている。

凄まじい金属音と火花が、ネジの翼竜口から吹き上がった。

ジマはニヤリと笑うと、警告音が鳴り響くコックピットの中で、操縦桿を握り込んだ。


「バカなモンスターめ……食らわせてやれ!」

<インパクトカノンを展開。チャンバー内圧力正常値。加圧を開始。ライフゲージ、全弾直結>


淡々と起動プロセスを機械音声が読み上げる。

腕を食いちぎられんとしながら、ジマの鉄鋼兵装は右腕を、バケモノの口の中で伸ばした。

そして手の平を大きく広げる。

そこから何段かに分かれて砲座がせり上がった。


「くたばれ!」


ジマの叫び声と共に、手の平の砲口から連続して数発の発射音が響いた。

ネジの怪物の頭部が一瞬大きく膨らみ……。

そして爆裂した。



「サビさん……?」


シュルディアは足を止め、呆然と空を見上げた。

頭部から黙々と煙を上げながら翼をはためかせている何か……「怪物」が空中を飛んでいる。

直感だった。

それとサビを結びつける要素は何もない。

だが


――あれはサビさんだ。


そう、シュルディアは心の奥底で実感した。

理由は分からなかった。

理屈も分からない。

だが、あれは見知った少年、サビだ。


「嘘……どうして……」


口元に手を当てて引きつった声を発する。

眼前に映るその姿は、もはやヒトと呼べる存在ではなかった。

まさに怪物。


「クリーチャー……」


以前遭遇したインターポールの警官が叫んでいた単語。

それを小さく呟いてハッとする。

シュルディアは同様に空を見上げて唖然としているグスタフとアルズに向かって声を張り上げた。


「サビさんを助けに行かなきゃ……!」

「やめろシュルディア!」


グスタフが珍しくとてもきつい口調で彼女の言葉を遮った。

ビクッとして言葉を止めた彼女を建物の影に押し込んで、グスタフはしゃがんでタブレットの操作を始めた。


「……逃げながらルサーニャに中古の飛空艇を一基手配させておいた。それに乗って俺達はこの街を脱出する」

「でも……でも!」


食い下がろうとするシュルディアの肩に、アルズがそっと手を乗せた。

その手が小さく震えているのを見て、少女が言葉を止める。


「行くな。お前も殺される……!」


端的に言ったアルズの言葉に、シュルディアは息を飲んだ。

それは、彼女を納得させるに有り余る程の真実味を孕んだ制止だった。

シュルディアはもう一度空を見上げた。

頭部からもくもくと煙を上げている怪物。

周囲には雨のように錆びたネジが降り注いでいる。

綺麗に頭が吹き飛ばされた翼竜だったが、その背中がメキメキと盛り上がりもう一つの頭部を形成した。

それがなくなった頭に移動し、また雄叫びを上げる。


(ダメだよ……)


シュルディアはそう思った。

理由も理屈も関係なかった。


(サビさん、それ以上はダメだよ)


体を大きく振った翼竜の尻尾に薙ぎ払われる形で黒い鉄鋼兵装が吹き飛ばされ、建物に突き刺さって轟音と土煙を上げる。


「私……」


シュルディアは口を開いた。

そして空を見上げて、バッグの中に入った青い球体を手で握りしめる。


「サビさんを止めなきゃ……」

「何言ってる! 俺達が立ち入れる領域じゃねぇぞ!」


パッドを操作しながらグスタフが怒鳴る。


「早くここを離れるんだ! ああなっちまったサビはしばらく見境がつかねぇ。俺達を逃がすために変異したんだ。逃げるぞ!」

「……私は!」


シュルディアは青い球体……サラバトーレを右手で取り出して空中に掲げた。

球体が白い光を発し始める。


「私はサビさんを助けに行きます!」

<起動認証を確認。エマージェンシーコールと認定。着装を開始します>

「シュルディア!」


アルズが手を伸ばし、シュルディアを捕まえようとして……。

瞬間、彼女の体の周りに白い光がきらめき、純銀に輝く鉄鋼兵装が出現した。


コックピットでベルトに体を固定されながら、シュルディアは操縦桿を握った。


「サラバトーレさん、力を貸してください!」

<承知しました>


シュルディアの思う通りに、サラバトーレが体を屈め、バックパックから圧縮空気を噴出しながら空中に飛び上がる。


「このままじゃグスタフさんやアルズ君も逃げられない……」

<オペレーターに質問があります>


凄まじいスピードで、再び空中に飛び上がってサビに踊りかかった黒い鉄鋼兵装の戦闘空域に近づきながら、サラバトーレが言った。


「な……何ですか?」

<あなたの名前を教えてください>

「え……?」

<名前の入力をお願いします>


ここで言うことなの? と思いながら、シュルディアは悲鳴のように叫んだ。


「シュルディアです!」

<承知しました。シュルディア。私はあなたの盾となり、そして最強の剣となります>



<機体損傷率が10%を突破。戦線離脱を提案します>


右腕からバチバチと帯電痕を発生させた黒い鉄鋼兵装の中で、ジマは歯噛みして目の前のモンスターを見た。


「くそ……! 手の届く距離にいるというのに、この武力では生け捕りは無理か……!」

<これ以上の戦闘は推奨しません。離脱を提案します>

「やかましい!」


ドン! と操縦桿を握りこぶしで叩き、ジマは怒鳴った。


「貴様は俺の思う通りに動いていればいい! 余計なことを喋るな!」

<了解>


操縦桿を握り込み、ジマは舌で唇を湿らせた。


「鎮圧は無理でも、この辺り一帯を吹き飛ばせば……」

<ジマ様、鉄鋼兵装の反応です。高速で飛来中。接敵まで5秒>

「何だと!」


慌てて視線を横に向けたジマの目に、空中を弾丸のように吹き飛んでくる白い鉄鋼兵装の姿が映った。


「あれは……!」

<拒壁を展開します>


突っ込んでくる勢いそのままに、白い鉄鋼兵装は拳を固めて体を反転させ、ジマの鉄鋼兵装に踊りかかった。

そして拳に紫色の煙をまとわりつかせながら、機体中の重みを腕にかけて殴りつける。

凄まじい衝撃が周囲を揺るがし、台風のような衝撃波が吹き上がった。


<拒壁が中和されます。離脱を推奨します>

「バカな……! 鉄鋼兵装同士の戦いに慣れているとでも言うのか!」


白い鉄鋼兵装は両手を広げると、相手が展開している拒壁に叩きつけた。

そして握りつぶすような動作をする。

ガラスのような音を立てて紫色の障壁が砕け散った。

反応が遅れたジマに対し、白い鉄鋼兵装は体をまた反転させ、空中で右足を叩きつけた。

受けることも出来ずに黒い鉄鋼兵装はその衝撃をモロに受け、眼下の地面に突き刺さった。

ガスにでも引火したのか、凄まじい爆炎が上がった。

今や街は地獄のような有様になっていた。


「サビさん……!」


機体の急激な動きについていけずに吐きそうになりながら、シュルディアは空中で絶叫したネジのバケモノに向かって叫んだ。


「私の声を外に出せますか!」

<承知しました>


サラバトーレが応答し、モニター脇にマイクがせり上がる。

そこに向けてシュルディアは怒鳴った。


「サビさん! 落ち着いてください。逃げましょう、早く!」


拡声器で大音量になったシュルディアの声が周囲に響き渡る。

ネジの翼竜はそれを聞くと絶叫を止め、存在しない眼窟でまっすぐにサラバトーレを見た。


虚無。


そこには何もなかった。

ゾッとして言葉を止めたシュルディアの頭の裏に、サラバトーレの声が反響した。


<鉄鋼兵装の反応です。複数の熱源感知。武装シェンダアンスと断定。接敵します。どうしますか?>

「え……え?」

<拒壁を展開します>


シュルディアの答えを待たずに、サラバトーレは自身を守るように拒壁を広げた。

そこに、どこからか複数の機銃が一斉掃射したかのように、雨嵐と弾丸が突き刺さり始める。


「きゃあああああ!」


悲鳴を上げたシュルディアの脇で、バケモノと化したサビも銃弾の雨に押されて後退を始めた。


『成る程……それに乗っているのは報告にあった小娘だな……』


下卑た笑い声を上げながら、黒い鉄鋼兵装が浮き上がる。

その周りに、巨大な機関銃が十数基も浮遊していた。

それらが間断を置かずに火を噴き続けている。


『何、殺しはしない。そのモンスター共々瀕死にしてから、研究所でゆっくりとバラしてやるよォ!』

<拒壁の耐久値減少。十五秒で破られます>


サラバトーレが淡々と言う。

パニックになって周りを見回したシュルディアだったが、そこでズイ……とネジのドラゴンが前に進み出たのを見た。

眼窟の奥が自分を見た気がして息を呑む。

サビは白い鉄鋼兵装を守るように翼を広げると、空中に向けて大きく咆哮した。

ビリビリと空気が揺れ、大気が振動した。

次の瞬間だった。

上空から吹き込むように、凄まじい勢いで砂の混じった風が街に突き刺さった。


「砂嵐……!」


シュルディアがそれを見てハッとし、操縦桿を握り込む。

ハリケーンとなった砂嵐は、渦を巻きながら徐々に巨大化していく。

それらは銃弾を吹き飛ばし、ジマの鉄鋼兵装は前も見えないハリケーンに煽られる形で薙ぎ飛ばされた。


「サビさん!」


ザラザラと崩れていくネジの翼竜。

その中心に、意識を失っているのか落下を始めたサビがいた。

サラバトーレが動いて、ハリケーンに突っ込んでサビの体を握り込む。


「離脱してください!」


シュルディアは必死に叫んだ。



憔悴した顔でベッドに横たわり寝息を立てているシュルディアを見下ろし、グスタフは息をついた。

ルサーニャが手配した飛空艇に乗って、ハリケーンを避けて街を離れたのは半日ほど前の話になる。

シュルディアの腕に取り付けた点滴の袋を替えて、グスタフは部屋の隅に座り込んだまま動かないサビを見た。

彼は、歯を噛んで何かを押し殺そうとしているような顔をしていた。

瞳が時折、何かのランプのように赤く明滅している。


「……落ち着いたか?」


問いかけられ、サビは息をついてグスタフの方を見た。


「……ああ」

「よくあの状態からすぐに元に戻れたな。いつもは数日はあのままだろうに」


そう言われ、サビは立ち上がってシュルディアのベッドに近づき、彼女の顔を覗き込んだ。


「……こいつの声が聞こえた。結果的にはジマの追撃も、発生させたハリケーンで退けることができた。助けられたな……」

「シュルディアの?」


グスタフはそう言ってため息をついた。


「無茶をする……あのままお前に噛み殺されたらどうするつもりだったんだろうな」

「…………」


それには答えずに、サビはシュルディアの枕元に置いてある青い球体を見た。


「鉄鋼兵装は?」

「ウンともスンとも言わねえよ。シュルディアを完全にオペレーター認定したらしい。この子にしか動かせないな」

「……そうか」


そこで飛空艇の操縦席から、自動操縦に切り替えてきたのか、アルズが体を覗かせた。

彼は警戒するような顔でサビを見て、口を開いた。


「あんた……」

「…………」

「『何』だ?」


その端的な疑問を聞いて、サビはしばらく考え込むように黙っていた。

そして、やがて息をついて応える。


「今はただの、ダストナンバーズを処分するためにだけ生きている存在だ」


その答えになっていない応えを聞き、アルズが彼からシュルディアを守るように間に割って入る。

シュルディアは薄目を開けてそれを聞いていたが、やがて眠気に負け、また目を閉じて眠りに落ちていった。

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