虚影 part.7

「きゃああああ!」


耳を抑えてシュルディアが大声を上げる。


「落ち着け!」


サビは一言そう怒鳴ってから両手を上げ、勢いよく地面に手の平を叩きつけた。

地面がザワザワと振動し、周囲のアスファルトの地面が一瞬で錆びたネジ化した。

アルズが慌ててシュルディアを抱き抱えて後ろに跳ぶ。

グスタフも急いで安地に避難し始めた。

銃撃を続けていた兵士達に向かって地面が波打ち、ネジの群れとなったそれが津波のように襲いかかった。

回転するネジが建物を砕き、濁流となって兵士達を飲み込んでいく。

そのうちの数人が仲間の体を踏み台にして、高く跳躍した。

そして懐から小型の刀のようなものを取り出して構える。

それを見てサビは舌打ちをした。

単振動カッターだった。

一定周波の微振動を発する軍用兵器だ。

その前では鉄鋼兵装の発生させる衝撃緩和力場……いわゆる「拒壁」は無効化される。


「アルズ! シュルディアとグスタフを連れてもっと奥に行け!」


サビは声を上げ、歯を噛んで地面を踏みしめた。

彼の指示を聞いたアルズが、考える間もなくシュルディアを小脇に抱え、グスタフの首筋を掴んで引きずりながら後退を始めた。

空中に飛び上がっていた数名の兵士が単振動カッターを手に、紫色の拒壁に飛びついた。

刀が当たった部分の拒壁が赤く光り、凄まじい勢いで火花が飛び散る。

一……二、三。

ネジの濁流で飲み込みきれなかった三名を前に、拒壁がガラスのように砕けて散った。

サビは体の周りに回転する錆びたネジのバケモノを回転させながら、斬りかかってきた一人の攻撃を体を捻ってかわした。

そして固めた拳を、ためらいもなくその頭に叩き込む。

同時に腕から凄まじい勢いでネジの群れが飛び出し、頭ごとその兵士を数メートル離れた壁に叩きつけた。


「チッ……」


しかしサビは舌打ちをしながら、また斬りかかってきた二人の兵士の攻撃を体術でいなした。

そして胸の前で手を合わせ、体を下げる。

彼の体の後ろを滞留していたネジのバケモノが、蛇のように鎌首をもたげた。

そして二名の兵士達を横薙ぎに吹き飛ばして建物の瓦礫に叩きつける。

本来ならそこで終わりなのだろうが、サビは更に路地裏に走っていくアルズ達を見て、しかし後は追わずに前を見た。

濁流に飲まれたり壁に叩きつけられた兵士達が、もぞもぞと動き出す。

その体の傷がゆっくりと、映像を逆再生するかのように再生していく。

たちまちのうちに数名の影が動き出し、全員単振動カッターを抜き放って構えた。


「キリがねぇな……」


サビはそう吐き捨て、ネジ化している地面を蹴って後退した。

そして爪先でトン、と地面を叩く。

ザラザラザラ……と滝のようにアスファルトの地面が崩壊し、彼と兵士達の間の数メートルの部分が陥没した。

それに巻き込まれて数名落ちていったが、残りは瞳を不気味な色に光らせながら腰をかがめ、崩落した地面の縁に立ってサビを睨んでいる。


「誰かと思えば……逃げ出した被検体じゃないか」


そこで、兵士達の後ろから声がした。

サイレンを鳴らす軍用車が多数集まってきている。

周囲を短銃を構えた軍隊員に囲まれながら、軍服を来た髪の長い男が、靴の踵を鳴らしながらこちらに歩いてきた。

彼はネジ化して陥没している地面の前で止まると、腰に下げていた長刀に手をかけて抜き放った。

そしてそれをサビに向ける。


「サビ……こんなところで会うとは奇遇だ。運命に感謝するよ」

「…………ジマか。悪運だけは強い野郎だ」


サビは吐き捨てるように言うと、後退しようとしていた足を止めてジマと呼んだ男に向き直った。

彼の周りの軍隊達が銃を一斉にサビに向けて構える。

軍用車からのライトが多数サビを捉えて照らし始めた。


「投降しろ。ここは俺の管轄でな……どうせ逃げられん。何、悪いようにはしない」


舌でゾメリと唇を湿らせ、にやけたような笑みを発するジマに、サビは歯を噛んで続けた。


「その口車に屈服して悪いようにされたヤツらを腐るほど知ってるもんでな」

「随分な言いようじゃないか。下劣なモンスターの分際で」


鼻の脇をひくつかせながら、ジマは端正な顔立ちを、どこかいびつに歪めてサビを見下すように見た。


「お前一人なら逃げられるんだろうが……今はどうかな? 子供も連れているようじゃないか。一人は女か?」


いやらしい笑みを発しながら、ジマは続けた。


「全員揃って研究所送りにはされたくはないだろう。お前の身柄と、鉄鋼兵装を黙って渡せば残りは見逃そう」

「そいつは随分と強欲だな」

「悪いな。俺は昔から欲張りなんだ」

「…………」


サビはそれには答えずに、自分にむけて銃と刀を構える一個小隊以上の戦力を見回した。

そして鼻を鳴らして目を細める。

それは、彼が今までシュルディア達に見せたことがないほどの冷たい……。

冷え切った鉄のような表情だった。


「ジマ……」


サビは抑揚の感じられない声でそう言って、蔑むように彼を見た。

侮蔑、嘲笑、嫌悪。

それらすべてが詰まった、汚泥のような色の瞳だった。


「……てめぇ、それしきの戦力で俺が止められるとでも、本気で思ってんのか?」

「何ィ……?」


ジマは馬鹿にした感じで鼻を鳴らしてから、片手に持った長刀を大きく横に振った。


「俺がここで一斉射撃の命令を出せば、お前は蜂の巣にされる。見た所鉄鋼兵装も持っていないようじゃないか。どうやって防ぐというんだ? まだまだ戦力はあるぞ。すべての軍隊をここに集結させている」

「分かってねぇ。大戦を知らない小僧が知ったような口を聞くんじゃねぇ……」


サビは侮蔑を含んだ言葉を吐き捨てながら腰を落とした。


「実はな。俺はそういうの……反吐が出るほど嫌いなんだ」


瞬間、サビの体がネジの塊になってバラバラとその場に崩れた。

次いで彼が元々立っていた場所のネジ化した地面が、心臓のようにドクンと波打つ。


「……何かするつもりだ。全軍備えろ!」


ジマが慌てて大声を上げる。

次いで目の前の地面が大きく盛り上がり始めた。

周囲に散乱しているネジの群れが次々に吸収され、小山のような形になっていく。


「撃て! フリーク能力だ!」


ジマの号令と共に周囲の機関銃が火を吹いた。

それらがネジの小山に当たって砕けていく。

軍用車からはナパーム弾が発射され、それが複数小山に突き刺さって爆煙を上げた。

燃え盛る街の一角を見ながら、しかしジマは目を見開いた。

ザラザラと音を立てて焦げて砕けたネジ達が崩れていく。

その中心に、何か巨大な卵のようなものが鎮座していた。

赤茶けたそれは、すべてが錆びたネジで構成されている。

全長十メートルは越える大きさのそれに、ビシィとヒビが入った。

たちまちのうちにそれが広がっていき、そして一気に割れた。


中から金切り声の金属音を発しながら現れたのは、ネジが絡まりあって構成された翼の生えたトカゲのような物体だった。


それが大きく口を開き、空洞の眼窟を爛々と赤く燃やしながらもう一度雄叫びを上げる。


――ドラゴン。


空想上の生き物のそれが、いびつなネジに形作られて地面を踏みしめる。

そして羽根を大きく広げてはためかせた。

翼竜が空中に飛び上がったのと、その翼から、雨嵐と回転する錆びたネジの雨が降り注ぎ始めたのは同時のことだった。

軍隊の兵士や軍用車達がネジに突き刺され、穿たれ、次々に蜂の巣になっていく。

エンジンに点火してしまったのか、軍用車が次々に爆発していく。

それに煽られる形でジマが地面に転がり、歯を噛んだ。


「……モンスターめ……!」


彼は吐き捨てると、腰に下げていたバックパックから、銀色に光る球体を取り出した。

そしてそれを空中に掲げる。

途端、彼の体の周りに紫色の膜が形成され、降り注ぐネジの雨を弾き始めた。


<ジマ様、エマージェンシーコールレッドと判断。非常着装を開始します>


ジマの頭の裏に男性の機械音声が響く。

彼の体に黒い光がまとわりつき、一拍後、そこには巨大なマネキンのような物体……。

漆黒の機械人形が鎮座していた。


<該当データ、照合。デルタシーケンスの有動色体、空間異転能力の一種と断定。危険SSSランクと認定。交戦は推奨しません>

「黙れ! ここで逃がせる獲物じゃない……!」


ジマは口の端を裂けそうな程に開いて笑うと、空中で翼をはためかせて自分を見たネジのドラゴンに向かって大声を上げた。


「いい姿になったなァサビ! それがお前のフリーク能力の本性か!」

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