虚影 part.6

サイレンが鳴り響く路地を、グスタフはシュルディアを小脇に抱えて走っていた。

やがて建物の影に体を滑り込ませて息をつく。

彼はシュルディアを地面に下ろして早口で言った。


「その鉄鋼兵装をスニークモードにするんだ。このままじゃ、どこに逃げても探知される」

「ス、スニークモード?」

「言えば分かる」


短く彼女にそう言って、グスタフは懐から携帯パッドを取り出して動かし始めた。

シュルディアは少し迷っていたが、手に抱えた青い珠に向かって言った。


「サラバトーレさん。スニークモードになれますか?」

<承知しました。当機の出力を80%ダウン。これより降着状態に入ります>


頭の内側に声が響き、青い球体が発していた光が収まり、やがて真っ暗になった。


「サラバトーレさん……?」


不安げに暗くなった珠に呼びかけるが、サラバトーレからの反応はなかった。


「あ、あれ……?」

「一時的に電源を落としてスリープ状態にさせたんだ。心配するな」


グスタフが携帯パッドをポケットにしまって息をつく。

サイレンはまだ鳴り響いていた。

路地の向こうではバタバタという警備隊が走り回っている音がする。

陽が暮れそうだった。


「グスタフさん、どうするの……?」


心配そうにシュルディアに聞かれ、グスタフはその場にしゃがんで姿勢を低くしてから言った。


「サビとアルズがこっちに向かってる。合流して、ここから脱出する。またどこかの飛空艇をいただかないとならないな」

「今までのは……?」

「無理だろ。さっきの黒い鉄鋼兵装はインターポールのものだ。もう俺達の飛空艇だって感知されて、マークされてるよ」


インターポールと聞いて少女が青くなる。


「えっ……? こういうところって、あんまりインターポールの手が回らないんじゃなかったんですか?」

「事情はよく分からんが、警備隊の軍隊じみた動きとかを見ると、街の上層政府にインターポールが絡んでる線が強いな。つまり、国際警察お墨付きの違法都市って訳だ」


厄介だな、と付け加えて大男はシュルディアの手を掴んで脇に座らせた。


「俺の後ろに隠れてろ。もしもの時があったら、その鉄鋼兵装を起動させて、自分の身を守るんだ」

「で、でも私動かし方なんて……それに、今この人止まっちゃってる」

「お前をオペレーターとして認識したんなら、危機的状況になれば自動起動する。そういうもんだ。抱えてることはない、カバンに入れとけ」


グスタフに促され、シュルディアは青い珠をカバンに入れて肩にかけた。



先程サビに連絡をとっていたらしく、程なくしてアルズとサビが路地裏に合流した。

三角巾はどこかに落としたのか、固定具で固められた右腕をしたサビが、荒く息をついてグスタフの脇にしゃがみ込む。


「……鉄鋼兵装を盗んだのか?」


ボソ、と問いかけられ、グスタフは声を低くして彼に囁いた。


「バカ言うな。アレが勝手に起動して、シュルディアをオペレーター登録したらしい。バグってるんじゃないのか?」

「……ありえるな。しかしよりによってシュルディアか……」

「あの子と交信はできるようだ。今はスニークさせてる」

「来る途中でインターポールの鉄鋼兵装とやりあった。アレに乗っているのはジマだな」


その名前を聞いて、グスタフはツルツルの頭を叩いて顔をしかめた。


「あの鬼畜か……」

「能力を使わざるをえなかった。俺の存在を認識していると思う。全力で狩りに来るぞ」

「厄日かよ……」


アルズのマントをかけられ、寒さに若干震えながら小さくなっているシュルディアだったが、そこで突然、頭の裏にサラバトーレの声が響いた。


<熱源感知。こちらに向かってきます。数十六。敵対勢力の可能性75%>


ビクッとしたシュルディアが、振り返ったサビとグスタフに狼狽した顔で言った。


「な……何か近づいてくるって言ってます。数は十六だって……」

「俺、行く」


アルズがずい、と体を乗り出し、しかしグスタフがその肩を掴んで無理矢理に座らせた。


「やめろ。サビ、どうする?」

「……まず間違いなく、人工フリーク兵士だ。うかつに相手をするのは避けたいな」

「人工フリーク……?」


シュルディアが聞き返すと、サビは彼女の方を振り返らずに、建物の影から顔を出して周りの様子を見た。

そして体を戻す。


「インターポールが保有しているフリークの警察官だ。俺達みたいなのを相手にする時に使われる。おそらく、フリーク因子の反応を感知されたんだろう」

「そんなの、いるのか?」


アルズに問いかけられ、サビは頷いた。


「ああ。大体が肉体増強の改造をされてる。十六人も相手をするのは、シュルディアとグスタフを守りながらでは無理だ」

「どうする?」

「一点突破を図るしかないな」


話している彼らを余所に、シュルディアの頭の裏に声が響いた。


<接敵まで概算百二十秒。拒壁を展開しますか? 行動を選択してください>

「きょへきっていうのを展開しますかって聞かれてる……」


頭痛がしてきて頭を抑えながらそう言ったシュルディアの方を見て、サビが口を開いた。


「……成る程。もう居場所がバレてるんなら、表に出ても変わらないか……」

「鉄鋼兵装を使うのか?」


グスタフが焦った様子で問いかける。


「どちらにせよ、シュルディアをオペレーター認定してるんなら、危険が及べば自動起動する。だったら計画的に利用した方がいい」


サビはそう言ってから、シュルディアを見た。


「戦闘形態にならずに、俺達四人を守るように拒壁を展開しろと伝えてくれ」

「わ、分かりました」


シュルディアはどもりながら答え、サラバトーレに向かって呼びかけた。


「サラバトーレさん、戦闘形態にならずに、きょへきの展開をお願いします」

<承知しました>


ブゥン、と電源が入る音がして、カバンの中のサラバトーレが光り出す。

そこでアルズが、懐から連装銃を取り出して前に構えた。

そして間髪をいれずに発砲する。

路地の角から飛び出してきた人影の一人が、正確に頭を撃ち抜かれてその場に転がった。

シュルディアがその光景を見て小さく悲鳴を上げる。

次の瞬間、彼女達を取り囲んでいた周囲からすさまじい勢いで銃撃が始まった。

アルズがとっさにシュルディアを抱きかかえようとして……。

そこで、彼らの周りを、紫色のシャボン膜のようなものが小さく取り囲んだ。

そこに銃弾が撃ち当たって、火花を散らしその場に転がっていく。

波紋のようなものが膜に広がるが、中まで銃弾が侵入してくることはなかった。

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