虚影 part.5

ただ、情報として処理しただけだった。

彼女は、ずっと探していた。

広域スキャンで、自分を動かすことの出来る周波数を持つ脳波の人間を。

何十年も探していたのだ。


それが、唐突に目の前に現れた。


その時確かに彼女の心に去来したのは、一つの単純な理屈。


<また動ける>


そう、思った。

喜怒哀楽の感情など、そんなものはなかった。

かつては自分にそれがあったのか、それとも長い年月で摩耗してしまったのか。

忘れてしまったのか。

それは分からないことだった。

ただ、あの人間をオペレーターとして登録すれば、自分はまた稼働することが出来る。

そう、昔のように。


何故動きたいのか。

動いて何をしたいのか。


サラバトーレにはそれも分からなかった。

何せ、彼女には自分がどうして存在しているのか。

存在して何を為せば良いのか。

それさえも分からなかったからだ。


分からないことだらけだ。

何も分からない。

何一つとして分からない。


ただ、サラバトーレは動けなかった。

そして彼女は動作を停止しなかった。

死ななかった。

死ねなかった。

その想像を絶する虚無の先に、唐突に現れた「脳波の同一者」……。

彼女は、すがるようにその脳波を登録した。

自身をまた動かしてもらえるように。

また、誰かと会話ができるように。


<ジェノサイドロン反応を感知されています。接敵まで一分三十秒>


脳内通信でオペレーターに呼びかける。

それを聞いてシュルディアは路地裏を走りながら青くなった。


「グスタフさん、あと一分三十秒で追いつかれるって!」

「参ったな……! 流石に鉄鋼兵装を相手にはできねぇぞ」

「グスタフ、シュルディア連れて、先、行け」


そこでシュルディアの手を引いていたアルズが、彼女をグスタフに押し付けた。

そしてハンドガンを懐から抜き出して構える。


「アルズ君!」

「シュルディア、こっちだ!」


グスタフが考える間もなく少女の手を引いて更に裏路地に消える。

アルズはそれを横目で確認してから路地の先に向かって何度も発砲した。

警備軍の兵士が数人追いついてきていたのだ。

彼らは建物の影に隠れて、連装銃を構えて飛び出してきた。

それに体中を蜂の巣にされ、アルズはしかし、水のような液体になって飛び散りながらハンドガンを連射した。


「フリークだ! 何かの能力者だぞ!」

「火炎放射器を使え!」

「撃て! 銃撃を緩めるな! 殺せ!」


物騒なことを言って連装銃の引き金を引き続ける兵士達。

路地裏に銃撃音と薬莢の飛び散る音。

そして硝煙の白いモヤが大きく広がる。

アルズはその火薬臭い煙の中、体を何度も銃弾に貫かれながらニヤァと笑った。

血は出ていない。

やがてアルズの体がどろりと溶けて地面に広がった。

マントとカバンが地面に落ちる。


「消えたぞ!」

「油断するな! フリークだぞ!」


あたりを見回す兵士達の足元……。

そのマンホールの隙間から、ゲル状の水色の物体が無音で溢れ出した。

それはたちまちアルズの体を服ごと形成すると、彼は手に持ったサバイバルナイフを、手近な兵士の首筋に突き立てた。

機械化人間だったらしく、硬い感触とともに首のパイプが切断されて黒いオイルが噴出する。

それを顔面に浴びながら、彼は力をなくした兵士を他の兵士達の方に蹴り飛ばした。

そして持っていたハンドガンを連射する。

たちまち頭を撃ち抜かれた兵士達が崩れ落ちる。

荒く息をついて、マントとカバンの方に移動して、彼はそれを拾い上げた。


『……成る程、お前は慣れているようだな』


そこで上空から拡声器でもつかっているのか、大きな声を投げつけられ、アルズはハンドガンを上に向けた。

先程自分達を運んだ銀色の鉄鋼兵装と同じ形をした黒い機体が、背面バックパックを噴出させて空中をホバーしながら、アルズを見下ろしていた。


『あのジェノサイドロンは私のものだ。即刻渡してもらおう』


まだ若い男性の声だった。

アルズはニィ、と笑うと、答えの代わりに黒い鉄鋼兵装に向けて発砲した。

紫色の波紋のようなものが浮いて、そこに銃弾が突き刺さって止まり、落ちる。


『ここにはないな……長居は無用か』


黒い機体はアルズに向けて右手を伸ばした。

手の平に丸い筒のようなものが競り上がる。

それを見たアルズが、ハッとして顔色を変えて後ずさった。

次の瞬間、路地裏の一角が爆発した。

普通の爆薬ではない、何か異常に炎を上げるガスに引火したような爆炎が噴き上がり、瓦礫と煙、炎が撒き散らされる。


『ム……?』


しかし、そこで黒い機体は動きを止めた。

何か丸い盾のようなものが、空中に浮いて回転している。

爆煙と炎はそれで防がれたようだ。

その赤茶けた巨大な盾は、錆びたネジが絡み合って出来ていた。

逃げ遅れて地面に倒れているアルズの首根っこを掴んで、サビが三角巾から右手を出して空に向けている。


「サビ……!」

「立てるか? 逃げるぞ!」


サビはそう言って包帯の巻かれた腕を強く振った。

ネジの群れが唸りを上げて黒い機体に向けて殺到する。

しかしそれは全て紫色の波紋に防がれて弾け飛んだ。

雨嵐のように次々に飛んでくる錆びたネジをうっとおしそうに手で払った黒い機体だったが、すでに裏路地には少年達の姿はなかった。


「フリークの仲間がもう一匹いたのか……」


コクピットの中で忌々しそうに呟き、金色の髪を揺らした青年が歯を噛む。


<ジマ様。ジェノサイドロン反応が離れていきます。追撃しますか?>


スピーカーから機械的な男性の声が響く。

ジマと呼ばれた青年は、バラバラと地面に落ちていく錆びたネジの群れを見て、発しかけていた言葉を止めた。

そして口を裂けそうなほど広げ、面白そうに笑う。


「ハハ……! こんな下劣な街に配属されて腐ってたが、面白い獲物だ」

<獲物……ですか?>

「インターポール本部に連絡だ。あの『サビ』を発見したとな」


ジマは舌でぞめりと唇を濡らして、押し殺した声で言った。


「デッドオアアライブだ。挽肉にして俺の勲章にしてやる……!」

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