虚影 part.4

サラバトーレと名乗った巨大ロボットは、腰を下げると、足元の舞台を砕きながら大きく跳躍した。

そして轟音を立てて客席を踏み潰しながらシュルディアの前に膝をつく。

その頭がスライドし、胸部のハッチが大きく開く。

中にはシートと、人一人が乗れるくらいのスペースがあった。


〈搭乗を願います〉

「乗って欲しいって言ってる……」

「怖がることはない。乗り込んで俺達を掴んで移動するんだ」


グスタフにそう言われ、シュルディアは彼に助けられながらサラバトーレのコックピットによじ登った。

そしてシートに腰を落ち着かせる。

途端彼女の体を、せり上がってきたベルトが何重にもシートに固定した。


「や……きつい……」

<敵性反応を確認。応戦しますか?>


コックピット内に女性の声が大きく響く。

次いで周囲にセットされている大きなモニターが次々に点灯した。

外の様子が映し出されている。

シートの肘掛けの部分には、両手で丸い玉を握るような構造になっていた。


『鉄鋼兵装が起動したぞ!』

『誰かが乗り込んだ! 盗まれるぞ!』

『撃て! 撃て! ここから出すな!』


<攻撃を確認。拒壁を展開します>


サラバトーレはそう言うと、ぐるりと体を回転させて、こちらに向かって走ってくる警備員達に向けて手を伸ばした。

彼らの持っている機銃が一斉に火を噴く。

しかしそれらは、ロボットの手の平から発せられている紫色の波紋のようなものに撃ち当たると、たちまちひしゃげて床に転がった。


<応戦を開始しますか?>


淡々と問いかけられ、シュルディアは慌てて言った。


「駄目! 足元にいる二人は私のお友達なの。連れて、安全な場所に逃げて!」

<承知しました>


サラバトーレは銃撃を力場のようなもので防ぎながら、片手でグスタフとアルズを抱えた。


<周囲MAPをスキャンします……完了。安地率の高い場所に移動します>


冷静な女性の声と共に、次の瞬間、シュルディア達の体をものすごい衝撃が襲った。

サラバトーレが、体に力場をまとったまま大きく跳躍したのだった。

そのまま劇場の天井を突き破り、ロボットは十数メートルも上空に浮かび上がり、次いで背中のバックパックから圧縮された空気を、爆音とともに噴出した。

悲鳴を上げたシュルディア達を乗せて、サラバトーレは街の上空を高速艇のような勢いで移動をはじめた。



「サビ……? サビじゃないか!」


車椅子を正面に向け、ルサーニャが大声を上げる。

片手を三角巾で吊ったサビが、店に入ってくるところだった。


「よおルサーニャ。元気はいいみたいだな」

「さっきグスタフが子供二人を連れて来たよ」

「知ってる。ここに行くように指示したのは俺だ」


サビはそう言ってカウンター前の椅子に腰を下ろした。

ルサーニャは冷蔵庫を開けて瓶を取り出し、蓋を開けてからその前に置いた。


「その怪我どうしたの?」

「ちょっとな。すぐに治る」

「それならいいんだけど……サビ、それより大変なことになってるよ」


そう言ってルサーニャはラジオの電源を入れた。

ノイズ混じりの無線音声が流れ出す。

どうやら警察の無線を盗聴しているらしく、鉄鋼兵装が何者かに盗まれたということを繰り返していた。


「これ、盗んだのグスタフ達じゃないの? あんた、盗みに行かせたの?」


非難がましく彼女に言われ、サビはため息をついて答えた。


「……いや、正規のルートで手に入れるつもりではあった。事情はよく分からんが、起動して動いているのは確かだな……」

「西区の方は大騒ぎだよ。自警軍隊まで出動する騒ぎになってる。何せ、大戦時のジェノサイドロンだ。暴走してたらえらいことだからね……」

「死者は?」

「まだ出てないみたいだけど……」

「成る程な……」


サビはテーブルに置かれたジュースの中身を口にあけて飲み込んでから、懐から札束を取り出してテーブルに置いた。


「あんた……」

「これで、格納されている飛空艇の周辺情報を教えてくれ。頂いてここを去るとする」



かつて、その存在は「サラバトーレ」と呼ばれていた。

どうして彼女に名前を与えたのか。

それは搭乗していたオペレーターにしか知らないことだったし、サラバトーレはそれを教えてもらったことはなかった。

彼女に乗っていたのは、まだ幼い少女だった。

真っ白な髪に、雪のように白い肌をした、生気を感じさせない少女だ。

彼女は鳶色の大きな瞳で、乗り込んだ機体に向けて言った。


「行こう、サラバトーレ。今日も沢山殺すよ」

「承知しました」


搭乗者の言葉をそのまま肯定する。

どうして殺すのか。

何のために殺すのか。

それはサラバトーレには分からないことだったし、分かる必要がないことでもあった。


彼女達は、同じような鉄鋼兵装を沢山破壊した。


いつしかサラバトーレと少女のタッグは「白銀の天使」と称される脅威として、あらゆる警戒網に登録された。

しかし、戦争は戦争だった。

大規模な核爆発に巻き込まれ、サラバトーレは半壊。

オペレーターであった少女は、被曝であっけなく死んだ。


今から数十年も前の話だ。


記録されているのは、血まみれでシートに体を預けた少女が、小さな声で歌っていた歌。

そして、徐々にその体温が消えていくデータ。

墜落していく機体。

衝突、衝撃。

その時、彼女達の戦争は終わった。


終わった、はずだった。


サラバトーレは壊れなかった。

解体され、コアだけで管理されていたが、やがてその存在は忘れ去られていった。

彼女たち「ロボット」はオペレーターの権限がないと動かない。

脳波感知で動くように設計はされているが、登録されていた少女の脳波に合致する周波を持つ人間は、いなかった。

いつしか白銀の天使は、ただの骨董品としてゴミのような扱いを受け……。

そしてオークションに出されていたのだった。



街の外れ。

路地裏に着地したサラバトーレを構成するパーツが、急速にコクピット後ろの丸い玉に吸い込まれていく。

数秒も経たずにシュルディアは、丸い玉を手に持った状態で地面に立っていた。

グスタフとアルズも半分目を丸くしながら荒く息をついている。

巨大なロボットはもうどこにもいなかった。

丸い玉に収納されたらしい。

一抱えほどのそれを持ったまま、シュルディアは不安そうな顔でグスタフを見た。

遠くの方で警報が鳴り響いているのが聞こえる。

今ここがどのあたりなのか分からないが、オークションは明らかに失敗したのは把握できた。


<現在安地に避難しました。待機モードに入ります>


頭の中にサラバトーレの声が響く。

シュルディアは服の埃を払って立ち上がったグスタフを見て言った。


「待機モードに入るって言ってる……」

「まさかこんな形で鉄鋼兵装を手に入れることになるとはな……」


グスタフは困った顔で頭を掻いて、カバンからタブレットを取り出した。

そして何事かを打ち込んで送信する。


「サビに連絡をとった。すぐに合流するだろう」

「グスタフ」


そこでアルズが押し殺した声を発した。

彼は丸い玉を抱いているシュルディアを引き寄せると、庇うように自分のマントで覆った。

そこは歓楽街の一区画だった。

しかし路地を出たところに多数の兵士が連装銃を構えて走っているのが見える。


「成る程……元々落札させるつもりはなかったな。こいつ」


グスタフは苦虫を噛み潰すような顔で言った。


「どういうこと……?」


アルズにしがみつきながらシュルディアが言うと、大男は溜息をついて続けた。


「オークションではよくある話だ。八百長みたいなもんだ。すでに落札先は決まっていて、それでいてオークション形式を取る。今回は落札前に俺達が分捕ったから、本来の落札予定者が怒り狂ってると言う訳だ」

「そんな……でも、私盗もうとして盗んだわけじゃ……」

「判ってる。鉄鋼兵装は自分でオペレーターを選ぶんだ。それがたまたまお前さんだったってわけだ。シュルディアは悪くない」

「グスタフ、どうする? このまま、出れない」


アルズが周囲に鋭い視線を走らせながら言う。

彼がシュルディアを抱く手の反対側でハンドガンを握っているのを見て、少女はハッとして体を硬直させた。


「新しい飛空艇は諦めて、今までのやつで逃げる。まずはサビと合流しないとな」


グスタフはタブレットで地図を確認しながら、路地裏の奥に向けて歩き出した。

そこで三人は同時に空を見上げた。

ジェット噴射の音が、少し離れた場所でしたのだ。


<ジェノサイドロン反応1感知。応戦しますか?>


頭の中に響く声に答えられず、シュルディアは唖然と口を開けた。

サラバトーレと同じような、真っ黒い巨大なロボットが飛んでいるのが遠くに見える。


「こりゃ、悠長にもしてられねえか……走れ!」


グスタフが大声を上げて走り出す。

アルズに手を引かれて、シュルディアも走り出す。

片手で持った玉が青白く明滅していた。

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