第5話 虚影

虚影 part.1

「変な街……」


シュルディアはそう呟いて、不満そうに隣を見上げた。

タブレットを操作しながら道を確認していた、半機械化人間のグスタフが彼女のことを見下ろす。


「ん? 何か言ったか?」

「ううん……」


首を振って、少女は小さくため息をついた。

そして目の前に広がる砂上都市を見る。

彼女が捕まっていた帝都と似た作りの都市だった。

砂嵐から住居エリアを守るために高い壁が周囲を囲んでいて、中央には電波塔がそびえ立っている。

大きく違ったのは、そこは炭鉱都市ではなかった、ということだった。

赤や黄色、ピンク色の電動ネオンが、昼間だと言うのにギラついている、気味の悪い店が立ち並ぶ街だ。

少女がそう感じたのも無理はなかった。


歓楽都市、と呼ばれる、世界政府に都市登録をしていないエリア。


エバーザルという、所謂無法地帯だ。

人売り、人買いの温床ともなっている。

ドギツイ色のネオンの店も、つまりはそういうわけだ。

しかし、逆にそのような無法地帯はサビ達のような立場の者にとっては都合が良かった。

市民証もパスポートも必要なく、金で全てが解決する社会。

数日前からサビとグスタフはエバーザルに飛空艇を停泊させていたが、詳しく理由を語ろうとはしなかった。

特にサビは、少し前にジョゼに撃たれた右肩の怪我が悪化していた。

三角巾で腕をつったまま眠っている彼を飛空艇の休憩室に置いて、グスタフ、そしてアルズと一緒に外の散策に出てきたのだ。


「サビさん、大丈夫かな……」


シュルディアがそう言うと、グスタフは大股に歩きながら答えた。


「少し化膿してるだけだ。あれくらいでどうにかなるようなタマじゃない。ただ、薬は要るな」

「薬……」

「お前らだって飲んでるだろ。あれ、無限にあるわけじゃない。俺達が毎回、こういう街で調達してるんだ」


それを聞いて、シュルディアの脇に寄り添うようにしていたアルズが、マントのポケットに手を入れて薬瓶を取り出す。

そしてカラカラと振った。


「グスタフ、忘れてた。俺の、もう殆どない」

「だろうとは思ってたよ。お前らのは軽度だから、土地を移動しても緩和剤は見つかるんだがな。サビのはちょっと特殊なんだ。だから今から買い付けに行く」

「サビさんを飛空艇に一人にしていていいんですか?」


シュルディアが心配そうに聞くと、グスタフは呆れたように息をついた。


「余計な気遣いだろう。それに、ここには警察の手は絶対に回らない。むしろ空を飛んでるより安全だ」

「なら……いいんですけど……」


俯いたシュルディアの顔をアルズが覗き込んだ。


「どうした? 具合、悪いか?」


問いかけられ、彼女は曖昧な表情で彼に笑ってみせた。


「大丈夫。ちょっと疲れただけ……」

「もうちょっとだ。ああ、アルズはシュルディアから離れるなよ。ここらは気を抜いたらすぐ人攫いが出るからな。シュルディアなんて格好のマトだ」


冗談とも本気ともつかない脅しのような文句を言ってから、彼はカバンにタブレットをしまった。


「まだやってるといいけどな……」

「知り合いのお店に行くんですか?」


大股の彼に一生懸命ついていきながら、シュルディアが言う。

グスタフは周囲でヘラヘラした顔でチラシ等を配っている男達を手で追い払いながら頷いた。


「この辺にあったはずなんだが……」

「こんなところで薬屋さん……?」

「いや、薬屋じゃない。質屋だ」


シュルディアの言葉を打ち消して、グスタフは裏路地に通じる通りで足を止めた。


「ああ、あそこだ」


少し歩いた先に、半分壊れたネオンと電光掲示板が見える。

そこにはシュルディアには読めない文字で何かが流れるように表示されていた。



ガラン、ガラン、とベルを鳴らしながら古ぼけた店の中に入る。

カビ臭いにおいが充満していた。


「ルサーニャ、いるのか?」


グスタフが薄暗い店内に向かって口を開く。

肩身が狭そうにシュルディアとアルズが入ってきて彼の隣に並び、扉を閉めた。


「そんな大声を出さなくても聞こえてるよ」


ウィィィ……というモーターの駆動音がして、たくさんの棚が並んでいる奥から、電動車椅子に乗った人影が現れた。

シュルディアはその人を見た瞬間、ギョッとして体をすくめた。

スカートを履いた、二十代前後の若い女性だった。

しかし、足がない。

太ももから下が存在していないのか、スカート越しにもはっきり分かる。

ルサーニャと呼ばれた女性はグスタフを見ると、口元を呆れたように歪ませてからカウンター前に車椅子を移動させた。


「久しぶりだね、解体屋」

「その名前は嫌いなんだ、やめてくれ」


パタパタと顔の前で手を振り、グスタフはカウンター前の椅子に腰を下ろした。

そして所在なさげに立ち尽くしているシュルディア達を見る。


「ほら、こっちに来て座れ」


促されておどおどと椅子に座ったシュルディアと、警戒しているのか彼女の脇に立ったアルズを見て、ルサーニャは怪訝そうにグスタフに言った。


「子連れとは珍しいね」

「事情があってな」

「人間のにおいはしないね。二人共フリークか」


彼女に端的に言われ、シュルディアは一気に体を硬直させた。

彼女の様子を見てアルズが顔をしかめる。


「そんな怖い顔をするんじゃないよ。別に取って食おうって訳じゃない」


ルサーニャはそう言って車椅子を操作して冷蔵庫の方に向かい、瓶入りのジュースを四本抜き出した。

そのうち三本を乱暴にグスタフに投げる。

グスタフは器用にそれをキャッチすると、シュルディアとアルズの前に置いた。


「……で、サビはどうしたんだい?」


プシュ、と開栓して中身を口に流し込んだグスタフに、彼女が聞く。

大男はスキンヘッドの頭を掻いてから答えた。


「……参ったな。どうして俺がサビと行動していることを知ってるんだ?」

「どうしてって……ここは質屋だよ? 時たま『情報』を担保に金を借りてくヤツがいるもんでね。まぁ、今回の場合、それがバンジバルの機密文書のひとつだっただけ」

「おいおい……商品だろ?」

「どうせ回収になんざ来ないよ」


ルサーニャは瓶の蓋を開けたシュルディアと、自分の瓶をカバンにしまったアルズを見た。


「そっちの子達については、詳しく書かれてなかったね」

「サージェアンデがインターポールの検挙で潰されててな。保護できる場所に連れて行く途中だ」

「保護?」


彼女は素っ頓狂な声を上げると、体を曲げて面白そうに笑いだした。


「ハハ、何を言い出すかと思えば」

「そう笑ってくれるなよ。サビは至って真面目だ」

「北東で一番の反武装組織だったサージェアンデが容赦なく潰されてるんだ。他の保護組織だって同じだよ」


それを聞いて、シュルディアは目を見開いてグスタフを見上げた。


「え……」


グスタフはシュルディアの方を見ずに、瓶をカウンターに置いた。


「子供の前だぞ」

「連れてきたのはお前さんだろ?」


ルサーニャは赤茶けてボサボサの長い髪を掻き上げて、疲れたような顔で彼に続けた。


「……で? そんな与太話をしに来たわけじゃないんだろ?」

「まぁ……サビのことが判ってるなら話は早い。ジプレヒキトキリンに近い薬が欲しい。調合は俺がやる」

「あるけど……高いよ?」

「カネならある」


グスタフはそう言ってポケットに手を突っ込み、ずっしりとした札束をドン、とカウンターに置いた。

ルサーニャは呆れたように息をつくとそれを受け取り、枚数を数え始めた。


「アシがつくようなものじゃないんだろうね?」

「さぁな。何かあったらサビに言ってくれ」

「どうやって文句を言やあいいんだよ」


毒づきながら、彼女は札束をレジに突っ込んだ。


「まぁ、金額分くらいは用意するよ」

「助かる。あともう一つ」


グスタフはそう言って、顔の前で人差し指を立てた。


「オークションの次の開催日を聞きたい」

「オークション?」


ルサーニャはそう言って、怪訝そうにグスタフを見た。


「何か狙ってるものでもあるのかい?」

「帝都で盗んできた飛空艇がそろそろ限界でな。新しいヤツが欲しい。それと……」

「…………」


黙り込んだ彼女を見ながら、グスタフは言った。


「鉄鋼兵装が出品されてるって聞いてな」

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