眼 part.6

古い小さなシェルターで、エレオノールがアラガルンに対して行ったのは、本当に「治療」だった。

多数の投薬、点滴や注射。

衰弱していた少年は簡素なベッドに寝かされ、汚れた毛布を体にかけられながら天井を見ていた。

不思議と抵抗する気は起きなかった。

何より、少女に指示される通りに薬を飲んでしばらくして、頭痛がかなり緩和されていた。

視界が徐々にクリアになってくる。


「…………」


アラガルンは、足に取り付けられた機器のコードを見てから、周りを動き回って作業をしている少女に向かって言った。


「……あんた、機関の人間?」


問いかけられたエレオノールは、少し意外そうに彼を見てから小さく笑った。

そして点滴袋に薬を入れてゆっくりと混ぜながら言う。


「ええ。あなたみたいな改造人間は、沢山見てきたわ」

「……へぇ……」

「だから治療ができるっていうわけ」


アラガルンの腕に点滴針を差し込んでテープで固定してから、彼女は隣の椅子に腰を下ろして息をついた。


「俺を治療して、どうする?」

「…………なかなか難しいことを聞くのね」


フフ、と声を上げてから、彼女はテーブルに乗っていたコーヒーカップを持ち上げ、中の液体を口につけた。


「もう機関は存在していないわ。それは、知っているでしょう?

「…………」」

「だからあなたを助ける目的も、助けたあとどうするかも、そういうのは別にないなぁ……」


考え込んだ少女に、少年は怪訝そうに言った。


「何の意味もねぇのに俺を助けるのか?」

「人を助けるのに意味ってあるのかしら……」


苦い息を吐いてから、コーヒーカップをテーブルに戻して彼女は続けた。


「人を殺すことに、意味はないのと同じよ」

「…………」

「ねぇ、どうかしら? ありあわせの投薬だけど、だいぶ楽になってきた筈よ」

「楽には……なってる」

「うふふ……」


応答してもらえたことが嬉しかったらしく、エレオノールは小さく笑った。

そのはにかんだような笑みを受け、アラガルンは視線を彼女の顔から離した。


「……俺を助けても、あんたには何の得もない」


繰り返すように言った彼に、彼女は応えた。


「そうね……でも、楽になったでしょう?」

「……変な女だな……」

「よく言われるわ」


ニコッと笑い、彼女は首を傾げるようにしてアラガルンの顔を見下ろした。


「大丈夫、ここには人は寄り付かないわ」

「…………」

「あなたを元気にしてあげる。その後、私をどうしてくれたって構わない。その代わり……」

「…………」

「私と、少しお話をしない?」


少女の声は、カラカラと回る換気扇の空虚な音に紛れ、そして消えた。



機械音がした。

モーターの駆動音が幾千幾万も響き渡り、周囲にビリビリと反響している。

砂嵐をかき分けるようにして、その巨大な「何か」は、四足歩行の足を振り上げた。

そして手近な戦車にむけて鉄槌のように振り下ろす。

金属が潰れる嫌な音がした後、爆炎と轟音を上げて戦車の駆動炉が爆発した。


「アアアアアアアアアア!」


その化物は、大きく口を開けて咆哮した。

その電磁波を含んだ叫びは、周囲の通信を阻害し、電子機器を狂わせる。


『チィ……! H56か……!』


ジョゼが舌打ちをして体を反転させる。

サビも飛び退って、体の周りにネジの化物を滞留させながら腰を落とした。

彼の足からボタボタと血が垂れている。

大量の手榴弾の爆発でやられた傷だった。


彼らの前には、象のような怪物がいた。


体中に歯車やコード類が接続されていて、それが動いて異音を発している。

所々から火花や真っ黒いオイルが漏れ出していた。

その象のような機械の小山……。

額に当たる部分に、人間の頭があった。

白目を向いているそれが、後頭部からコードを大量にはやしてくっついている。

体は機械の海に埋没して見えないようだ。

機械の象は体の各部から爆発の音を立てながらまた足を踏み出した。

そして戦車を蹴散らしながら、預言塔に向かって移動を再開する。


「ジェラード……」


サビは少しの間、その惨状を見て言葉を失っていたが、やがて歯を噛んで呟いた。


「今、楽にしてやる……!」


彼は両手を振り上げると、勢いよく地面に叩きつけた。

サビが触れた場所がざわざわと振動し、地面から蜂の大群のように凄まじい量の錆びたネジが噴出した。

それら全てが先端を機械象に向けて回転しながら吹き飛んでいく。

化物は、鈍く光るカメラアイでそれを見ると、大きく上体をそらして、両足でズゥン、と地面を叩いた。

サビがした時と同じように地面が振動し、そこからコードや歯車の類が、ものすごい勢いで噴き出した。

それらとネジの群れが衝突し、衝撃波のような空気の歪みを発する。

サビは駆け出そうとして……しかし両足に受けた傷の痛みに体を硬直させた。

その脇を、右手にハンドガンを構えたジョゼが駆け抜けた。

そして人間業とは思えない動きで地面を蹴り、機械の象に向かって跳躍する。

風に煽られて実に数メートルも舞い上がった彼は、一瞬のうちにその背に着地した。

そのまま象の頭の部分に転がっていき、彼はハンドガンを正面に向けた。

そこで化物が大きく体を震わせた。

弾き飛ばされた形になったジョゼが宙を舞う。


「やめろ!」


サビが絶叫した。

ジョゼは眼下で自分を見上げるサビを見て、口元を曲げてニヤリと笑った。

そして機械象の頭部にくっついている人間の頭……。

「ジェラード」の頭部に向けて、連続して銃弾を発射した。

それと、化物から銃弾のようにコードが伸びてジョゼに殺到したのはほぼ同時だった。

ジョゼがそれらに体中を貫かれ、同時にジェラードの頭部に複数の銃弾が突き刺さった。


「アアアアアアアアア……!」


機械象が再び絶叫した。

ジョゼの体が砂嵐に煽られ、預言塔の脇に突き刺さるように落下して転がる。

化物……「ジェラード」は、ガクガクと体を震わせ……そしてその歯車とコードで構築された体が、徐々に崩れ始めた。

あたりにそれらが小山のように散乱し……。

やがて、体に突き刺さったコードを抜いたジョゼが、足を引きずりながら、その真ん中に倒れていた青年に近づいた。

うつ伏せに倒れている彼はもう動かなかったが、ジョゼは無表情でその頭に向けて何度も引き金を引いた。

そこで彼は、弾かれたように顔を上げた。

預言塔の出入り口に、点々と血が垂れているのが見える。


『アンリ。H56を始末したが、サビに預言塔に入られた。後を追う!』


マスクの奥の通信機に声を発してから歯噛みして、ジョゼはよろめきながら預言塔に向かって走り出した。

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