眼 part.4

「…………ッ」


体中を叩きつけるような砂嵐の猛威に、シュルディアは堪らず、自分を支えるアルズの体にしがみついた。

小さな彼女が吹き飛ばされそうになっているのを察して、白髪の少年は自分の体で覆うように、シュルディアのことを抱えた。

同じく防塵コートを目深に被ったサビとグスタフが先を進んでいる。

そこで、ふとサビが足を止めて弾かれたように顔を上げた。

グスタフがそれに気づき、耳元の近距離通信機を起動する。


『サビ、どうした?』


サビも同様に通信機を起動して、言葉を返した。


『フリークの反応だ。これは……』

『大巫女のものじゃないのか?』

『違う。これは「腐敗者」の反応だ』


サビがそう言うと、グスタフは息を呑んで口をつぐんだ。

マスクの奥で不安げな顔をして、シュルディアはアルズに支えられながら口を開いた。


『腐敗者……?』

『だとしたらバンジバルの連中が、ここまでの警戒網を張っているのも合点がいく』


サビはシュルディアに答えず、グスタフのことを見上げた。


『……応戦する。アルズとシュルディアを、戦闘とは真逆の方向に退避させろ』

『チィ、とんだ厄日だぜ』


グスタフは一言吐き捨て、アルズとシュルディアに向き直った。


『ここに化け物が近づいている。すぐに戦争になる。戦うのはサビに任せて、俺達は避難するぞ』

『戦争……』


シュルディアはその単語を聞いて青くなった。

そしてアルズの腕から抜け出して、サビに駆け寄る。

彼女はサビの手を握って強く言った。


『サビさん、行ってはいけません。どうにかしてここから逃げましょう』

『…………』


サビは無言で、シュルディアのことを見下ろした。


『戦争なんて悲しいことは、もうしないで。だって……だってあなたは、私を助けてくれた優しい人じゃないですか!』

『…………』

『私は嬉しかった。サビさんが私を、あそこから連れ出してくれなかったら、私はきっと死んでいました。でもまだ生きてる。生きることが出来てる。あなたのおかげなんです』


シュルディアは、マスクの奥で涙を流していた。


『殺すなんて悲しいこと言わないで。戦争なんてしないで。一緒に……』

『シュルディア』


サビは、そこでやっと口を開いた。

言葉を止められた少女の手を強く握り返しそして離してから、彼は応えた。


『戦争は、まだ終わっちゃいない』

『え……?』


重く、冷たいサビの言葉だった。


『戦いは、まるで終わっていない。俺が背負ったカルマも消えることはない。俺は、どれだけの年月をかけても、それをこの手で精算しなければいけないんだ』

『でも……!』

『つけた傷痕は一生消えない。永遠に残り続ける。その傷痕を消すためには抉り出さなければいけない。消さなければならない。それこそ、お前の言う「戦争を終わらせるために」俺は、ダストフリークを救い続けれなければいけない』

『…………』

『だから……』

『教えてください……』


シュルディアは砂嵐の中、サビの手を握って俯いた。


『じゃあどうして、私を助けたんですか……?』


サビは少し沈黙した。

彼は近づいてきたアルズにシュルディアを渡すと、防塵コートのフードを目深に被り直した。


『行ってくる』

『サビさん!』


シュルディアが大声を上げる。

サビが後ずさるように砂嵐の中に紛れて走り出す。

たちまちのうちに見えなくなった彼を追いかけようとしたシュルディアの肩を、アルズが掴んで止めた。

グスタフが困ったように歯噛みしてから口を開く。


『少し離れた場所に、廃棄されたシェルターがあるようだ。そこに移動する』

『…………』


唇を噛んで俯いているシュルディアの肩を叩き、グスタフは言った。


『行くぞ。こんなところで行き倒れちゃ、サビに文句を言うことさえできやしねえ』


少女は少し迷っていたが、やがて大男のことを見上げてコクリと頷いた。



(どうして助けた……か)


サビは砂嵐の中を走りながら自嘲気味に笑った。


(そんなこと、言えるわけがないじゃないか)


そこで彼の首筋にビリリという電流のような衝撃が走った。

サビは足を止め、数メートル先も不明瞭にしか見えない砂嵐を見上げた。

何か、小山のように巨大なものが凄まじい速度で近づいてくるのが見えていた。

重火器と砲撃の音も僅かに聞こえる。


(この反応は……ジェラード……)


バンジバルの機動隊と接敵したらしい。

不明瞭な視界の向こうに、数十メートル程の大きさの歪な「異形」が見えた。

機動隊は戦車を持ち出しているようだ。

砲弾がその小山に次々と着弾しているが、全く効果を与えていないようだった。


(ステラを迎えに来たのか……)


歯を噛んで、サビは小山の戦闘区画から反対方向に向かって走り出した。

彼が向かう先は、預言塔。

目的は悪魔でも大巫女を消すことだ。

彼は、しかし砂漠の真ん中にそびえ立つ白い塔の入り口……その前で足を止めた。

両手にハンドガンを構えたジョゼが、そこに立っていたからだった。


『久しぶりだなクリーチャー……』


防塵コートの短距離通信に、彼の声が割り込んでくる。

ジョゼは黒いコートにマスクをつけただけの軽装だった。


『お前に構っているヒマはない』

『つれないな。久しぶりの再会じゃないか』


ジョゼは少し離れた場所で爆発が続いているのを見もせずに、サビに向かって足を踏み出した。


『エレオノールに贖う決心はついたか?』


そう問いかけられ、サビは口をつぐんだ。

そしてしばらくして押し殺した声を発する。


『そこをどけ、ジョゼ・クリストファー・ケント。お互い争っている状況でもないと思うが?』

『どくわけにはいかない。私の任務は、大巫女の警護だ』


ジョゼはマスクの奥の口を、裂けそうな程に開いて笑った。


『お前を消して、その後にH56号を破壊すれば問題はないだろう』

『それができるならやってみるんだな』

『言われなくてもそうするさ』


ジョゼが砂嵐の中、地面を踏みしめて一気に数メートルも上空に跳躍した。

その機械の目が何度も収縮し、彼はハンドガンの引き金を何回も引いた。

砂嵐の猛風に煽られ、銃弾が流れるようにサビに向かって吹き飛ぶ。

サビは腰を落とし、足を踏みしめた。

彼が踏んだ地面がザワザワと振動し、錆びたネジが幾百、幾千も噴水のように吹き上がった。

銃弾がそれに巻き込まれ、叩き落とされる。

ジョゼは空中で更に何度も銃撃を繰り返しながら、サビの背後に出現したネジの化物が凪いだ腕を、空中で身を反転させてかわした。

そしてゴロゴロと地面を転がる。

次の瞬間、大量の手榴弾がサビの足元に向かって転がった。

それらのピンについていた合成繊維の糸を強く引き、数メートル離れたジョゼが高笑いをする。

火柱と鉄礫が周囲に吹き上がった。


『……ッ……』


歯噛みして、サビは地面を転がった。

コートの所々が焦げていて、手榴弾に内蔵されていた鉄礫の一つが右足首にめり込んでいた。

ジョゼも例外ではなかった。

火柱でコートの一部が焼け飛んでいて、鉄礫を防御した左腕が露出している。

そこには、小さく火花を上げている機械の腕があった。


『玉砕覚悟か』


サビが吐き捨てるように言うと、ジョゼは歪んだ奇妙な表情のままハンドガンを構えた。


『元よりそのつもりだ……!』


何度も銃撃をする。

風に煽られて銃弾の軌道は変わっているが、それを計算しているのか、正確にサビに向かって着弾する。

ネジの集合体……その化物が蛇のようにしなり、銃弾を叩き落とす。

しかしそのうちの一つに触れた瞬間、網膜を焼くほどのまばゆい光が走った。

閃光弾が混じっていたのだ。

不意を突かれて視界を失ったサビが思わず後ずさる。

ジョゼはその一瞬のスキを逃さずにサビに踊りかかった。

そしてハンドガンを握った右腕を振り上げ、反応が遅れた少年の頬に拳を叩き込む。

一拍遅れてネジの化物がしなり、ジョゼの右腕を凪いだ。

互いに反対方向に吹き飛び、ゴロゴロと転がる。

殴られてマスクが外れたサビが、口の端が切れたのか血を流しながら立ち上がる。

ジョゼもすぐに立ち上がったが、その右腕は肩口からちぎり取られていた。

少し離れた場所に転がっている。

切断面からはバヂバヂと機械の白い光が走っていた。

サビは身をかがめて、変形したマスクを顔につけた。


『貴様の罪を贖え……クリーチャー……』


右手を失い、しかしジョゼは左手でハンドガンを構えながら叫んだ。


『なかったことにするつもりか! 貴様が殺した全てを! エレオノールの命を! お前を愛した女の存在を!』


サビがその声を聞いてハッとする。

ジョゼが地面を蹴ってサビに殺到しようとする。

そこで、小山のような「何か」が、機動隊の戦車を踏み潰しながら凄まじい速度で二人の戦闘域に乱入した。

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