眼 part.3

「主……?」


シュルディアが怪訝そうに言ってグスタフを見る。


「で、でも警備隊って……あの……」


過去追い回された経験がある彼女が、恐怖で僅かに震えだす。

アルズがシュルディアの肩を掴んで安心させるように目配せしてから、サビを見た。


「じゃあ。どうする? 多分。ここ、もう包囲されてる。砂嵐、止む。攻撃される」

「だろうな」


どうでもよさそうにサビはそう答えて、ヘッドホンの奥の音声を聞き取ろうとしていた。

やがて周波数が合致したのか、彼は目を細めてしばらく集中していた。

そしてヘッドホンをグスタフに放ってから言う。


「いずれにせよ待ってるだけじゃジリ貧だ。急いでここを出るぞ」

「出るのはいいんですけど……こんなに砂嵐が強かったら……」


尻込みしたシュルディアに向き直り、サビは続けた。


「ここから1キロ先の地点に『預言塔』と呼ばれている場所がある」

「預言塔……?」


首を傾げた彼女に頷き、サビは自分の鞄の中身をチェックし始めた。


「その最上階にいるフリークを始末する。それが今回の目的だ」

「始末って……」


シュルディアの顔色が変わった。

彼女は少し迷っていたが、顔を上げてサビに近づいた。

そして彼の顔を見上げて言う。


「サビさん……教えてください」

「……何をだ?」

「始末って、どうして?」

「…………」

「私のことを『ダストナンバーズ』だって、前に呼びましたよね? それと関係があるんですか?」

「…………ああ」

「でもそれじゃ殺し屋と変わりません。私は、サビさんにそんなことをして欲しくありません」


シュルディアの声は、いつもの自信がない調子ではなかった。

しっかりとした信念を持った芯がある言葉を受け、サビは一瞬彼女の眼から視線を離した。


「…………」

「逃げましょう? 今ならまだやり過ごせるかもしれません。それに、戦闘になったらまた、沢山の人が犠牲に……」

「悪いが話は後だ。準備をしろ。ここを出る」


サビが無理矢理にシュルディアの言葉を打ち切ろうとする。

しかしシュルディアは、もう一歩前に出てサビの服を掴んだ。


「サビさん、ちゃんと私の話を聞いてください!」

「詳しいことは後で話す。今はそんな場合じゃ……」

「この前だってサビさんはそう言いました。その前だって! 結局、でも何も教えてくれない。私はサビさんについていきます。でも、意味が分からないままサビさんが傷ついていくのを見るのは、もっと嫌なんです!」


少女の言葉を聞き、サビはため息をついた。


「お前な……」

「まぁ落ち着け二人共。確かにシュルディアの言うことも一理ある」


腕組みをしたグスタフが口を挟む。

彼はスキンヘッドの頭をボリボリと掻いてから、アルズを見た。


「アルズ、お前はとにかく、最優先でシュルディアを守れ。この子に関しては、バンジバルの連中は手荒な真似はしないと思うが万が一ということもある」

「……分かった」


アルズはコクリと頷き、奥の寝室へと消えた。

着替えてくるつもりらしい。


「シュルディア」


グスタフは、苦虫を噛み潰したような顔をしているサビに変わって少女に言った。


「確かにお前に説明していないことは沢山ある。納得出来ないことだってあるだろう。もう、サビや俺の行動に関わっちまってるからな。だからこれだけは教えておく」

「…………」


伺うように自分を見たシュルディアに、グスタフは言った。


「サビは、『リスト』に載っているフリーク……『ダスト』と呼ばれる者達全てを抹消するために、何十年も昔から一人で旅をしてる」

「何……十年……?」


言われた意味が分からず、シュルディアが聞き返す。

グスタフは頷いて続けた。


「それこそ、俺が子供の頃からこいつは……」

「グスタフ」


サビが短く、大男の話を止めた。

グスタフは頭をまた掻いてから続けた。


「……いずれにせよだ。ここにいるフリーク……預言塔の大巫女と呼ばれている女には、預言の能力があってな。消さなければ、こちらの行動はバンジバル政権に筒抜けなんだ」

「消すって……」

「お前を安全な場所に送り届けるという、当初の目的も達成できなくなる。そのための作戦だ」


グスタフに諭すように言われ、シュルディアは息を詰まらせて黙り込んだ。

下を向いた彼女の背を、立ち上がったグスタフが手で押す。


「着替えて来い。お前とアルズは防護コートとマスクをつけたほうがいい。ここの砂嵐は有毒だ」


シュルディアは頷いて……しかしサビを見て一言呟くように言った。


「サビさんは……それでいいんですか?」

「…………」


サビはそれに答えなかった。

寝室に入っていったシュルディアを見て、サビがもう一つため息をつく。

グスタフが鞄の中に計器を詰め込みながら言う。


「気にするなよ。子供にはよくある」

「まぁな……お前もそうだった」

「それを言われちゃ立つ瀬がないな」


軽口を交わしながら、サビは歯を噛んで窓の外の砂嵐を見た。



「…………」


大巫女の病室に通され、ジョゼは眠っている黒髪の少女を見下ろした。

その機械の両目が伸縮し、何度か動いてピントを合わせる。

メガネを指先で直してから、彼は懐から安タバコの箱を取り出した。


「刑事様、ここで喫煙はご遠慮ください」


傍らの医師に強く止められ、ジョゼは軽く手を上げて答えた。


「そんな事は解っています。こう、狭苦しいところだと咥えていないと落ち着かないもので」

「…………」


不満げな顔をしている医師達を見回し、ジョゼは言った。


「皆さん、少し……席を外してくれませんか? 大巫女様と話がしたいもので」

「席を外すのは構いませんが……意識は……」

「構いません。五分程いただければ十分です」


ジョゼに言われ、医師達が顔を見合わせ、やれやれと言った態度でゾロゾロと部屋を出ていく。

ジョゼは病室の扉が締まったのを確認し、脇においてあった椅子を引き寄せてベッドの脇に置いた。

そしてそこに座り込み、またメガネを直す。


「……やぁ……ステラ。久しぶりだね」


呼びかけて、ジョゼは反応がない少女の顔に視線を落とした。


「忙しくてね。なかなか会いに来れなかった。元気そうで安心したよ。きっといい夢を見ていると嬉しい」

「…………」


ピピッ……と音がした。

ステラ、と呼ばれた少女の体に接続されたケーブルが取り付けられている計器の、心拍数を示す値が若干乱れている。

それを横目で見ながらジョゼは続けた。


「サビが来ているそうだね。多分、君を始末しに来たんだ」

「…………」

「それと……関係があるかは分からないが、ジェラードが脱獄してね。ここに向かっている」


ジェラード。

その単語を聞いて反応したのか、ステラの心音計がピッ……ピッ……と強く音を発し始めた。

ジョゼは息をついて、火のついていないタバコを指先で摘んで携帯灰皿にグリグリと押し付けた。


「……君を連れて行くつもりなんだろうが、おそらくもう正常な意識はない。悪いが、彼のことはここで処分させてもらう」


ピッ……ピッ……ピッ……。


断続的に心音が鳴る。

ジョゼは苦しそうに、絞り出すように言った。


「……納得してくれ。私は、それでも君が、幸せな夢を見続けることができるのかどうか、自信がないんだ」


手を伸ばして、ジョゼはそっと、痩せ細ったステラの手を掴んだ。

そして両手で包み込むようにして、額をコツン、と祈る姿勢で当てる。


「私は君を恨んではいないよ……あの日、君の予知した通りに、エレオノールはサビに殺された。そして私はサビを捕らえた。あいつを殺すことが、できなかった……」

「…………」

「結果、君が預言した通りになった。サビはすぐに脱獄し、ナンバーフリークをリスト毎に殺して回っている」

「…………」

「……次は君の番だ」


空調の音。

心音計の音。

微かな、呼吸の音がやけに大きく響いていた。


「教えてくれステラ。君の預言は、大事な所が抜けている」

「…………」

「君は誰に殺される? 判っているんだろう。教えてくれ……」

「…………」

「私は…………」


ジョゼは絞り出すように言った。


「君まで失いたくはないんだ……」


そこで、ジョゼの携帯が振動した。

彼は息をついてステラの手をベッドに置くと、ポケットに手を入れて携帯端末を取り出した。

ボタンを押して耳に当てる。


「どうした?」

『やられたわね。あちらさんもこっちの行動を読んでる』


アンリの吐き捨てるような声に、ジョゼは椅子から立ち上がって聞いた。


「サビか?」

『砂嵐を強行突破して、奴らの飛行船に機動隊を突入させたんだけど、もぬけの殻よ。砂嵐も収まる気配はないし、熱感感知のレーダーも使えない。突入をもう少し早めるべきだった……』

「過ぎたことを言っても仕方ないだろう。落ち着け」

『分かってるわ。そっちは?』

「特に異常は報告されていない。ただ……」


壁の時計を見上げ、ジョゼは言った。


「預言によると、あと五分でH56の襲撃がある。私はヤツの始末をする。君は引き続き、機動隊と連絡をとりながら警備を維持してくれ。もしかしたら……」

『…………』

「H56は、『完全腐敗』しているのかもしれない」

『何ですって……? で、でもそんな預言はどこにも……』

「今回の大巫女の預言は、所々大事な所が抜けている。意図的に隠しているんだ。もしH56が腐敗しながら進んでいるんだとしたら、警備隊は役には立たない。私が直接始末するしかない」

『装備は?』


腰のホルスターからハンドガンを抜き出し、ジョゼは言った。


「そのために準備をしてきたんだ。心配ない」

『任せるわ。接敵したら映像を回して』

「了解した」


短くやり取りをして通話を切る。

そしてジョゼは、携帯端末からコードを伸ばして耳元に接続した。

そして端末をポケットに仕舞い、ジッパーを締める。

そこで医師達が慌てた様子で病室に駆け込んできた。


「刑事様! いらっしゃいますか!」

「……敵か!」


ハンドガンを手に構えてジョゼが医師達をかき分けるようにして歩き出す。


「どこから来た!」

「南の方角から、物凄い速度で……な、なにか巨大なものが近づいてきています! 砂嵐でレーダー感知が遅れました……!」

「やはり……」


歯を噛んでジョゼは廊下を走り始めた。


「ジェラード……もう、ステラのことしか判らなくなっているのか……!」

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