眼 part.2

『以上が今回の任務の内容よ』

「…………」


バインダーに挟まれた紙の資料をめくりながら、背の高い、黒いコートを着た男が息をつく。

テーブルの上に乗った携帯端末からイヤホンコードが伸びており、それが彼の首筋に開いた穴に接続されていた。


『ちょっと、ジョゼ。聞いてるの?』


通信の向こうから非難めいた声をかけられ、ジョゼはバインダーをテーブルに放った。

そして咥えていた安タバコを指で摘み、フーッ、と息を吐く。


「……聞いてるよ」

『今回の目的は、あくまでも脱獄したH56号の抹消。サビは、もちろん接触したら戦闘は避けられないだろうけど、この前みたいに深追いをしては駄目』

「分かってる」

『分かってないだろうから念を押しているのよ』


通話の向こうで、女性……アンリはきつく吐き捨てるように言うと、苛立った声で続けた。


『預言塔の滞在時間はそんなには取れないわ。大巫女の啓示は確認できた?』

「今データを送る」


ジョゼはそう言ってメガネを指で上げると、首筋の接続部を指で操作した。

携帯端末に彼の見た紙資料の映像が高速で流れて、向こう側に送信される。

アンリはしばらくそれを確認していたが、やがて


『……成る程ね』


と言って息をついた。


「H56の消去は確実に行う。元より、ヤツの狙いはおそらく大巫女だ。どちらにせよ交戦はすることになるだろう」

『問題は……』


アンリが少し言い淀んでから続ける。


『……この予言内容だと、あなたをサビが「殺す」という形になっているわ』

「大巫女の啓示は絶対だ」


ジョゼは腰のホルスターからハンドガンを抜き出し、弾倉に弾丸が入っていることを確認した。

そしてカショ、と音を立てて戻す。


「私がここでサビに殺されるのは確定事項のようだ。だが、タダでは死なん」

『ジョゼ、あなた……』

「刺し違えてでもあいつを葬り去る」


ギリ……と歯を噛んで、ジョゼは呟くように言った。


「それが、エレオノールに対する唯一の手向けなんだ」

『……気持ちはわかるけど、大巫女の預言を読み違えている可能性もあるわ。至急解析班に回すから、ヤケにならないように』

「分かってる」

『ジョゼ』


アンリは静かに、子供に言い聞かせるように言った。


『私は、あなたに死んで欲しくない』

「…………」

『だって、あなたは……』


ジョゼは、そこで首から通信ケーブルを抜いた。

彼の機械の瞳がモーター音を立てて何度か収縮する。

通信を切って端末をポケットに入れた所で、白衣の医師が数名、ジョゼが待機している部屋に足を踏み入れた。

彼らはジョゼが持っているハンドガンを見てギョッとした顔をした。


「預言塔の中で、武器の携帯は禁じられています」


医師の一人がそう言うと、ジョゼは立ち上がって銃をホルスターにしまった。

そして頭を下げ、ポケットから黒い名刺を一枚取り出して差し出す。


「インターポールのジョゼです。磁気嵐で到着が遅れました」

「あなたが……」


医師達が顔を見合わせてジョゼから距離を取る。

明らかに警戒されているのを気にしていないのか、ジョゼはテーブルの上に名刺と、小さな紙にハンコ等が押された令状を取り出して並べた。


「インターポールより、私への銃の携行許可が出ています。問題がありましたら、本部へ抗議をしてください」

「いえ……問題などは……」


医師達が明らかに狼狽した顔を見合わせている。

ジョゼはバインダーを手に取ると、それをめくってから口を開いた。


「大巫女様と面会は?」

「今は再び昏睡状態となっています。病室にお通しすることは可能ですが、意思疎通は取れないかと……」

「問題ありません。解析班からの連絡によりますと、大巫女様の命が狙われています。それは、先程私の到着前に連絡が入っている筈です」

「お聞きしております。何でも、監獄から脱走したフリークがこちらに向かっていると……」

「預言塔の周りには五重に警備網を張っていますが、万が一という形もあります。私が、最終防衛として大巫女様の警護につきます」

「成る程……」


不安そうな医師達を見回し、ジョゼは続けた。


「警備プランの説明をしたいのですが、大巫女様の病室に移動してもよろしいか?」



「どうするサビ? これじゃ近づけねえぞ」


あまりにも砂嵐が酷いので、飛空艇を山の影に停泊させてから、既に数時間が経過していた。

近くの高性能電波無線を盗聴していたグスタフが、ノイズが酷い中の交信を聞きながら舌打ちをする。


「完全に俺達の行動が読まれてる。バンジバルの機動隊で五重警備網だそうだ。とてもじゃないが預言塔に近づくのは諦めたほうがいい。大立ち回りになるぞ」

「何言ってんだ。こうなることが分かっててここに来たんだ」


サビは冷静な顔つきでグスタフからヘッドホンを受け取り、片方を耳に当てた。


「『あいつ』のフリーク能力はそういうものだ。俺が来ることだって、相当前から解っていた筈だ」

「じゃあ尚更打つ手なしってとこだ。それに……」


グスタフは操縦席で太い腕を組んで声音を落とし、言った。


「ジョゼがいる」

「…………」

「大巫女の警備についているらしい。お前、次にあいつに遭ったら確実に殺さなくてはいけなくなるぞ」

「……そうだな」

「この前みたいな生ぬるいやり過ごしで追い払える相手じゃない。そもそもあいつはお前を……」

「グスタフさん、いる?」


そこで細い声で呼びかけられ、グスタフは指を伸ばして盗聴していた通信機のスイッチを切った。

操縦室にシュルディアが入って来るところだった。


「どうした? もう寝たのかと思ってたぞ」


グスタフに言われ、シュルディアはボサボサの髪の毛を指先で直しながら答えた。


「ううん。寝てたんだけど、アルズ君が起こしてきて。何だかお話があるみたい」

「アルズが?」


グスタフがそう言うと、シュルディアの後ろから、彼女と同様に寝巻きを羽織った白髪の少年……アルズが顔をのぞかせた。

操縦席は狭いので中には入らず、彼はどもりながら口を開いた。


「グスタフ。嫌な感じ、する。とても、嫌な感じ。ここ、もうすぐ攻撃。来る。撃墜される。離れた方がいい」


アルズの断言するような言葉を聞いて、グスタフの顔色が変わった。


「何だって? お前らには詳しいことを話してないはずだが……」

「野生の勘ってやつだろ。フリークはそういうのが強いんだ」


サビが何でもないことのように言って、アルズを見た。


「おい、白いの。嫌な感覚はどこらへんからだ?」

「近い。首ビリビリする。俺、応戦しよう思う」

「やめとけ。蜂の巣にされるのがオチだ」


サビはそう言って操縦席の外を見た。

巻き上がった砂と微細な鉄くず等が、ガンガンという音を立てて強化ガラスにぶつかっている。

飛空艇自体もグラグラと揺れていた。

事情を知らないシュルディアが不安そうにサビを見た。


「どういうことですか……? また……」

「バンジバルの警備隊の奴らに、捕捉されている。だいぶ前からな。この砂嵐で近づいてこれないようだが、それも時間の問題だ」

「じゃ、じゃあ離れなきゃ……早く逃げましょう!」


慌てて少女が言うと、サビは彼女を目で落ち着かせてから盗聴器のスイッチを入れ、ヘッドホンの片方を耳に当てた。


「駄目だ。ここの『主』に用がある」

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