第4話 眼

眼 part.1

星を見ていた。

その瞳は何も写すものはなく。

反射している光だけが、彼女が生きているという僅かな反応を示していた。

しかし、彼女は星を見ていた。

合成リノリウムで覆われた白い病室。

白い壁、白い天井、白い床。

彼女はその真中のベッドに横たわっていた。

体には薄い毛布がかけられ、痩せ細った腕には多量の点滴針が差し込まれ、台に接続されている。

天井には異様なほど明るい蛍光灯が、わずかにブレながら光を発していた。

ブレているのは電力供給に波があるからだ。

少女の足には計器が取り付けられ、それは壁に繋がっていた。

壁には大きなモニターが設置されている。

病院服を着た医師達が、彼女の周りを歩き、いろいろなデータをとっている。

時折少女は瞬きをするが、それは生物的なただの反応であり、意識があるようには見えない。

美しい少女だった。

長い黒髪は手入れがされているのか、顔の脇に流すようにしてセットされている。

年の頃は十七、八程だろうか。

整った顔だったが、生気はなかった。


「大巫女様、覚醒されました」


医師の一人が言うと、部屋の中に緊迫した空気が走った。



「星?」


そう、聞いた。

彼は私の問いを聞いて、少し考えてから答えた。


「ああ、星だ。この空の向こう側には、幾万、幾億と数えきれない星がある。俺達が生きているこの世界は、その中のほんの一つでしかない」

「ここ以外にも同じような所があるの?」

「同じようなことをしているのかはわからないがな」


彼は手を伸ばして、私の頭を撫でてくれた。

温かい感触。

優しい感触。

私は彼の体にもたれかかり、空を見上げた。

光化学スモッグで覆われた空は、真っ黒なドブ沼のような色をしている。


「いつの頃からか、俺達の世界はヘドロに覆われてしまった」


彼は私を抱き寄せながらそう言った。

目を閉じて彼の服を掴みながら、私は聞いた。


「……ヘドロ?」

「空は覆い隠され、海は穢れ、大地は徐々に崩れていく。俺達は緩やかなアポカリクファの中にいる。望むと、望まざるとに関わらず」

「黒い空の向こう側に……」


私は小さな声で呟いた。

本当に、そんな事があるのかどうか。

それが分からなかったから。

自信を持って言うことができなかったのだ。


「もし、こんなに汚れていない世界があるのなら」

「…………」

「いつか、あなたと一緒に行きたいな」

「ああ……」


彼は、寒空に白い息を吐きながら私に笑いかけた。


「そうだな……」

「星を見てみたい。沢山の星を」


空に、眼をやった。

何も見えないヘドロが滞留する空に。

その向こうにきらめくものが。

可能性がたくさんあるのなら。

それは、何だかとても素敵なことのように思えたのだ。


「あるよ」


彼は私の頭をもう一度撫でて、そして笑った。


「星は、お前の手の届く所にいつも。あるんだよ……」



「啓示が流れます」

「心拍数に注意を」

「テトロドキオンの投与量を倍に」

「キシリトンアンプルを用意」

「反応速度三十五。意識データがラビリンスに転送されます」


医師達が口々に言葉をかわす。

そこで、ジジ……とノイズがかかった音がしてモニターに電源が点いた。

そして黒画面にカーソルが点滅し、しばらくして文字列が表示され始める。


『Freak』

『Rubigo』

『Mors』

『Fuga』

『Rubigo』

『Fuggggggggggggggg』


「意識レベルが低下していきます!」

「アンプルを投与! 接続を切るんだ!」


医師達がバタバタと動き出す。

画面には狂ったように意味不明な文字列が表示されていた。


『Stella』


その単語を最後に、ブヅン、という音がしてモニターの電源が切れる。


「解読班に回せ! 急げ!」

「大巫女様に安定剤を!」


少女は、星を見ていた。

幾万、幾億も輝く光り輝く宝石のようなものを。

彼女は、見ていた。

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