黒い海 part.8

「へぇ……」


サビは小さく呟き、口の端を歪めた。

多数の機械化人間達が死体となって転がっている。

そして、黒い機械人形……クラッシャー達も、ぐちゃぐちゃのスクラップになって投げ出されていた。


「……クソの役にも立ちァしねェ」


濁った声が聞こえた。

停泊している飛行船のタラップから、風になびいているコートのポケットに手を突っ込んだ男が、ゆっくりと降りてくるところだった。

彼の体の周りには、灰色の煙のようなものがまとわりついている。


「最後に信じられるのは自分だけってな。なぁ? サビ」


呼びかけられ、サビは男の方を見た。

痩せた、細い体の男だった。

まるで骸骨のような落ち窪んだ目をしている。

脱色したかのように灰褐色の髪の毛を首のあたりで一つにまとめていた。


「よぉ、久しぶりだなサンジェルマン」


サビも口を開いてそれに答える。

サンジェルマンと呼ばれた男は、首の骨をポキポキと鳴らすと、周囲の惨状を意にも介していない顔で続けた。


「ダイバー共に、クラッシャーをけしかけさせたのはてめぇだな。おかげでウチの乗組員が半壊だ。大打撃だよ。積荷にも多大な被害が出てる」

「そいつは災難だったな」


どうでも良さそうにそう言って、サビはコートのポケットから薬瓶を取り出し、中身をザラザラと口に入れた。

噛み砕いて飲み込んでから、彼は暗い表情で小さく笑った。


「……俺には関係のねえ話だ」

「おいおい……同じアーキタイプのよしみで、お前に手を出すのは避けようとしてやったんだぜ? わざわざ、この俺が。それをここまでやっておいて、関係ねえじゃすまねえだろ。なァ?」


薄ら寒い顔でクックックと笑いながら、サンジェルマンは背中を丸めて足を踏み出した。


「またやるか? 戦争。前からてめぇは気に食わなかったんだ。その頭ァ、インターポールに持ってけばよ。今回の被害は帳消しにできるなァ……」

「戦争になりゃぁいいけどな」


彼の言葉を鼻で笑い、サビは右手を前に伸ばした。


「サンジェルマン・クリーパー。お前には賞金が出てる。昔のよしみで、苦しまずに逝かせてやるよ」

「そいつは光栄だ」


サンジェルマンの周りを滞留している灰色の煙が、渦を巻いて周囲に広がり始めた。

煙に触れた鉄骨がひしゃげて、なにか強い力に押しつぶされるかのように圧壊されていく。

サビの体から数千数万の錆びたネジが溢れ出し、浮き上がって彼の体を守るように周囲を回転し始めた。


「あの頃は良かった……」


サンジェルマンが吐き捨てるように言って、地面を蹴って駆け出した。

そしてたちまちのうちにサビに肉薄し、灰色の煙をまとわりつかせた腕を振り下ろす。

サビはそれを受けることはせず、体を捻ってかわした。

彼らの足元に煙が突き刺さり、滅茶苦茶に圧壊されて破片が飛び散り始める。

サビは体を反転させ、地面に右手をつけた。

そして力を込める。

鉄骨がザワザワと振動し、次の瞬間、地面から凄まじい勢いで赤く錆びたネジの群れが噴出した。


「あの頃は楽しかったなァ! サビ! 殺し放題、暴れ放題だった!」


ネジの濁流に飲み込まれ、サンジェルマンが黒い海に向かって吹き飛ばされる。

彼は歯を強く噛むと、意識を前方のネジの波に集中させた。

灰色の煙が一気に広がり、折り重なった鉄錆の塊を包み込む。

一瞬後、空気を揺るがす重低音がしてネジの群れがひしゃげて砕け散った。

防波堤の上に着地し、サンジェルマンが体を起こしたサビを見下ろす。


「なぁサビ。なるべく接触しねぇつもりではあったが、しちまったのは仕方ねぇ。お前、俺を手伝う気はねェか?」

「…………」


無言のサビに、彼は両手を脇に広げて大声を上げた。


「今のバンジバル政権は大した力をもっていねえ! 今こそ、俺たち生き残りが力を合わせれば……あいつらを永遠に葬り去れる! 殺し、奪い、犯し、ヤりたい放題できる! 俺とお前の力が合わさりゃ、あいつらだってもう手出しはできねえ」

「…………何言ってる?」

「スカウトだよスカウト! お前の能力を見込んで交渉してるんだ!」


馬鹿笑いをはじめたサンジェルマンだったが、その目が、眼下のサビの体がネジの群れになって崩れたのが見えた。


「交渉ってのは対等な立場でやるもんだ」


耳元で声が聞こえ、サンジェルマンがビクッとする。

そこで考える間もなく、サビが繰り出した拳が彼の頬に突き刺さった。

いつの間にか、ネジの群れに紛れて防波堤に登ってきていたらしい。

体勢を崩したサンジェルマンが、防波堤にしがみついて何とか海への落下を回避する。

その真上に立ち、サビは無表情で彼に向けて右手を伸ばした。


「サビィ……てめぇ……」

「…………」

「殺すのか? あの時みたいにまた、仲間を! てめぇはいつもそうだ! 寄り添うふりをしていつだって俺達を欺いてきた! そうやってまた、俺を殺すのか!」

「…………」

「……楽しいだろォ? 何だぁそのニヤケ顔……」


サビの口元が、歪んでいた。

それは怒りから来るのか、悲しみから来るのか。

それとも単なる優越感なのか。

それは、サビ自身にも分からないことだった。


「殺し合いは楽しいよなァ? もっと話を……」

「黙れ」


サビはサンジェルマンがぶら下がっている防波堤の、彼の指を踏みつけた。

悲鳴を上げた彼に、サビは続けた。


「俺は、お前ら『ダストナンバーズ』を抹消するために旅をしてる。サンジェルマン。お前も例外ではない」

「ダスト……?」


それを聞いて、サンジェルマンは面白そうにクックックと笑った。


「ダストナンバーズ? お前もまた同じじゃねえか!」

「…………」

「戦争はまだ終わってねぇ……サビ、俺達で終わらせるんだ。俺達『ナンバーズ』で戦争を……」


サンジェルマンがそこまで言った時だった。


「団長……!」


連装銃を構えたアルズが、大声を上げて物陰から飛び出してきた。

それを見たサンジェルマンが、勝ち誇ったように怒鳴る。


「いいぞアルズ! こいつを撃て!」

「…………」


一瞬身を固くしたサビだったが、アルズは連装銃をサンジェルマンに向けていた。


「……はァ?」

「…………」


素っ頓狂な声を上げた彼に、少年は頭痛を片手で押さえながら言った。


「団長、ひとつ、聞きたい」

「んな場合か! 早く俺を……」

「忘れてたこと。女の人。俺、その人、見捨てた」


アルズがそう言うと、サンジェルマンの顔色が変わった。

彼は防波堤に捕まっている方と逆の腕でポケットからスイッチのようなものを取り出した。


「クソ……意識制御が……」

「あの人。俺の……」

「俺を……!」


サンジェルマンがスイッチをアルズに向け、怒鳴ろうとする。

サビはそれを見て、無表情で彼の指を踏みにじり、黒い海に突き落とした。



『随分と古い情報だ。断片だけど残ってはいたよ』


狭い部屋の中、ダイバー二十三号の声を聞いて、サビはカードを端末に入れて操作した。


『へぇ? 君には何の得もない情報だろう』

「どの道、サンジェルマンの死亡確認がされれば賞金で元は取れる」

『確かにね』


ガリガリガリと点が印字された紙が吐き出される。


『大規模なフリーク狩りがあった。その時の陣頭指揮を取っていたのがサンジェルマンだね。おそらく、そこで……』

「世話になった。クラッシャーはもう引き上げてるんだろうな?」

『サンジェルマンの海賊船をバンジバル政権に引き渡したら、全て撤収させるよ』

「成る程な」

『出ていくなら早めにね。いつ頃経つんだい?』

「もうお前に余計な情報は流さないことにしたんだ」

『へぇ?』


サビは紙を手にとって鞄にしまってから吐き捨てた。


「これ以上面倒に巻き込まれたら、もう元は取れないからな」



シュルディアが小さく呻いて目を開けた。

既に飛空艇が飛び立ち、数日が経過していた。

呼吸器は外されていたが、体の各所に点滴がなされている。

猛烈な倦怠感の中、咳をした彼女に脇でタブレットを弄っていたグスタフが声をかけた。


「お、目を覚ましたか。俺の言葉は聞こえるか?」

「グスタフ……さん……?」


力が入らない。

グスタフに助けられて上半身を起こし、シュルディアは、ソファーに大の字になってサビが眠っているのを見た。


「あの島は……離れたんですか?」

「ああ。お前、ダラウランで汚染された海に落ちて被爆してたんだ。まだしばらく熱は引かないだろうから、絶対安静だ」

「汚染……」


そこまで言って、彼女は部屋の隅に、居心地が悪そうに白髪の少年が座っているのに気がついた。


「あ……」


小さく呟いて、少し考える。

視線をそらそうとしたアルズだったが、やがてシュルディアがニッコリと笑ったのを見て、困ったように床を見た。


「こいつはアルズ。しばらくお前の護衛係として、俺が雇用した」

「護衛係……?」

「ほら、何してんだ。挨拶もできねえのか」


グスタフがアルズに近づき、ドン、と背中を押す。

よろめきながらシュルディアに近づいた少年は、困ったように視線をさまよわせ、そして言った。


「……悪かった。具合。大丈夫なのか?」

「うん……」


シュルディアは小さく笑って、手を伸ばした。

そしてアルズの手を、両手で包み込む。

その温かさにハッとした彼に、少女は言った。


「ありがとう……守ってくれて……」


ソファーに大の字になって眠っていたサビが、薄目を開けてその様子を見る。

やがて彼は寝返りを打ち、また寝息を立て始めた。

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