黒い海 part.7

「……どういう展開だ……?」


体に包帯やバンドをぐるぐる巻きに巻き付けているグスタフが、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

破壊されたシェルターのソファーに腰を下ろしている彼の前には、熱に浮かされて断続的に息をしているシュルディアが投げ出されていた。

少し離れた所に、連装銃を片手で構えた少年が、無表情でグスタフにそれを突きつけている。

彼は押し殺した声で言った。


「その女。治せ」

「人を撃ちまくって強奪しておいて良く言う。それは都合ってもんが良すぎるんじゃないのか……?」


グスタフはそう言いながら腰を上げ、シュルディアに近づいた。

そして彼女の頭に手をやり、脈を測る。

少女の意識はないようだ。

かなりの高熱だった。


「海に落としたな……」


グスタフは歯を噛みながら、唸るように言った。

そして少年に向かって怒鳴り声を上げる。


「この辺りの海域はダラウラン放射能で汚染されきってる。子供でさえも知ってる! 何故海に落とした! 拐っておいて……何故こんな残酷なことをした!」

「…………」


少年の瞳が少しの間、戸惑うように揺らいだ。

それは機械的なものではなく、確かに人間の感情だった。

しかし彼は、グスタフの頭に銃口を向け直すと、噛み砕くようにゆっくりと言った。


「治せ。殺すぞ」

「銃を降ろせ。俺は医者だ。治療を始める」

「…………」

「降ろせ! お前はこれ以上医者に銃を向ける程下劣なのか!」


グスタフの言葉は、少年の心をたしかに抉ったらしかった。

彼がわずかによろめき、そして連装銃を降ろして脇のガレキに腰を下ろす。

そのままざんばらの髪の奥で瞳を光らせながら睨みつける。

グスタフはシュルディアを持ち上げてベッドに寝かせると、鞄に入っている医療道具をテーブルに並べ始めた。

そして点滴台を組み立て、作業を始める。

少年がしばらくそれを見ていると、グスタフはきつい調子で彼に言葉を投げつけた。


「何をしてる」

「…………?」

「手伝え。お前に撃ちまくられて、うまく体が動かないんだ」


目を白黒とさせ、少年が少し迷ってから近づく。

グスタフはやっとシュルディアの腕に点滴針を差し込んだところだった。


「ダラウラン被爆症の患者は、時間を置けばショック症状を起こす場合が多い。そうなれば厄介だが、被爆からまだ時間がそんなに経っていない。助けることは十分可能だ」


明らかにホッとした顔をした少年に、大男は続けた。


「ヨードナンダルのアンプルを寄越せ」

「…………?」

「そこの黒い瓶だ。落として割るなよ。在庫が少ない」


指示された通り、少年はアンプルをとってグスタフに渡した。



しばらく施術は続き、やがてグスタフは息をついてシュルディアの体に毛布をかけた。

薬がきいてきたらしく、少女の顔色と呼吸が安定している。

喉には呼吸器とカテーテルが差し込まれていた。


「肺に汚染が到達してなくて良かった。これでもう大丈夫だ」

「…………」


少年は呆けたように、ベッドに寝かされている少女を見ていた。

やがて、自分が破壊したシェルターを見回す。

グスタフは懐から携帯端末を取り出し、向こう側に何事かを説明していた。


「……ああ。どういう風の吹き回しか分からんが、そいつが目の前にいる。シュルディアが海に落ちたらしくてな。今ヨードを投与して容態が安定したところだ」


流石に疲れたのか、少年がベッドの脇にドッカリと腰を下ろす。

そして考え込むように口をつぐんだ彼に、携帯端末をポケットにしまいながらグスタフが言った。


「何だ? もう威嚇はしてこないのか」

「…………」


感情の読めない顔でグスタフを見上げ、少年は言った。


「……どのくらい。動かせる?」

「三日は安静にさせないと駄目だ。無理をすれば間違いなくこの子は死ぬぞ」

「…………」

「ダラウラン汚染の恐ろしさを知らないわけではないだろう」


グスタフに言われ、そこで少年の脳裏に、地面にボロ雑巾のように転がる女性の姿がフラッシュバックした。

周囲には彼女が吐き散らした血液が散乱している。

額を抑え、彼は懐から薬瓶を取り出し、中から錠剤を一粒出した。

それを口に入れた様子を見て、グスタフが怪訝そうに言った。


「それは?」

「もらった。これを飲む。頭痛、止まる。こいつ言った。止まった。嘘じゃなかった」


紋切り型にそう答えた彼に、グスタフは呆れたようにため息をついてみせた。


「……全く。自分をさらった誘拐犯に薬与えてどうすんだ……」

「クラッシャー。うろついてる。危険。守る。できなかった」


ギリ……と歯を噛んで、少年は言葉を絞り出した。

彼が握りしめた連装銃がきしんだ音をたてる。


「俺は、弱い。失敗した」

「…………」


グスタフは少し沈黙していたが、やがて半壊した冷蔵庫から水の瓶を取り出した。

そして一本を少年に投げて渡す。


「俺はグスタフ。お前、名前は何て言う?」

「…………」


問いかけられた意味が分からなかったようで、しばらく少年はキョトンとしていた。

そして遅れて、彼は言った。


「団長、俺、アルズ呼ぶ」

「アルズか。この子はシュルディアだ」

「シュルディア……」


アルズは少女の名前を反芻して、寝息を立てている彼女の顔を見下ろした。


「…………」

「クラッシャーを起動したのはダイバー達だな。お前の船の『団長』が、アーキクリーチャーだと言う情報、存外に流れるのが早かった」

「団長……? 何だ?」

「いや、何。こっちもやられっぱなしでいるつもりはないんでね」


グスタフは暗い笑みを口元に浮かべ、アルズを見下ろした。


「どうだ、お前どうせもう船には戻れんだろう。お前らの『団長』を一緒に始末しないか?」

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