黒い海 part.5

「団長、団長!」


少し離れた路地裏で足を止め、少年はやっと無造作にシュルディアを地面に落とした。

そして携帯端末を耳に当てて押し殺した声で応答を求める。

しかし通信の向こうからは、妨害電波によるものなのか、高音のノイズが響いてきただけだった。

舌打ちをして携帯端末をポケットに突っ込む。

そこでシュルディアが青くなって少年に言った。


「あ、あの……」

「…………?」


怪訝そうな顔で見下され、少女は引きつった声で続けた。


「肩……ひどい怪我……」


そこでやっと少年は、自分の肩が先程の回転ノコで抉られていることに気づいたらしかった。

彼は無言で首の骨を鳴らし、骨までザックリ抉れている肩に力を込めた。

傷口がザワザワと振動を始める。

やがて血が止まり、ゲルのように溶けた傷口が塞がっていった。

数秒も経たずに元通りになった肩をグルグルと回し、彼はシュルディアを見た。


「怪我……?」

「え……ええ……?」


困惑の表情を浮かべている彼女の、手錠で繋がった腕を引いて立たせる。


「クラッシャーがいる。危険」

「クラッシャー……?」


あの黒い物体のことだろうか。

さっぱり事情が分からなかったが、シュルディアは少年が苦々しげな顔をしているのを見て言葉を止めた。

彼は神経質そうに、手に持った連装銃を弄っていた。


「あの……」

「…………」


面倒臭そうに少女に向き直って、少年は口を開いた。


「何だ?」

「私を誘拐して、どうするんですか……?」


問いかけられた意味が分からなかったらしく、彼は軽く首を傾げた。


「どうする……?」

「はい……そちらも、何だか大変な状況なようですし……」


モゴモゴと自信なさげに小さな声で言ったシュルディアから視線を離し、少年は物陰から首を出して外の様子をうかがい、体を戻した。


「知らない」

「え……?」

「団長、女連れてこい言った。理由? 知らない」

「理由も分からないのに、グスタフさんを撃ったんですか……?」


何だこいつ、という顔で見下され、しかしシュルディアは歯を噛んでまっすぐ少年を見上げた。


「それって変です……理由もないのに人を傷つけて、いいわけがありません……」


か細い声だったが、そこには怒りが感じ取れた。

少年はそこで初めて困惑した表情を浮かべた。

どう答えたらいいのか、分からなかったのだ。

シュルディアは色を感じさせない淡々とした少年の目から視線をそらして、手錠にかけられている方ではない手で、自分のコートを握った。

その手が僅かに震えている。


「グ、グスタフさん、大怪我をしたかもしれないです……私を、帰してください……」

「…………」

「あなたには、何もしませんから……」


少年は首を傾げ、ゆっくりとそれに答えた。


「団長、女連れてこい言った。連れて行かない、俺、制裁。痛い。それは嫌だ」

「制裁って……」

「黙って着いてこい。殺すぞ」

「あなたは、私を殺すことはできないでしょう……?」


シュルディアにそう言われ、少年は目を白黒とさせた。


「あ?」

「連れて行かないといけないのでしょう? だから、あなたは私を傷つける事はできないはずです。できるなら……もうとっくにやってる」

「…………」


少年はシュルディアに向き直った。

そのくすんだ鳶色の瞳に見つめられ、少女が震えながら彼の顔を見上げる。


「行きたくないです……帰してください……お願い……」


懇願され、しかし少年は無表情で答えた。


「団長の言うこと、絶対。お前の意見、知らない。理由、知らない。俺、お前、連れて行く」

「…………」

「絶対にだ」


確固たる意思を含んだ硬い言葉だった。

シュルディアがそれでも食い下がろうとし……そこで少年の反応が遅れた。

空を切って飛来した長い鉄釘のようなものが、鈍い音を立てて、彼の背中に突き刺さり胸まで抜けた。

十数本の鉄釘に蜂の巣にされながら、少年は舌打ちをしてシュルディアを抱えようとした。

そこでまた飛来音が響き渡り、今度は少年の足に鉄釘が次々と刺さっていく。


「……ぐ……」


よろめいた彼に引きずられるように、シュルディアが体勢を崩す。

その目に、路地の向こう……少し離れた場所に三体の黒い影があるのが映った。

太い腕をこちらに向けて伸ばしている。

一瞬遅れて、また鉄釘がそれらの指から発射され、雨嵐のように降り注いだ。

少年はとっさにシュルディアを抱きかかえた。

彼の体中に鉄釘が突き刺さる。

たまらず血の塊を吐き出した彼が地面に倒れ込む。

シュルディアは無我夢中で少年の体を引いた。

死に物狂いだった。

考える間もなく、シュルディアは少年の体ともつれあって、少し離れた、僅かに崩れている防波壁の方に走り出した。

そしてもつれあって、黒いヌラヌラした海に飛び込む。

少年と少女が沈んだ黒い海を、走ってきた機械の化け物達が赤い瞳で見下ろしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る