黒い海 part.4

「殺すぞ。黙れ」


しかし、冷たい調子で言葉を投げ捨てられて、シュルディアはヒクッ、と喉を鳴らして言葉を飲み込んだ。

乱暴に腕を掴まれて、出口の方に引きずられる。

グスタフはガクガクと震えながら彼女の方に手を伸ばし……そして金属音を立てて地面にうつ伏せに倒れ込んだ。



「起きろ、グスタフ」


頭の上から声をかけられ、グスタフのカメラアイが、ハッとしたように点灯した。

次いで、彼は立ち上がろうとして両肩の関節が外れているのにうめき声を上げた。

サビがフーッ、と呆れたように息を吐いてしゃがみこむ。

そして所々が破壊されて帯電の火花を散らしているグスタフの体を見る。


「手ひどくやられたな。待ってろ。応急処置はする」

「クソッ……取り敢えず肩の関節をどうにかしてくれ。腕さえ治れば自分で修復(オペ)は出来る」

「分かってる。落ち着け」


サビは馴れた手つきでグスタフの壊れた両腕を掴むと、ケーブルと砕けた関節を繋ぎ始めた。

そして自分の鞄から工具を取り出し、換えの部品をすばやく取り付け始める。


「応急だ。後は自分でなんとかしろ」

「助かる……」


数分でグスタフの太い両腕に電源が入り、モーターの駆動音と共に動き出した。

背中からオイルと血を流しながら、大男が体を起こして立ち上がろうとし、崩れ落ちる。


「少し座ってろ。奴らの目的は機械化人間じゃないらしい」


サビはグスタフに彼の鞄を放り投げてから、銃痕が放射状に走って滅茶滅茶に壊されている部屋の中を見回した。

壁の自動精算機が破壊されており、千切れたケーブルと電線から火花が走っている。

扉は内部から、何か強い力で蝶番が引きちぎられており、脇に投げ捨てられていた。


「……機械化人間の仕業じゃない……」


サビはそう言って、自分の体を工具で修理し始めたグスタフの脇に移動した。

そしてやけに濡れている床にしゃがむ。

指先で濡れている部分を触ると、粘性の感触とともにゲル状の透明な物体が糸を引いた。


「……フリークだ。それも、戦闘用だな」

「全く気配を感じないままに侵入された。このザマだ……」


吐き捨て、グスタフは掠れた金属音を立てながらサビのことを見上げた。


「シュルディアが連れていかれた。すまん」

「見りゃ分かる」


意外にも落ち着いた様子でそう言い、サビは鞄から穴が空いた紙を一枚取り出して眺めた。


「……ダイバー二十三号には接触できたのか?」

「悪かった。『交渉』にだいぶ時間がかかっちまった」

「じゃあ、この状況は……」

「ああ。あいつの作り出した意図的なもんだ。入国の時点からシュルディアは見張られていた」


サビがグスタフに紙を差し出す。

大男はそれを受け取り、カメラアイを収縮させて見つめ、歯を噛んだ。


「何だって……? アジャドが人間狩りをしてるのか」

「そのようだ。俺達の着艦許可を出す前に、こっちの情報はすべてアジャド側にリークされてる。あちらさんも、相当なカネを積んだようだな」

「シュルディアが、宝石を出せるフリークだっていうことはバレてるのか?」

「おそらくな。あいつを連れて行ったフリークが何なのかは分からんが、すぐに手荒な行為に及ぶことはないだろう。問題は、だ」


サビはそう言って、もう一枚の紙をグスタフに放った。


「今のアジャドの総取りをしている男だ」

「こいつは……」


その紙を摘んで、転写されていた白黒の写真を見てグスタフが歯噛みする。

監獄のような場所で、両手を捻り上げられて壁に固定され、目と口にバンドをつけられた痩せぎすの男の写真だった。


「エンシェントフリーク、十六番……」

「…………」

「まずいぞ……」


顔色が変わって、グスタフはガクガクと震えながら立ち上がった。


「……考えている時間が惜しい。シュルディアを助けに行くぞ」

「落ち着け」

「落ち着いていられるか! 相手はあのサンジェルマン・クリーパーだぞ!」


グスタフが大声を上げてサビに詰め寄る。


「危険すぎる。早く助けないと……」

「分かってる。もう手は打ってある」


サビは壊された扉の方を睨みつけながら、押し殺した声で言った。


「言ったろ。『交渉』は終わった。後は……」

「…………」

「ロストナンバーズを処分するだけだ」



父と母の記憶はなかった。

産まれた時から、彼は道具だった。

殺せと言われれば殺した。

殺してこい、と言われたら多少面倒には思ったが出張して殺してきた。

誰にも彼を止めることは出来なかったし、何より彼は「暗殺」が上手かった。

沢山の人間を掃除した。

彼にとっては「団長」の言うことが絶対だったし、それが間違っているとは微塵も考えたことはなかった。

団長が殺れと言ったら殺る。

逆らったことはなかったが、期待に見合う働きをしないと痛めつけられた。

いつからか分からないくらい昔から、首にはめられた外れない首輪。

そこから神経に伸びた電飾があり、団長の意思一つで、体中に電流が走るのだ。

彼は、それは嫌だった。

特に何も不満はなかったが、痛いのは嫌だ。

だから特に何も考えなかった。

面倒くさいことは早めに済ませるのが吉だ。

そうも考えていた。


団長は、彼を「アルズ」と呼んでいた。


名前ではない。、

「RL・S型」……番号だ。

それに対して不安もなかったし、考えたこともなかった。

アルズは何も持っていなかった。

ただ、仕事をするための道具は選び放題だったので、失敗したことはなかった。

団長の言うとおりに全てをこなし、帰ってくる。

特に褒められることはなかったが、怒られることもない。

それが、少年……アルズの全てだった。



乱暴に腕を引っ張られ、よろめきながらシュルディアが歩く。

早朝の鉄骨街にはやはり人の気配がない。

裏路地のような薄暗い道を引きずられるようにして連れて行かれる。

途中で片腕に手錠をはめられ、もう片方は少年の手につけられていた。

逃げ出すことはできない。

何より、無言の少年がもう片方の手に持っている連装銃が恐ろしかった。

グスタフの生死も気になるが、何よりの恐怖は今ここで、自分がどうされてしまうのかという圧倒的な不安と絶望だった。

シュルディアの脳裏に、薄暗い地下室に監禁され、連日宝石を絞り出すために暴行を繰り返されていた頃の記憶が蘇る。

目の前が真っ暗になった。

震えながら歩いているシュルディアの顔を一瞥し、少年は感情の読めない目を、白髪の奥から動かして少女の足に止めた。

男用の靴がガポガポと音を立てていて、右足に大きな鉄製の輪が食い込んでいるのが見える。

それをしばらく見つめ、少年はまた視線を前に戻した。

そこで彼のマントのポケットが僅かに振動した。

少年は少し迷ったが、足を止めて連装銃を足元に置いた。


「そこに立て」


シュルディアに紋切り型で命令してから、彼はポケットに手を入れて携帯端末を取り出した。

そしてボタンを押して耳に近づける。


『アルズ、目的の女は確保したのか?』


そこでくぐもった男の声が流れ出し、少年は頷いてから、どもりつつも答えた。


「した。隣いる」

『カメラをそいつに向けろ』


冷たく言われ、少年は携帯端末のカメラをシュルディアに向けた。

しばらくカメラレンズに凝視され、怯えた顔で少女がそれを見上げる。

アルズが携帯端末を耳に近づけると、男の声は小さく笑って続けた。


『よくやった。十番ドッグに連れてこい。傷はつけるなよ。死にたくなければな』

「分かった。死にたくない。傷つけない」

『いい子だ』


ブツリ、と通信が切れ、少年は端末をポケットに突っ込んで連装銃を拾い上げた。

そして粗雑に手錠がかかった腕を引っ張ってシュルディアを歩かせる。


「来い。歩け。グズグズするな」

「ご、ごめんなさい……」


輪が食い込んでいる右足を引きずりながら、必死にシュルディアが歩き出す。

しばらく、黒い海がヌラヌラと動いている海岸沿いを歩く。

少年は息を切らして苦しそうに足を引きずるシュルディアを見て、苛立ったようにため息を付いて足を止めた。

急に止まった少年を、少女が不安に塗り尽くされた表情で見上げる。

怯えた小動物のような顔をしているシュルディアに、彼は吐き捨てるように言った。


「足、悪いか?」

「…………?」


言われた意味が分からず、シュルディアは怪訝そうに聞き返した。


「え……?」

「お前、足、普通、動かないか?」


怒られるように聞かれ、シュルディアはやはり意味が分からず小さく肩をすぼめた。


「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……」


乱暴されると思ったのだ。

謝られ、チッと少年は舌打ちをした。

そしてグイ、とシュルディアを引き寄せて無理矢理に小脇に抱える。


「……やめてください……」


小声で抵抗したシュルディアに


「殺すぞ。黙れ」


と吐き捨て、少年は大股で走り出した。

凄まじい速度だった。

裸足の足で鉄骨を蹴り、三段跳びのような形で下の階層に降りる。

息が詰まって悲鳴をあげることも出来ずに、シュルディアが恐怖のあまりに意識を失いそうになる。

少しの間、猿のように少年は駆け回り、飛び回ってから、半ば崩れた飛空艇の発着所で足を止めた。

ガレキの向こうに巨大な飛空艇が停まっている。


「団長。連れてきた」


少年が大声を上げる。

しかし彼は、そこで足を止めた。

その顔が怪訝そうに歪み、やがてシュルディアを小脇に抱えたまま連装銃を構える。

そのままジリジリと物陰に隠れる。

腰を掴まれているので体が痛む少女が、必死に顔を上げ……硬直した。

辺りに沢山の機械化人間が転がっていた。

全員、体中が何かで斬り刻まれてボコボコになっていて、辺りには生臭い内臓とオイル、機械の部品や血液が散乱している。

そして、飛空艇の近くに人間の子供のようなモノが突っ立っているのが見えた。

異様だった。

大きさはさほどではないのだが、腕がグスタフのもののように太く大きい。

頭は完全な球体だ。

真ん中に丸いカメラアイが一つついている。

体は細く、足も短い。

真っ黒なその物体は、モーターの音を立てながらチョコチョコと歩き出した。

そしてウィィィ……とカメラアイを収縮させて、少年とシュルディアが隠れている物陰に目をやる。


「チッ……クラッシャー……」


小さな声で吐き捨て、少年は片手でシュルディアと繋がっているのをもう一度見た。

そして強く、少女の腰を抱え直す。


「口閉じろ」

「え……」

「歯、噛め。死にたくなければ」


短く命令されて慌てて口を閉じる。

その瞬間、少年は素足で地面を踏みしめ……一気に八メートル程の高さまで跳躍した。

何が起こったのか分からず、シュルディアが悲鳴を上げることもできずに歯を噛み締めて硬直する。

飛び上がった少年は、連装銃を構えて黒い何かに向けた。

そして落下しながら連続射撃をはじめた。

薬莢と火薬の炸裂煙が飛び散り、鼓膜が破れかけるほどの銃撃音が鳴り響く。

自由落下する異様な感覚に抗うことも出来ず、シュルディアは涙を流しながら目をつむった。

黒い物体の頭上からマシンガンの銃弾が突き刺さり、ガクガクとその小さな体が揺れる。

しかし効いていないのか、それはぐるりと球体の頭を少年に向けた。

そして大きな腕を振り上げる。

その手の平がバクン、と割れ、中から回転ノコのような錆びついた刃物が飛び出した。

それが高速回転を始める。

少年は表情も変えずに足に力を込めて着地の瞬間地面を蹴った。

そしてシュルディアを体でかばいながら、ゴロゴロと地面を転がる。

それを短い足だと思えない速度で捕捉し、不気味な動きでノコを振り回しながら、黒い何かが駆け寄ってきた。

少年は連装銃を脇に投げ捨て、シュルディアを抱えたまま子供のような機械に向き直った。

そして立ち上がって身をかがめて走り出す。

彼らが今までいた場所に回転ノコが突き刺さり、猛烈な火花を上げた。

黒い物体は腕を大きく降った。

スプリングのように大きな腕が伸び、回転ノコが急接近して振り下ろされる。

少年はそれに対処しようとしたが、片手にシュルディアを抱えていることを思い出したのか、もう片方の手を固めて、逆に回転ノコに向かって走り出した。

鉄の凶器が少年の肩をザックリと抉り、真っ赤な血が飛び散る。

しかし彼は表情ひとつ変えずに伸びた敵の腕を掴み、細腕とは思えない力で引っ張った。

黒い機械が振り回され、宙を舞う。

次の瞬間、凄まじい重低音を立て、鉄骨の破片を撒き散らしながら、その「何か」が頭から地面に叩きつけられた。

頭からグシャグシャになってひしゃげ、回転していたノコがゆっくりと動きを止める。

少年は持っていた腕を投げ捨て、しゃがんで連装銃を拾い上げた。

しかし飛空艇の方には向かわずに、猛スピードで逆のドックに向かって走り出す。

飛空艇の周りに、数匹の黒い化け物が歩いているのが見えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る