黒い海 part.3

「駄目だな……サビの携帯が圏外になったままだ」


パチン、と携帯端末のフタを締めて、グスタフが苦々しそうに言う。

まだ寝ぼけ眼のシュルディアが、ボサボサの頭でベッドに座っている。

寝間着のままだ。

先程グスタフに叩き起こされたが、彼女は朝がとても弱かった。

意識がはっきりしていないシュルディアの方を向いて、グスタフは珍しくきつい口調で言った。


「何してる。ここを出るぞ。早く着替えるんだ」

「え……あ、はい……」


曖昧な調子でコクコクと頷き、シュルディアは半分眠りながらノロノロと着替え始めた。

グスタフがそれを手伝ってやりながら続ける。


「しっかりしろ。飛空艇でここを、一旦離れる」


そう言われてシュルディアは怪訝な顔をして大男を見上げた。


「離れるって……どうして?」

「サビの携帯がGPS機能まで全てオフになってる。緊急事態だ。間違いなく何か良くないことが起こる」


グスタフは僅かに声を低くして早口で言った。

そして半ばシュルディアの下着を剥ぎ取るようにして無理矢理新しいものを着せる。

シュルディアもやっと意識がはっきりしてきたのか、青くなって服を着始めた。


「え……? サビさん、どうかしたんですか……?」

「今朝情報をもらいにダイバーの所に出てから、追跡情報が消えて既に十五分が経った。俺達は飛空艇で、一旦上空に避難する」

「サビさんを置いていっていいんですか?」


コートをもぞもぞと羽織って、少女が不安げに聞く。

グスタフは鞄を肩にかけてから滞在ビザを二人分テーブルの上からつまみ上げた。


「大丈夫だ。あいつはちょっとやそっとじゃ壊れない」


彼の言い回しに若干の怪訝さを感じてシュルディアが口を開きかける。

しかしグスタフは問答無用で彼女の鞄を持ち上げて投げてよこすと、壁の精算機にカードとビザを突っ込んだ。

電子音がして、彼が太い指でパネルを操作する。


「…………」


しかしそこで、グスタフは窓の外を見て動きを止めた。


「グスタフさん……?」

「しっ!」


声を上げた少女を厳しい声で黙らせ、彼はいきなりシュルディアの頭を掴んで無理矢理にしゃがませた。

そして彼女を抱きしめるようにして覆いかぶさる。

次の瞬間、いきなり部屋の中に連続した射撃音が響き渡った。

小銃を乱射しているのか、シュルディアを抱いたグスタフの体に、無数の銃弾が突き刺さる。


「きゃああああ!」

「……ッぐ……」


大男が噛み締めた口の端から血とオイルの筋が流れ出す。

しばらくして銃撃は止んだが、グスタフの半機械化された上半身からは、白い煙とバチバチと帯電した光が漏れていた。


「ち……畜生……! 部屋のセキュリティは……機能してたが……」


口からオイルと血を垂らしながら、立ち上がろうとしたグスタフの頭を何かが踏みつけた。

ドチャリという水に濡れたような、重い音だった。

裸足の足だった。

ボロボロの灰色のコートを羽織った少年が、生気を感じさせない目で淡々とグスタフを見下ろしていた。

いつの間に入ってきたのか、全く気づかなかった。

彼が手に持っている小型の連装銃を見て、シュルディアはそれでグスタフが撃たれたと気付き、青くなって硬直した。

少年は犬のように赤い首輪をつけていた。

コートの下は同様にボロボロのジーンズしか纏っていないようだ。


「…………」


彼は無言で身をかがめると、グスタフの肩を掴んだ。

そして馴れた手つきで力を込め、一気に彼の機械化された関節を外す。

大男が激痛に声を上げた。

たまらず崩れ落ちたグスタフを邪魔そうに足で蹴り飛ばし、少年は軽く首を傾げながらシュルディアを見た。

ボサボサの白髪が鼻元まで顔を覆っている。

年の頃は十四、五ほどと見える。

シュルディアとあまり変わらない様子だ。

彼は連装銃の銃倉を神経質そうに指でいじった。

そして頭をガリガリと掻く。


「…………機械化人間、いらない。お前、人間だな。女だな」


目の前の惨状に言葉を失い、腰を抜かして後退りしたシュルディアに少年はくぐもった声で続けた。


「お前、連れて行く。団長、人間、女、連れてこい言った。でも、抵抗。めんどくさい。抵抗殺す。処分する」


含むようにゆっくりと言い、少年は頭をガリガリと爪を立てて掻きむしりながら、シュルディアに近づき、乱暴に彼女の腕を掴んで立たせた。


「来い。黙って着いて来い」

「グスタフさん……!」


立ち上がろうとして崩れ落ちたグスタフに向けて、引きつった声を上げる。

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