黒い海 part.2

人の気配がない、廃棄物で埋め尽くされた道路を歩く。

時折防波堤の向こうで、黒い波がヌラヌラと飛沫をあげていた。

サビは周りを見回し、僅かに表情を固くした。

どこか警戒するように視線が周囲を行き来する。

やがて彼は、電波塔の麓……そこに設置されていたエレベーターの前に立ち、滞在ビザをタッチパネル脇の溝に差し込んだ。

数秒してエレベーターが動き出す。

やがて扉が開き、サビが乗り込むとゆっくりと閉まり、上昇を始めた。

そこでポン、という軽い音がして、壁のスピーカーから少年の声が響いた。


『やあ、サビ。久しぶりだね』


それを聞いて、サビは腕組みをしてエレベーターの壁にもたれかかり、口を開いた。


「まだ生きててくれて安心したよ。変わりなくゲスなようだな、二十三号」

『随分な挨拶だ。元気が良さそうでいいことだ』


落ち着いた声が静かに続ける。


『約束通り一人で来たようだ。義理堅いね』

「お前にヘソを曲げられてはかなわないからな」

『ハハ、言い得て妙だ。曲げるヘソはもうないがね』


ポン、とまた音がしてエレベーターが止まった。

サビが足を前に進めると、背後のエレベータードアが音を立てて閉まった。

一メートル四方程の狭いカプセル状の部屋に閉じ込められたサビが、コートのポケットに手を入れて息をつく。

やがて天井の丸い蛍光灯に明かりがつき、前方の壁が光って地図のような画像が浮かび上がった。

それ自体がスクリーンになっているのだ。


『さて、早速だが要件を聞こうか』


壁のスピーカーから、二十三号の声がする。

サビは特に彼の姿を探すでもなく、壁に向かって口を開いた。


「要件に入る前に支払をしたい」

『三千五百万ベランってところだね』


少年は、特に抗議するでもなくポケットからカードキーを取り出した。

そして右脇のタッチパネルに差し込んで操作する。

しばらくして電子音がし、カードキーが排出された。


『支払いと入金を確認した』

「現在のこのあたりの、バンジバル政権の動き、状況、軍と警備隊の配置図、巡回のスケジュールをもらいたい」

『期間は?』

「前後六十日」

『検索する。三十秒程待っていてくれ』


しばらくして、ガリガリガリ……という音と共に、タッチパネル脇の、壁に埋め込まれたプリンターから、多数の穴が空いた紙が何枚も排出され始める。

それを手にとって、サビは目を細めて眺めた。


「……成る程な」


歯を噛んで吐き捨てる。

しばらくして紙の排出が収まった。

それらを折りたたんで鞄に突っ込み、少年は口を開いた。


「何故すぐに着艦許可を出さなかった?」


押し殺した声を聞いて、茶化すように二十三号が答える。


『別に、君の道理に従う理由はないものでね』

「真面目に答えろ」

『隔離データAの隠匿情報だ。開示を求めるなら相応の支払いをしてもらおう』


淡々とした調子でそう言われ、サビはまた粗雑にカードキーをタッチパネルに差し込んだ。

そして二十三号が何かを言う前に操作し、入金の手続きをする。


『……へぇ。奮発したね』

「ここに長居をするつもりはない。答えろ」


威圧的に言われ、二十三号はスピーカーの奥の声音を僅かに落として言った。


『いいだろう。開示する……二日前から三番ドッグに、アジャドの飛空艇が停泊していてね』

「アジャド……? 確か、この辺りを根城にしてる大規模な人買い集団だったな」

『よく知っているね』

「下劣な海賊だとは聞いている」

『現在、一番ドックから十八番ドックでアジャドの「狩り」が行われている。余計な混乱を招くため、君をその中に直接着艦させるわけにはいかなかった』

「何……?」


サビは歯噛みして苛立ったように右手を壁に伸ばした。

その腕の表面がざわざわと振動する。


「何故それを早く言わない……?」

『アジャドから、サビ……他ならぬ君の足止めを頼まれていてね。勿論、君が来るという情報を流したのは僕だ。悪く思うなよ。これはビジネスだ』

「成る程」


重低音がしてサビがいるフロアの四方にシェルタードアがせり上がり、封鎖を始める。


『と、言うわけだ』

「さすがだな。相変わらず腐ってる」


サビは特に慌てるでもなく吐き捨て、右手を降ろした。

そしてカードキーを取り出す。


「さて……じゃあ、ぼちぼち『交渉』を始めるとするか……」

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