第3話 黒い海

黒い海 part.1

「ダイバーに会いに行く」


携帯食料をかじりながら、サビがそう言った。

ゴゥン、ゴゥンという、航空中の飛空艇……その休憩室で、スープを口に運んでいたシュルディアが、彼の方を見て首を傾げた。


「……ダイバー?」


怪訝そうに聞くと、サビは携帯食料を飲み込んでからシュルディアの方を見た。


「ああ。このあたりに居る筈だ」

「何か、用があるんですか?」

「ちょっとな」


彼女達のやり取りを聞いていた、半機械人間のグスタフが、巨体を揺らして顔を上げた。

熊のような体に似合わない、小さな操縦リモコンを指先で動かしている。

そして彼は、少女の方を見て口を開いた。


「情報が必要になった。いろいろな」

「はぁ」


気の抜けたような返事をしたシュルディアに、グスタフはリモコンに視線を戻して続けた。


「このあたりの空域は、バンジバル政権の領空内だからな。最近のあいつらはたいして機能していないとは言っても、やはり見つかったら厄介だ。できれば何事も無く通過したい」

「それに、ダイバーって人が関係しているんですか?」

「大アリだ」


頷いて、グスタフは飛空艇の操縦をオートパイロットに切り替えたのか、リモコンをポケットに突っ込んで、床に散らばっていた携帯食料の箱を掴んだ。

バリバリと袋を破って中身を出した彼を見上げて、サビが言う。


「デルコにはあとどのくらいだ?」

「三時間ってとこだな」

「すんなり入れればいいけどな」


珍しく考え込んだような顔をしたサビに、少し不安げな表情を浮かべ、シュルディアが聞いた。


「あの……危険なことになるんですか?」

「多分な」


その問いをあっさりと肯定して、サビは大きく伸びをした。

彼の首と背中の骨がポキポキと音をたてる。

サビの言葉に続けて、グスタフが説明を始める。


「俺達が今向かっているデルコというのは、海の上に廃棄されたゴミで形成された島だ」

「ゴミ……?」

「鉄屑とか、産業廃棄物とかだな」


大男はグビグビと水筒から水を飲んで、床に置いた。


「デルコには、巨大な電波塔がある。用があるのは、そこだ」

「ネットワークの何かですか?」

「ああ。ネットハッカーの温床とも呼ばれていてな。そういう、ネットワークに不正侵入して情報を抜き出す仕事があるんだ。俺達はそれを、『ダイバー』と呼んでる」

「そうなんですか」


頷いたシュルディアは、休憩室の窓に目をやって息をついた。

先程からずっと、外を流れている風景。

それは、どこまでも続く、真っ黒なコールタールのような海だった。

太陽の光を浴びて、ドス黒い光を反射している。

粘性の波は、ヌラヌラと光沢を発しながら、ゆっくりと風に煽られて動いていた。

さながらそれは数万数億のミミズのような異形が蠢いている様を彷彿とさせる。

どこか生物的嫌悪感を催させる、嫌な風景。

想像していた海と真逆の、その邪悪な、不安を煽る光景から目を離す。


本当にこんな海の真ん中に島があるんだろうか……。


不安になりながらまた息をつく。

手に持ったカップの中のスープが、飛空艇の揺れに合わせて揺らいでいた。



途中に乱気流に遭遇したため、飛空艇の到着は数時間遅れた。

黒い雨がボタボタと降り注ぐ中、シュルディア達を乗せた機体が、ゆっくりと上空を旋回する。

窓から外を見て、少女は小さく声を上げた。

確かに異様な島だった。

ゴミの島、とは言い得て妙だった。

おびただしい数の腐った鉄骨等が粗雑に組み合わさった、スクラップだらけの何かが海のど真ん中に浮いている。

その中央に、全長数十メートルもあると思われる、巨大なアンテナをつけた、赤い塔が建っていた。

飛空艇はその塔の真上を、既に十数分旋回し続けている。


「どうだ?」


サビがグスタフに聞くと、大男は操縦席でハンドルを握りながら、もう片方の手で通信機器を操作した。

ノイズがかかった、信号のような音が断続的に聞こえる。


「……ダメだな。着艦は拒否するって言ってる。このまま降りたら多分蜂の巣だぞ」


グスタフが苦虫を噛み潰したように言う。

シュルディアは、助手席に腰を下ろして不安げに彼を見上げた。


「蜂の巣って……」

「そのまんまだよ。不正アクセスの温床だって言ったろ? ヤツらはロクでもないが、それゆえドブネズミみたいに慎重なんだ。まぁ……つっても、ずっと空の上飛んでるわけにもいかんな。どうする、サビ?」


グスタフに問いかけられ、サビは息をついて信号の打刻機に手を伸ばした。

そして何度かそれを叩き、何事かを向こうに送る。

しばらくして信号が返ってきた。

グスタフがそれを聞いて肩をすくめる。


「……十五番ゲートから入っていいそうだ」

「いつあいつの気が変わるか分からん。早いとこ降りよう」


サビはそう言って、軽く歯を噛んだ。



飛空艇がゴミ島の裏……そこに設置されていた寂れた空港のような場所に降り立つ。

周りにはいくつか、同じような飛空艇があった。

ひしゃげたシェルターが点在していて、明かりが見て取れる。

グスタフが信号の打刻機を叩いてメッセージを送信してから、立ち上がった。


「よし、滞在許可をもらいにいくぞ。シュルディアはここにいろ」

「え……?」


話を振られて、少女は目を白黒とさせた。


「待ってるのも不安ですし……一緒に行きたいです」


彼女の言葉を聞いて、グスタフは困ったように頭を掻いた。


「でもな……」

「本人の希望だ。連れてく」

「おいサビ」


咎めるようにグスタフが言ったが、サビはリュックサックを背負って、無言でタラップの方に歩いていってしまった。


「……仕方ないな。シュルディア、俺達の脇を絶対に離れるなよ」


大男にそう言われ、少女はコクリと頷いた。



空港の受付は、半分電灯が壊れて薄暗くなった、汚い場所だった。

プレハブのようなその建物に入り、サビがコートに手を突っ込んで周りを見回す。

意外なことに、人の気配はなかった。

三人の足音がコツコツと響く。

サビは、自動販売機のような機械の前に足を止めた。

そこが受付らしく、白い光でバックライトがついている。

販売されているのはカード類のようだった。


「グスタフ、市民証あるか?」

「ほらよ」


グスタフに二枚カードを放って寄越され、サビはそれを自動販売機に突っ込んだ。


「シュルディアの分はどうすんだ?」

「仕方ねえだろ。買うよ」


ボタンを操作してサビが答える。

しばらくして市民証が吐き出される。

サビはポケットから取り出した金貨をザラザラと支払い口に流し込んだ。

ランプがついて、機械音声が流れ出す。


「56時間の滞在ビザ、三名分を発行します。性別を入力してください」


男2枚と女1枚。

ボタンを押すと、ガガガ……と自動販売機が振動して細長いカードが払い出された。

それを取り出し口から拾い上げ、サビはグスタフとシュルディアに一枚ずつ渡した。


「ビザ……?」


見るのが初めてだったので、その磁気カードのようなものをひらひらと振ったシュルディアに、サビは


「失くすなよ」


と言ってから手を伸ばした。


「行くぞ。朝までどこかで休もう」

「あ……はい」


頷いてシュルディアは、彼の手をギュッ、と握った。



「……いいのか? 滞在費にしては高すぎるぞ」


グスタフに言われ、サビは軽く肩をすくめた。

少し前に、やはり人の気配がないモーテルに雨を避けるようにして入り、自動販売機で金貨を支払って数時間。

シャワーを浴びて着替えたシュルディアが、疲れたのか少し離れたベッドにうつ伏せになって寝息を立てている。

サビもグスタフもシャワーで黒い雨を流し、部屋着に着替えていた。


「どの道飛空艇にシュルディアを残しておくのもリスクが高すぎる。いつハッキングされてさらわれるか分からん。こいつ、思った以上に危機管理能力と自衛力がない」

「それはまぁ……確かにな」

「近くに置いといた方が余計なトラブルはないよ」


大きくあくびをして、サビは床に座り込んだ。


「……で? ダイバー二十三号には会えそうなのか?」

「飛空艇から信号を送ってみたら、規定報酬の五十三倍の値段で請け負うってふっかけてきやがった」

「そいつは強欲だ。相変わらずだな」

「だが航路の情報は必要だ。払う」


ポケットから薬瓶を取り出し、サビは中身を口に入れた。

ボリボリと錠剤を噛んでいる彼に、グスタフは腕組みをして考え込んでから言った。


「時間は?」

「明朝六時半。ただ、俺としかコンタクトをとりたくないらしい。一時間程あけるが、その間シュルディアを頼む」

「マジかよ……まぁ、できるだけはやってみるがな」


グスタフはため息をついた。


「こんな女の子……人身売買の格好の餌食だ。それに、そうじゃなくてもシュルディアはフリークなんだ。狙われる前にここを離れたい」

「分かってる。話は簡潔に済ませてくる」

「頼むぜ……」


グスタフはまた、苦虫を噛み潰したような顔で頭を掻いた。

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