咆哮 part.7

砕けたシェルタードア。

血と内臓が飛び散り、地獄の様相を呈しているそこの前に立ち、サビは歯を噛んだ。

ビシャビシャ……と何かをしゃぶるような音がしていた。


「ウウ……ウウウウ……」


くぐもった呻き声。

苦しそうな、ノイズがかった声。

怒り、絶望、苦痛。

黒い何かを孕んだそれを、泣きじゃくるように発しながら。

体を細かく震えさせた状態で、防衛機構が、手に持った「人間だったもの」をひねる。

それをまるでフライドチキンのようにへし折り、首筋に噛み付く。

凄まじい勢いで何かを吸い込む。

その光景は、もはや人間のそれという範疇を完全に逸脱していた。

ヒトの骨髄に内蔵されているDNA因子を補充しているのだ。

防衛機構は、それを体内のダラウラン融合炉で反応させることで動作する。


「ウウウアアアア……」


人間の死体を壁に叩きつけ、血に濡れた顔面を、入り口に仁王立ちになる少年に向ける。

そこで、防衛機構の動きがピタリと止まった。


「……西南西の風……所に依り、火山の噴火ガ認められマス。ザザ……」

「…………」

「ザザ……ジジ……」


言葉ではないノイズを発しながら、機械の化物はゆっくりと立ち上がった。

そして臭い人間の内容物をビシャビシャと踏みしめながら、四足でサビに近づく。


「…………アリーヤ、具合はどうですか?」


不意に、やけにクリアな声で防衛機構がサビに問いかけた。

少年は特に反応することもなく、右手をゆっくりとそれに向けた。


「発作の周期が緩やかになっています。治ります。アリーヤ、あなたは良くなっている」

「…………」

「私はあなたを守ります。あなたは私の家族です。私ハアナタを裏切りまセン。私はアリーヤ、アナタを守りマス。絶対に守りマス……ザザ……」


また声がノイズがかり、防衛機構は獣を意識させる動作でサビから少し離れた場所に腰を沈ませた。


「眼前敵性物体ヲ確認。消去行動ニ移行シマす」

「ごちゃごちゃ言ってるヒマあったら来いよ」


嘲笑するようにサビに声を投げつけられ、防衛機構は口を大きくあけ、飛び出しそうに目を見開いて絶叫した。

ビリビリとシェルターが揺れる。

次の瞬間。

サビの体から噴出したネジの群れと、駆け出した防衛機構が衝突した。


「……ッ」


ものすごい衝撃に歯を噛み締め、サビとネジ群が吹き飛ばされる。

背中から通路の壁に突き刺さるように叩きつけられ、サビは口から空気と共にツバを吐き出した。

反対方向に吹き飛んだ防衛機構は、すぐに立ち上がった。

しかし、鈍い金属音がして、その右腕が肩口から千切れてボドンと床に転がる。

防衛機構の体には、回転する錆びたネジが何十も突き刺さっていた。

それらがまるでドリルのように、銀色の機械体を掘削し、抉り抜く。

床にしゃがみこんだサビが、目を爛々と不気味な色に輝かせて、防衛機構を睨んでいた。


「アガ……ガガ……」


バギッ、という重低音がして、今度は左腕が肩口から抉り斬られる。

両腕がなくなり、体中に回転するネジを抉りこませながら、しかし防衛機構は、震えながら口をあけた。

喉奥からマシンガンの銃座が競り上がる。

それでも足りず、胸の部分が開いて複数の銃座が出現した。

サビが腕を振って体を守ったのと同時に、それら銃口が一斉に火花を噴いた。

鼓膜が破れそうな射撃音と衝撃。

硝煙の白い煙と火薬の臭い。

そして催涙、麻痺作用を引き起こす有毒ガスが、防衛機構の膝下から凄まじい勢いで散布され始める。

ネジの化物がサビの体の周りを回転して銃撃を防いでいた。

しゃがんだ少年がゴホ、と咳をする。

指先が痺れて震えだしたのを見て、彼は歯を噛んで立ち上がった。

そこで、硝煙の煙を掻き分けるようにして、防衛機構がサビに飛びかかった。

頭から少年の体に打ちあたり、彼を壁に叩きつける。

ネジの化け物が壁を抉り取ったが、サビは衝撃に目を白黒とさせて動きを止めた。

防衛機構はグラグラと首を揺らしながら、何度も何度もサビに頭を叩きつけた。

凄まじい衝撃に視界がブレる。

回転するネジの化け物に、体中をえぐり取られながら、それでも尚、狂った防衛機構は動きを止めなかった。

やがて、叩きつけていた頭が……首すじから突き刺さっていたネジで抉り取られ、ボキリと折れた。

床に、化け物の頭部が重低音を立てて転がる。

一拍置いてその体が、糸が切れたマリオネットのように力を失い……膝口から地面に崩れ落ちた。



「サビさん!」


リュックサックを抱いて駆け寄ってきたシュルディアに、ボロボロの服を着たサビは片手を上げて近づいた。

そして防塵マスクを自分と彼女の顔にはめる。


「行くぞ」

「あの……防衛機構は……?」


問いかけられ、サビは淡々と言った。


「放っておけば再生してまた動き出す。破壊したが、一時的なものだ」

「そ、それじゃ……」

「中に侵入されたら、この街は一時的に放棄するしかない。防衛機構とは、そういうもんだ」


シュルディアの荷物を受け取って肩に担ぎ、彼は続けた。


「さっきすべてのフロアに避難警告と、状況説明の文書は流しておいた。防衛機構が再生するまで、まだ時間はある。あとは勝手にどうにかするだろう。俺たちも避難するぞ」

「は、はい……!」


少女が頷いてサビの手を握る。

二人は足早に、外に通じるはしごの方に足を向けた。



火山灰が舞い散る荒野を歩く。

傍らのサビに支えてもらいながら、シュルディアは足をとめた。

そこは、ボロボロの廃墟と化した、小さなシェルターの前だった。

鉄骨を無造作に針金でぐるぐる巻きにして作ったらしい十字架が、地面に突き刺さっていた。

十字架には刃物で引っ掻いたような傷があり、それは文字だった。


「これ……」

「何してる。行くぞ」

「スティーブン……」


シュルディアが小さく呟く。

サビは意外そうに、マスクの奥の瞳で彼女を見下ろした。


「読めるのか?」

「はい……愛するスティーブンよりって書いてあります」

「誰かの墓なんだろ」


興味がなさそうにそう言って、サビはシュルディアの手を引いた。

二人が寄り添うようにして、また歩き出す。

降りしきる白い粒子が、十字架にただ積もっていた。



「ふぅん……防衛機構ね」


半機械化人間のグスタフが、どうでも良さそうにそう言いながら黒い円管をエンジンルームにセッティングする。

シュルディアは床に座って寝息を立てているサビを横目で見てから


「もう!」


と苛立ったように彼に言った。


「大変だったんですよ! 殺されかけました!」

「防衛機構ごときに? サビが?」


呆れたようにそう言って、グスタフは巨体を少女に向けた。

先程飛行艇は発進し、今は空を滑るように飛んでいる。


「そりゃないだろう。あいつらは不死身だが、それだけだ。サビがやられるような相手じゃない」

「でも、サビさんの話だと犠牲者が……」

「あの街はな、監獄なんだ」


グスタフに言われ、シュルディアは動きを止めた。


「え……?」

「無期懲役刑に服している犯罪者がブチこまれる場所だ。防衛機構による虐殺は、定期的に起きてる。誰も気にしないさ」

「犯罪者……?」


シュルディアは口を手でおさえ、息を呑んだ。


「そんな……」

「何ショック受けてるんだ。燃料とか電気、水の調達ご苦労さん。頑張ったな」


ポンポン、と頭を叩かれ、シュルディアは表情を曇らせた。


「そういう……所だったんですね……」

「ああ。それよりシュルディア、お前火山灰で酷い有様だ。シャワー浴びてこい」

「え……あ、はい……」


頷いてシュルディアはタラップの方に足を向けた。

そこでグスタフの方を向いて、口を開く。


「あの……」

「ン……?」

「防衛機構って、知能はあるんですか?」


問いかけられ、グスタフは笑った。


「何言ってんだ? ねぇよ」



アリーヤを埋めた。

彼女の滅茶苦茶になった亡骸を、X36は手で掘った火山灰の穴の中に、そっと横たえた。

そして、ゆっくりと白い粒子を手ですくい、少女にかける。

死屍累々とした、地獄のような惨状が見渡す限りどこまでも続いていた。

ありとあらゆる命が消去され、感知範囲内には動体反応はなかった。


もう、歌は聴こえなかった。


X36は、アリーヤを埋めた穴を見つめながら立ち上がった。

そして、鉄骨を針金で巻いただけの、無骨な十字架を叩きつけるように、その穴の手前に刺した。


「アア……アアア……」


ブルブルと震える両手で、彼は、もう人工皮膚も残っていない顔を引っ掻いた。

体が震えていた。

この感情を、どう表現したらいいのか。

どう出力したらいいのか。

彼は、一つも分からなかった。

そもそもこれは感情なのだろうか。

感情とは何だ。

分からない。

分からないが。


アリーヤはもう、目を覚まさない。


ガリガリと顔面を引っ掻きながら、X36は火山灰が降りしきる空を見上げた。

そして裂けそうな程に口をひらき……声にならない声で。

ノイズがかかった声で。

アリーヤから教えられた言葉を、全て吐き出すかのように。


ただ、ただ。

「咆哮」したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る