咆哮 part.6

「畜生……結局ここに来ちまった……」


汗をボタボタと垂らしながら、ジンがカビ臭さが充満する倉庫の床に座り込む。

体力がないシュルディアも、だいぶ全力で走ったために、近くの古ぼけたソファーに倒れ込んで激しく肩を上下させていた。

一人、汗が浮いた顔で立っていたサビが、倉庫のシェルタードアが閉まっているのを確認し、壁に近づいてパネルを操作する。

少し広い個人の隔離倉庫だった。

壁にダイヤル式の旧式金庫がいくつかはめ込まれていて、あとは座れるスペースがあるだけだ。

サビはパネルのタッチスペースを指で叩き、モニターに監視カメラの映像を数個表示させた。

丁度、先程ネジの群れで磔にした防衛機構が体を壁から引き剥がして、床に降り立つのが映し出された。

もはやその形はヒトではなかった。

長い両手両足を地面につけ、四足歩行の状態で閉鎖された通路のシェルターを確認する。

そしてブラブラと首を振りながら、それは後ずさり、後ろの通路脇に消えた。

先程のように、直接シェルターを破ってこなかったのを見てサビが舌打ちをする。

彼の様子を見て、ジンが不安そうに声をあげた。


「どうした? ここより先になると、もう外に逃げるしかねえぞ……」

「アレは、出力がだいぶ下がっているみたいだ」


サビが押し殺した声で、モニターを操作しながら答える。

ジンは息を呑んでから怒鳴るように言った。


「何言ってやがる! 核用のシェルターを素手でぶっ壊すバケモンだぞ!」

「あの馬鹿力は相当なエネルギーを食うんだ。連続で動いてこないところを見ると、ここへの迂回ルートを取るつもりらしい」

「…………何ィ…………?」


ジンが、その言葉を聞いて青くなった。

ゼェゼェと息をしながら、シュルディアが顔を上げた。


「ど、どういうことです……?」


問いかけた彼女を見ずに、サビは淡々と言った。


「エネルギーを補充するつもりだ。区画にしてGの45付近に移動した。別のシェルターに避難している人間を殺すつもりだな」

「に……逃げるぞ……!」


ジンが震えた声で叫ぶ。

彼は金庫に駆け寄ると、慌てた様子でダイヤルを回し始めた。

無言のサビを見上げて、シュルディアが顔面蒼白になりながら小さく声を発する。


「どうするんですか……? サビさん……」

「…………」

「た……」


少女は、金庫を開け中身をリュックサックに押し込みはじめたジンを横目で見ながら、震える声で続けた。


「助けなくていいんですか……?」


それを聞いて、ジンは腕を止めずに怒鳴った。


「気でも触れたか! アレが別の奴らを襲ってるスキに、外に逃げるんだよ!」

「で、でも!」


シュルディアは体を起こして声を張り上げた。


「他の人に連絡だけでもしないと……!」

「てめぇでやれ! 俺は逃げる!」


ジンが小さな円管のようなものをザラザラとリュックサックに落として蓋を閉める。

呆然としたシュルディアの脇を通過し、サビはジンの前に立った。


「な……何だよ……?」


初老の男は、揺れる目で不安げにサビを見上げた。

感情を宿していないような、暗い目でサビはジンを見下ろしていた。

彼は数秒置いて、懐から金貨を掴み出し、しゃがんでジンのポケットに押し込んだ。


「もらってくぞ」


リュックサックに手を突っ込んで、円管を数本掴みだす。

それをポケットにしまったサビに、ジンは怒鳴った。


「どけ! 俺は……」

「……いいよ行けよ。目的は達成した。邪魔だ」


サビが静かに言う。

ジンはリュックサックを引きずるようにして無理矢理背負うと、少年を突き飛ばすようにして、ハンドルで閉鎖された感圧弁に駆け寄った。


「ジンさん……!」


シュルディアが咎めるように叫ぶ。

サビが黙って、カバンから取り出したマスクをシュルディアの頭にはめる。

そして自分も顔にそれをセットした。

そこでゴォゥ、という音がして、外からの生臭い火山灰の群れが飛び込んできた。

気づいた時には、ジンはもう既にはしごを登って消えていた。

モニターに向かい直ったサビに、シュルディアは立ち上がって大声を上げた。


「サビさん……ジンさんが……!」

「アーキカーボナイトは手に入れた。あいつにもう用はない」


サビはパネルを操作していくつかの通路を表示させながら答えた。


「逃げることも重要だ。無力なら特に」


ポツリと少年はそう言った。

シュルディアが、ハッとして黙り込む。

俯いた少女に、カバンから取り出した小型のバッテリーを投げて渡し、サビは指の骨を鳴らしながらドアの前に仁王立ちになった。


「今のうちに急速充電で電気をもらっておいてくれ。できれば水も」

「サビさんは……?」


引きつった声を聞いて、サビは言った。


「あの防衛機構を破壊してくる」



歌が聴こえた。

あの日に聞いた歌。

あの日にインプットされた声と共に、変わらない歌が人工脳幹を刺激する。


「アリーヤ、今戻ったよ」


ノイズがかった声で呼びかけると、十五歳ほど大きさに成長した少女は、小さなシェルターの奥のベッドに横たわっていた体を起こし、入ってきたX36を見た。

そして嬉しそうににっこりと破顔する。


「お帰り……スティーブン……」


そう呼ばれ、X36は無機質なマネキンの顔にくっついている眼球を何度か収縮させた。

スティーブン、というのは、彼女がX36につけた名前だった。

元々は「ステルベン式駆除装置」だと名乗ったのだが、その発音を聞き間違い、それからずっと「スティーブン」と、呼ばれていた。

特に否定する必要もないので、そのままにしている。


「今回は遅かったね。遠くまで行っていたの……?」


不安げに問いかけられ、X36は背負っていた袋を、ドサッとシェルターの床に置いた。

そして中から水の瓶や乾燥食料、薬剤類を取り出して、壁の棚に並べ始めた。


「はい。少々遠出をしました」

「大丈夫だった……? 誰かにいじめられなかった……?」


アリーヤにそう言われ、X36は首だけぐるりと背後に回して彼女を見た。

眼球が動いて、彼はざらついた抑揚のない声で答えた。


「はい。アリーヤ、具合はどうですか?」


あれから、アリーヤに教わりながらだいぶ言語野を調整していた。

ノイズがかってはいるが、通常会話に支障がないほどに、整った声は出せるようになっている。

問いかけられたアリーヤは、力なく笑ってみせた。


「元気だよ」

「それは良かった」


またグルンと首を正面に回し、X36は戸棚からいくつか薬瓶を手に取った。

そして丁寧な動作でそれをテーブルに並べる。


「ジギタリンを手に入れました。発作に効きます」

「さすがスティーブンだね……いつもありがとう」


ニコニコしながら、アリーヤは手に持ったタオルをグシャグシャに丸めて、枕の下に隠した。

それを横目で見ながら、X36は


「いえ」


とだけ短く答え、薬剤の調合をはじめた。

アリーヤが、どこか焦点の合わない白濁した目で天井を見上げ、小さく鼻歌を歌い始める。

空調の音にそれは霧散し、力なく消えていく。



ベッドに横になり、か細い寝息を立てているアリーヤに毛布をかけ、X36は表情のない顔で、彼女を見下ろした。

その長い腕を伸ばし、そっと枕の下に突っ込まれたタオルを抜き出す。

固まった血糊でビシャビシャだった。

吐き散らしたらしい。


「…………」


機械の化物は、黙ってそれを手に持って、シェルター脇の自動洗濯機に近づいた。

そして回っていた洗濯槽に、タオルを投げ込む。

今回は、目的のものを手に入れるために三日ほどシェルターを空けた。

アリーヤの消耗が激しい。

発作の頻度も高くなっているようだ。

先程も、食事の後に激しく吐血をした。

ジギタリンが足りない。

手に入れた量では、足りない。

そこまで考え、X36は首を回し、眠っている少女を見た。

またシェルターを開けるのは、憚られた。

しかし、発作を抑え、睡眠作用のある薬を投与した直後だ。

彼女はまだ目を覚まさない。

行くなら今だ。

バタン、と洗濯槽のフタを閉め、彼はモーターの音を立てながら足を踏み出した。



焦っていたのかもしれない。

目の前で吐血し、呼吸困難に陥った少女。

十年以上も保護し、「治療」を続けている彼女の体は、もう限界だった。

それはX36でなくても、どの医療システムが見ても明らかなことだっただろう。

難病だった。

生まれつき、彼女はダラウランで被爆していた。

脳組織と体組織が徐々に崩壊。

免疫力もないに等しい。

シェルターの外、この火山灰の土地ではない場所に避難することも考えたが、到底無理な話だった。

離れた医療施設は、ほぼ潰した。

襲撃し、中にいる人間を皆殺しにし、資材を奪う。

そしてシェルターに戻り、アリーヤの治療をしてからまた外に襲撃に出る。

その繰り返しだった。

敢えてランダムに、周期をあけるようにはしていた。

だが、今回は違った。

アリーヤを助けたかった。

少しでも彼女の苦痛を楽にしてやりたかった。

彼女を、治療したかった。

それ故にX36は、とても合理的な手段をとった。


現在地点に最も近い、人間達のシェルターを襲撃したのだった。


四足歩行の状態で建物の中を進む。

死屍累々だった。

床には生臭くて汚らしい、人間の残滓が飛び散っている。

ジギタリン……。

薬剤はどこだ。

人工脳幹の中で、建物のセキュリティに侵入し、構造図をダウンロードする。

頭の裏にマップを開き、X36は走り出した。


薬剤を手に入れ、外に出て疾走った彼が見たものは。

炎の煙を吹き上げる、アリーヤの眠っているシェルターコンテナだった。

手に抱えていた沢山の薬瓶が、ガラガラと地面に落ちる。


「アリーヤ……」


彼は小さく呟いた。

目にしている情報を、理解することができなかったのだ。

シェルターコンテナの周りを、多数の武装した人間達が取り囲んでいた。

火炎瓶をコンテナに投げつけている人間がいる。

どこかに引火したのか、建物の一角が爆発した。


「アリーヤ!」


X36は、真っ赤に燃える視界の先に向かって絶叫した。

襲撃の周期が、短すぎたのだ。

人間達は、狂ったように殺戮を続ける「ジェノサイドロン」の「棲み家」を追跡し、ただ破壊しようとしていただけだった。

化け物の絶叫を聞き、恐怖にかられた瞳がこちらを向く。


「いたぞ!」

「撃て! 撃てェ!」

「近づけるな! 壊せ! 早く!」


悲鳴。

怒号。

叫び。


それらを掻き消すように、X36は口を大きく開け、空に向かって叫び声を放った。

ビリビリと空気が揺れる。


「アアアアアアアア!」


言葉にならない絶叫を続けながら、彼は火山灰の中を全力で駆け出した。

体中に絶え間なく銃弾が降り注ぐ。

ナパームの衝撃、炎。

地面をゴロゴロと転がる。

起き上がる。

疾走る。

早く。

早くアリーヤを。

アリーヤが死ぬ。

殺されてしまう。

ダメだ、それだけはいけない。

それだけはダメだ。

私は、私ハ。


あの子ヲ治療しなケレばイケないんダ。


「殺せ! 殺せ!」

「向かってくるぞ!」

「くそ! 止まらねえぞ!」

「撃て! 休むな!」


邪魔だ。

邪魔だ!

両腕を振り上げ、人間達を壊す。

千切り、吹き飛ばす。

炎を掻き分ける。

アリーヤ。

アリーヤ。

背後から銃撃の雨を浴びながら、シェルターの壁を無我夢中で引き剥がす。

生臭い炎の感触。


その奥に、まだ生体反応があった。


「アリーヤ!」


絶叫して駆け寄る。

そこで、X36は停止した。

逃げようとしたのか、床に倒れている少女が映った。

崩れたシェルターの壁に、下半身を押しつぶされていた。


「…………」


意識はないようだった。

一瞬思考が真っ白になったが、機械の化け物は慌てて、体が滅茶苦茶になって、ところどころ焦げ臭いにおいを発している、少女だったものを……押しつぶしている破片を吹き飛ばした。

そして、壊さないように、崩れないように。

アリーヤをそっと抱き上げた。


「あ……」


そこで、アリーヤがガクガクと震えながら、か細く目をあけた。

彼女は、数秒置いて。

ぎこちなく、にっこりと笑ってみせた。


「スティーブン……」


手の中の彼女が、熱を失っていくのが分かった。

急速に力を失くしていくその小さな体を抱きしめる。

血だ。

ぬるりとした感触。

大事なそれを垂れ流しながら、彼女は手を伸ばそうとした。

そのか細い腕が力を失い、フッ、と体が軽くなった。


死んだ。


それが分かった。

頭の何処かで彼女が死んだことを理解した。

しかしその事実を。

受け入れることを、自分自身が拒否していることも解った。


手の中の彼女の生体反応は途絶えていた。


残るのは熱感の残滓だけ。

それも徐々に消えていく。

消えていく。


嗚呼。


……歌が、聴こえた気がした。

あの日、聴いた歌が。

あの日、失くした歌が。

聴こえた気がした……。


彼は立ち上がった。

そして、自分を取り囲む「何か」達を見回した。

そして言った。

淡々と、機械のように。


「感知範囲内の動的物体全てを当害と認定。千二百五十九の生体活動を確認。これより、当機X36は、確認しました全ての生体反応の消去行動に移行します」

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