咆哮 part.5

彼はテーブルに足を叩き込んでバリケードのようにして、シュルディアの腕を乱暴に掴み、そこに滑り込んだ。

そして彼女の頭を掴んで無理矢理に地面に伏せさせながら、ガタガタと揺れる合金製のテーブルがひしゃげていくのを横目で見る。

銃撃は止まない。

シュルディアが頭を抱えて悲鳴をあげる。

サビはテーブルがぐちゃぐちゃのスクラップに変わり、銃撃で吹き飛ばされる寸前で、大きく息を吸って片手を地面に叩きつけた。

彼が叩いた床がざわざわと振動し、そこからくぐもった音を立てて錆びたネジが、幾十も競り上がった。

その勢いは徐々に膨れ上がっていくと、やがて床全体を覆い尽くす勢いで数百数千ものネジの群れが、床を突き破って溢れ出した。

それは波のように盛り上がり、銃撃を続ける防衛機構に衝突した。

また、金切り声の絶叫が辺りに響き渡り、それはネジの奔流が擦れあう地鳴りのような音に混ざって消えた。

一拍遅れて、茶色い大波のようになったネジ群に吹き飛ばされ、化け物はそのままシェルター向こうの壁に叩きつけられた。

そして壁にその銀色の体を縫い付けるように、体中にネジが突き刺さり始める。

硝煙がモクモクと周囲を覆い隠し、火薬臭いにおいが充満している。

催涙のガスか何かも出ているらしく、目と喉が激しく痛む。

涙を流しながら激しく咳き込んだシュルディアの腰を抱えて、サビは部屋の奥に向かって駆け出した。

そしてジンに向かって怒鳴る。


「カギだ!」


腰を抜かしたようになっていたジンがハッとして立ち上がり、部屋の奥へと走り出す。

そして彼は、ポケットから出したカードキーを、シェルター奥の扉、その脇のパネルに差し込んだ。

ボタンを操作すると空気が抜ける音がして扉が開く。

三人がそこに飛び込むと同時に、分厚いシェルタードアがゆっくりと閉まった。

ドアの隙間から体中を錆びたネジに貫かれ、壁にはりつけられている防衛機構が、体を動かすのが、一瞬見えた。



戦争は終わった。


長く続いた陰惨な戦いは、多数の勢力が泥沼の様相を呈しはじめ、そして唐突に終結した。

結果は、大部分の勢力の共倒れだった。

力を失った政権達は、遂には内部反乱等の混乱を招き、次々に消滅していった。

そう考えると、終わった、というのには語弊があるのかもしれない。

誰も、続けられなくなったのだ。

無作為に殺し殺される大戦争を。

もう誰も続ける気力がなくなっていた。

沢山の人間が殺され、数限りない兵器が開発され、導入され、そして壊れた。

大地は汚染尽くされ、生き残った人々は、正常な生活を許されなくなっていた。


X36は、それを知らなかった。


彼に与えられた使命は、エグゼキューションアラートという「信号」を受信したら、確認した周囲の生体反応を消去しなければならないということ。

それ以外、特に難しいことはなかった。

彼は沢山の人間を殺した。

多数の武器を内蔵した体は無敵だったし、誰もX36を壊すことは出来なかった。


彼は、「防衛機構」と呼ばれていた。


大帝国バンジバルの国境を守るために配備された、自動戦闘プログラムが組み込まれた、人型駆除兵器だ。

周囲の環境を認識し、ダラウラン動力機関により半永続的な自律行動をする。

電波で思考制御さえすれば、誰も国境を越えることはできなかった。

配備されていた防衛機構の数は四十。

彼は、その中でも特に新しい個体だった。

多数の軍隊や機械兵器と戦闘し、防衛機構達は勝利した。

何年、何十年も、動き続けた。

しかし、無敵の防御を誇ったと言われる、大帝国の国境警備も、やはりそれは一過性のものだった。

更に強力な兵器が導入され、戦争の後半で、大帝国はあえなく陥落した。

防衛機構も多数破壊され、X36は重大な障害を頭部に負わされ、機能を停止したのだった。


数十年の時間が経過した。


……歌が聴こえた。

か細い声だった。

今にも消えてしまいそうな、小さな呟きに乗せた旋律。

悲しい曲だった。

寂しい歌。

頭部に内蔵された伝導スピーカーがその音を拾い、X36は再起動した。

最初は、エグゼキューションアラートかと思った。

それほど、その歌は、彼らの頭に送られる殺戮信号のトリガーに、音階が似ていた。

……しかしすぐに思い直す。

これは信号ではない。

声だ。

眼球に光が灯り、機械の化物は首を少し動かした。

そして体中から固まった火山灰を落としながら、異様な音を立てて上半身を起こす。

小さな悲鳴と、倒れる音。

モーターの駆動音をさせながら、彼は脇を見た。

カメラアイが収縮し、自分がどこかの洞穴……地下の岩盤に埋まっていることを認識する。

下半身が岩と同化していた。

そして、脇に……五、六歳ほどと思われる、骸骨のように痩せこけた人間が、腰を抜かしてこちらを見上げているのが映った。

……人間だ。

女。

推定身長九十六センチ。

重量二十一キロ。

ボサボサの髪の間で、薄汚れた顔、淀んだ光を発する目が恐怖をありありと浮かべてこちらを見上げていた。


「…………」


X36は、しばらく少女を見下ろしてから、やがてザラつき、ノイズがかった声を発した。


「コんニチは。私ハ、X36型ジェノサイドロン、ステルベン式駆逐装置でス」


無機質なマネキンのようなモノが声を発したのが異様だったのか、少女は小さく震えながら後ずさった。

ベロン、とX36の顔についていた人工皮膚がめくれて地面に転がる。

そこで、くぐもった声とモーター音を軋ませながら、洞穴の奥に二人の人影が入ってきた。

ライトを向けられ、X36の目が収縮を繰り返す。

起動している「モノ」に、入ってきた男達は一瞬ギョッとしたが、それが特に反応もせず固まっているのを見て、途端にいやらしいニヤニヤ笑いを浮かべた。


「アリーヤ……てめぇ、いいもん見つけてんじゃねぇか」


押し殺した声で、ライトを持った機械化人間が言う。

もう一人が、腰を抜かせたままの少女……アリーヤと呼んだ彼女の髪を乱暴に掴んで引き起こした。

頭の激痛に、少女が悲鳴を上げる。


「クソガキが! 何か見つけたらすぐ俺らを呼べっつたろ!」


ゴミを投げるように地面に叩きつけられ、アリーヤが肩を打ってまた悲鳴を上げる。

男は鼻を鳴らし、彼女のことを足で粗雑に蹴り飛ばすと、X36に近づいた。


「ったく……愚図め。いつまで経っても言うことを聞きやしねえ」

「おい、まさかコレ、ジェノサイドロンじゃ……」


もう一人の男が、僅かに後ずさって言う。


「ンなアホな。何でこんな地下にあるんだよ?」

「俺に聞くなよ。まぁ、都合良くエネルギーが切れてるみてぇだ」


ゴンゴン、とライトでX36の胸を殴ってから、男達はニヤリと笑った。


「保存状態もいい。バラして売りゃあかなりの高額になるぞ」

「岩に埋もれてやがる。まずはえぐり出さないとだな」


目の前で不穏なことを言っている男達だったが、X36は彼らのことを見てはいなかった。

収縮を繰り返す眼球が、倒れて肩を押さえたまま動かなくなった少女を見つめていた。

時折、彼女のうめき声が頭に刺さる。


「うう……うう……う……」


どこかを激しく痛めたのだろう。

うずくまって動かない。

そのうめき声がしばらく耳鳴りのようにX36の頭を反響し……。

やがて、彼は工具を取り出し始めた男達を見下ろし、淡々と言った。


「エグゼキューションアラートを感知しマシた。眼前生体反応2を、敵性個体と認識。消去シマす」


ガパ、と口を開く。

その喉奥から細く長い銃座がせり上がり、男達の頭に照準を合わせる。

あ、と思った時には連続した射撃音が鳴り響き、終わっていた。

頭部を銃弾で吹き飛ばされた二体の機械化人間達が、もんどり打って地面を転がり、脳症と血液、オイルを撒き散らして崩れ落ちる。

モーター音を立てながらX36の口に銃が戻っていき……彼は、岩を砕きながら、体をそこから抜き出した。

ひしゃげていた銀色の体が、外気に触れて次第に形が整っていき、光沢を発し始める。

肩をおさえて泣きじゃくっていた少女……アリーヤは、近づいてくる殺戮兵器と、即死した男達を交互に見て、青くなって逃げようとし……すぐにしゃがみこんだ。


「うう……ううう……」


骨が傷んでいるらしい。

ブルブルと体が震えている。

X36の頭を、その周波数の声が刺激した。

彼は少女に近づき、身を屈めてしゃがんだ。

そして無機質な顔を近づけ、言う。


「救難信号を感知シマした。眼前生体反応1。落ち着いてクダさい。あなたヲ救助しまス」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る