咆哮 part.3

「……見たのか?」


しかし、サビに問いかけられ、彼の手がピタリと止まった。

ジンはそのまま数秒停止すると、やがて何事もなかったかのようにライターを点火し、タバコに火を点けた。


「…………」


無言になった彼に、サビは息をついてから続けた。


「分かった。三百シリンダで手を打とう。ここで即決で払う」

「……持ち合わせはないんじゃなかったのか?」


淡々と言われ、少年は軽く肩をすくめた。


「別に本当のことを言わなければいけないという法律は、こっちにもないもんでね」


チッ、と舌打ちをしてジンはまた腕組みをした。

そして唸るように言う。


「いいだろう。三百なら四本ってとこだな」

「助かる」


懐に手を入れたサビに、しかし彼は首を振ってみせた。


「約束はするが、今は渡せない。保管倉庫が部屋の外にある。せめてイエローアラートまで下がらないと、危険だ」

「場所を教えてもらえれば取りに行く」

「バカ言うな。俺が持っている資材が全部保管してあるんだぞ」


眉をしかめたジンに、サビはため息をついてソファーに腰を沈み込ませた。


「……成る程。ってことは、あと数時間はここに缶詰ってわけだ」

「数時間か、数日かは分からないがな」


そこでシュルディアがハッとして口を開いた。


「サビさん、グスタフさんに連絡をしなくていいんですか? 何も言わずに出てきてしまいましたが……」

「……グスタフなら大丈夫だ。それにこのあたりは火山灰で電波が乱反射して、通信機器は使えない」

「やけに詳しいじゃないか」


ジンに口を挟まれ、彼に視線を戻してサビは言った。


「悪いか?」

「いや、生きていくには重要なことだ。余計な詮索をするつもりはねぇ」


サビとシュルディアに相応の背景があることを察したのか、ジンはタバコを吹かして口をつぐんだ。

シェルターの中を沈黙が包んだ。



ソファーに横になって寝息を立てているシュルディアにマントをかけてやり、サビは困ったように頭を掻いた。

ジンは眠るつもりがないらしく、やけにギラついた目で二人を見ていた。

少年が息をついて水を口に運ぶ。

そして懐から薬瓶を取り出し、中身を手のひらに開けた。

ボリボリと水と一緒に錠剤を噛み砕いたサビに、ジンは押し殺した声で言った。


「……アーキタイプだな。お前」

「…………」


サビの動きがピタリと止まる。

彼は錠剤と水を飲み込んでから、横目をジンに向けた。


「詮索はしないんじゃなかったのか?」

「ただの世間話だ」


腕組みをして椅子の背もたれに体を預け、初老の男は続けた。


「そっちの小娘はどうかは分からんが……いずれにせよ、お前達二人から『ヒトの気配』を感じない」

「別に、あんたに迷惑をかけているわけじゃない」

「分かってる。分かってるよ」


両手を上げて軽く振ってから、ジンはポツリと言った。


「俺ァ、大戦で家族を全員亡くした。お前らに殺された」

「…………」

「だからと言って、どうするつもりもない。いや……する力はない。そんな力があるなら、俺は今ここにはいない」


クックと自嘲気味に、彼は笑った。


「高尚な理想や、理念も信念も、もう持ち合わせちゃいない。ただここで死ぬまで生きていければいいって思ってる。だからもう、憎しみや怒りなんて高度なモノは風化して消えちまってる。安心しろよ」

「…………」

「大戦では沢山の『人間』が死んだ。俺も下半身をふっ飛ばされたが、体の八割を機械化して生きながらえた。不自由ではあるが、生きてはいる」


ジンは水の瓶を静かにテーブルに置いて続けた。


「不思議だろう、アーキタイプ。戦争で大勢の高尚なヤツらが死んだ。政治家も、戦争屋も、何もかもが死んだ。でも俺みたいなクズは、まだ生きることにしがみついて、灰みたいにドロドロになりながら生きてる。生きなきゃならないやつらが死んで、どうでもいいカスが生き残ってんだ」

「…………」

「大戦時の雛形戦闘兵器に、そのご感想を聞きたくてな」


ジンの顔からにやけた笑顔が消えた。

彼は猛禽類のように暗い感情を宿した目でサビを見て、視線を細めて続けた。


「何とか言え」

「…………」


サビは薬瓶からまた何粒か錠剤を取り出して口に放り込んだ。

そして舐めながら、どこを見ているのかわからない視線で答えた。


「……俺には関係のない話だ」

「そうかな?」


口の端を歪め、ジンは言った。


「シュツルゲハウゼンという名前に心あたりがあるだろう?」

「…………」


サビは表情を変えなかった。

男はそれを数秒間見つめてから口を開いた。


「……ハウンゼドールの投下作戦は? 十二号文書は? 天使の羽という単語も聞いたことがある筈だ。忘れたとは言わさねえ」

「…………」

「それとも忘れたか? そういう機能はついてんのか?」

「忘れたな」


サビは短く、吐き捨てるように言った。

ジンが目を見開き、タバコを噛む。

床を見つめた彼に、少年は言葉を投げ捨てた。


「……で?」

「…………」


シェルターの中を沈黙が包んだ。

しばらくしてジンが口を開いて、何か言葉を発しようとした時だった。

ジィィィーン、ジィィィーン! と金ダライの中で鉄板をこすり合わせたような音が響いた。

弾かれたようにジンが顔を上げ、シュルディアが慌てて目を開けて飛び起きる。


「な……何です?」


どもりながら口を開いた彼女に、サビは表情を変えずに答えた。


「……侵入されたな。建物の中に」

「中に……?」


きょとんとしたシュルディアと隣のサビに、立ち上がって上着を着たジンが怒鳴り声を投げつけた。


「何してる! とっととここを出るぞ!」

「え……? え?」

「防衛機構が近くに来た! この警報は、ヤツらの金属反応を感知したら鳴るんだよ!」

「嘘……?」


シュルディアが呆然とし、立ち上がったサビに手を引かれる。


「多分本当のことだ。早く立て」

「そ……その防衛機構って何なんですか!」

「後で説明する」


少女がサビに無理矢理立たされた時だった。


ピンポーン……。


と、シェルターのチャイムが鳴った。

ジンが青くなって後ずさる。

サビはシュルディアを守るようにして、扉の前に立った。


「お……おい……」


ジンが震える声を発する。

サビは振り返らずに


「隠れてろ」


と言うと、ドア脇のパネルを横目で見た。

外の通路がモニターに映るようになっている。

そこには、マネキン人形のような、腕と足が細く長い、異様に銀光りするシルエットが映し出されていた。

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