咆哮 part.2

初老の男の名前は、ジンと言うらしかった。

ぶっきらぼうにそれだけを伝えられ、地下通路を歩く。

トンネルのような幅の狭い道はずっと伸びていて、天井には一定間隔で蛍光灯がついている。

時たま明かりが点いたり消えたりしていた。

ジンは二人がある程度通路を進んだのを確認すると、壁際のハンドルを操作して大きくひねった。

重低音がして、今まで来た道に何重かのシェルタードアが競り上がってきて通路を封鎖する。

避難をすると言っていたのは本当のことらしい。

ジンはシェルタードアが閉まったのを見て、ポケットから紙タバコの箱を取り出した。

それを見たサビが一瞬だけ嫌そうな顔をしてから視線をそらす。

気づいていないのか、タバコに火をつけて歩き出したジンが、二人に向かって口を開いた。


「……見た所、機械化人間じゃねぇな。生身でここまで来るとは、馬鹿なことをするガキ共もいたもんだ」


シュルディアがどう返事をしようか迷っていると、サビが淡々とそれに答えた。


「あんたに迷惑をかけたわけじゃない」

「まぁな……」


短くそれに答え、ジンは通路を横に曲がった。


「レッドアラートってことは、近くで稼働してるのか? 防衛機構が」


サビに問いかけられ、ジンはタバコの煙を吐き出し、振り返らずに歩きながら言った。


「ああ」

「危険な個体?」

「そこそこにな」


要領を得ない会話に口をつぐんだシュルディアは、ジンが両足を引きずるように歩いているのに気づいた。

微かにモーターの音がしている。

彼も、どこか体を機械化しているのだ。

僅かに体を固くし、傍らのサビの手を強く握る。

少女の不安を察したのか、彼は着ていたマントをシュルディアの体にかけて自分の方に引き寄せた。


「……妹か?」


問いかけられ、サビは少し考えてから言った。


「そんなもんだ」


否定しようとしたシュルディアを見下ろして黙らせてから、彼は立ち止まったジンから数歩距離を置いて足を止めた。

ジンは、通路の曲がり角の壁に設置されている鉄製のドアの前に立っていた。

壁にパネルがあり、指先でそれを操作している。

少しして、空気の抜ける音がしてドアが開いた。


「着いたぞ。俺のシェルターだ」

「悪いな」


ジンに招き入れられて、二人は暗い部屋の中に足を踏み入れた。



扉の中はセーフハウスのようになっていて、簡単な寝床と食料品、水場が設置されていた。

独房のようなこぢんまりとした部屋だ。

奥の方にまた扉がある。

どうやら、ここから別の場所にも行けるらしく、ジンは短くそう説明してからソファーの前に止まった。

そして汗をかいたのか、上着を脱いで脇に放り投げる。

彼の筋骨隆々とした体があらわになったが、シュルディアはそれに顔を赤らめる前に青くなった。

腹部から下が、完全に機械だった。

油が切れかけているのだろうか、時折錆びついたような音がする。

サビの後ろに立ち尽くして硬直している少女を一瞥し、ジンはタバコを吹かしながらドッカリとソファーに腰を下ろした。


「どうした? 座れよ」


言われ、サビが足を踏み出す。

初老の彼は、小さく笑ってから続けた。


「よく俺を信用したな。騙されているとは考えなかったのか?」


ジンのことを弾かれたように顔を上げて見て、シュルデイアが後ずさる。

サビはしかし表情一つ変えずに、ジンの前のソファーに腰を下ろした。

そして猫背の姿勢で息をついて言う。


「お互い様だろ」

「……違いねえ」


クックと笑ってから、ジンは冷蔵庫と思われるボックスを指でさした。


「中に水が入ってる。俺の分も取ってきてくれ」

「助かる」


サビが立ち上がって冷蔵庫を開ける。

そして水の瓶を三本取り出し、一本をジンへ放った。

彼は立ち尽くしたままのシュルデイアに近づき、不思議そうに彼女を見た。


「……どうした?」


問いかけられ、彼女は一瞬視線をそらした。

しかしすぐに表情を戻し、サビから水の瓶を受け取る。

彼に促され、一緒にソファーに腰を下ろしたシュルディアを見て、ジンは水を飲んでから聞いた。


「名前は?」

「俺はサビ。こっちはシュルディアだ」

「二人とも妙な名前だな」


ジンは特に気にしている風もなく吐き捨てると、水の瓶をテーブルに置いた。


「……で? 何か用事があってここに来たんだろ?」

「アーキカーボナイトの燃料タンク数本と、水。あと電気をもらいたい」

「カーボナイトねぇ……」


ジンはタバコを吸って吐き、まだ長いそれを灰皿に押し付けてグシャグシャにしてから腕組みをした。


「まぁ、水と電気はカネさえ積めばってやつだな。だがカーボナイトはここ最近入荷がなくてな」

「オルトベジリングの通貨ならある。何とかならないか?」

「大陸の通貨は殆ど意味がねぇ。金か銀はないのか?」


彼に言われ、サビは少し考え込んだ。


「……幾らだ?」

「三百シリンダ分、ダラグラムにして500ってとこだな」

「持ち合わせがそんなにない。ふっかけすぎじゃないか?」

「別にお前達に分けなきゃいけないっていう法律はねぇ。嫌なら他のヤツらを当たりな」


出口の方を指さされ、サビは息をついて背もたれに体を預けた。


「……一理ある」

「だが、防衛機構が稼働停止するまで多分、他の奴らは扉を開けないだろうな。最近はアレも賢くなってきて、ヒトに擬態するようになった」

「成る程……」

「良く無事にここまで来たもんだ。近頃のアレは、見境がない」


ジンはそう言って、タバコ箱からまた一本抜き出した。

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