第2話 咆哮

咆哮 part.1

手の中の彼女が、熱を失っていくのが分かった。

急速に力を失くしていくその小さな体を抱きしめる。

血だ。

ぬるりとした感触。

大事なそれを垂れ流しながら、彼女は手を伸ばそうとした。

そのか細い腕が力を失い、フッ、と体が軽くなった。


死んだ。


それが分かった。

頭の何処かで彼女が死んだことを理解した。

しかしその事実を。

受け入れることを、自分自身が拒否していることも解った。


手の中の彼女の生体反応は途絶えていた。


残るのは熱感の残滓だけ。

それも徐々に消えていく。

消えていく。


嗚呼。


……歌が、聴こえた気がした。

あの日、聴いた歌が。

あの日、失くした歌が。

聴こえた気がした……。


彼は立ち上がった。

そして、自分を取り囲む「何か」達を見回した。

そして言った。

淡々と、機械のように。


「感知範囲内の動的物体全てを当害と認定。千二百五十九の生体活動を確認。これより、当機X36は、確認しました全ての生体反応の消去行動に移行します」



灰が降りしきる街だった。

付近に点在する活火山の影響で、断続的に灰が舞い上がる。

周囲を霧のように有害な粒子が舞い、光を乱反射していた。

雨雲に灰が混じると、黒い雨が降る。

それは硫黄の悪臭を放ち、ドロドロとしたヘドロを堆積させる。

ヘドロはやがて固まり、もう作物は実らない。

そこは、緩やかに死に侵されている、死灰の街だった。



「マスクを外すなよ。死ぬぞ」


割と冗談とも言えない調子でそう言葉を投げ捨てられ、シュルディアは慌てて、顔面全体を覆うガスマスクのような防塵面をつけ直した。

頬のスイッチをいれると、口元についている大きなファンが回転を始める。

バッテリーの駆動時間は二時間。

予備は持っているが、やはり不安になる。

蒸し暑かったが、やはり外すわけにはいかないだろうということは、飛空艇の窓の外に見える景色でよく分かった。

崩れた廃墟群が、何か赤黒いヘドロに覆われている。

固まった溶岩灰だ。

そして、先程から雪のようにパラパラと白い灰が降り続けていた。

シュルディアは雪を見たことがなかったが、幼い頃父母に聞かされた知識で知ってはいた。

おそらく、こういうものなのだろうと思う。

彼女は、飛空艇の操縦席で大の字になって眠っている、半機械化人間、グスタフを横目で見た。

そして視線を、隣の少年、サビに向ける。


「こんな所に、どうして?」


問いかけると、ネジは彼女に渡したと同じ防塵面を顔にはめてスイッチを入れてから、くぐもった声で答えた。


「用事がある」


そう短く答え、彼は閉鎖弁の方に近づいた。

そして慌ててシュルディアがついてきたのを確認し、感圧室の扉を締めた。

ハンドルを回すと、一拍遅れて空気の抜ける音がし、飛空艇のハッチが開いた。

そこから出てきた階段を降りたサビの後を、シュルディアが小走りで追いかけた。


「待ってください」

「別に、お前は飛空艇でグスタフと待っていてもいい」


サビはぶっきらぼうにそう言って歩幅を狭め、灰を足で掻き分けるようにして歩き出した。

シュルディアがその脇について、彼の顔を見上げる。


「少しは外に出ないと。最近、移動ばかりで」

「……好きにすればいい。どうせここは、大戦の影響で汚染区域に指定されてる。ザンジバル政権のヤツらは入れない」

「安全地帯……ってわけですか?」

「違う」


サビはマスクの奥の瞳で前を見ながら答えた。


「言っただろう。汚染区域だって。ここにはマトモなのは住んでない。ただ立ち寄っただけだ」

「…………」

「補給しなきゃ飛空艇も動かない。燃料も調達したい」

「アテはあるんですか?」

「記憶が正しければな」


サビは端的にそう言って、シュルディアに手を伸ばした。


「ほら、握れ。ここではぐれたら迎えには来れない」


シュルディアはしばらく、無機質なサビのマスク顔を見ていた。

そしてやがて、恥ずかしそうに手を伸ばして、そっと彼のゴツゴツとしたそれを握る。

少年と少女は、寄り添うようにして灰の雨の中を歩き出した。



彼らが要塞のような都市、その関所に着いた時には、もう既に一時間近くが経過していた。

マスクの中が蒸し暑くて、顔が痛い。

汗で曇るガラスの向こうを見ながら、シュルディアは寂れた関所の建物内に入って大きく息をついた。

閉鎖弁のロックをしてから、サビがネコのように体を振って、頭や肩に降り積もった灰を落とす。

そして彼はマスクを外して頭を掻いた。

シュルディアもマスクを外し、ボロボロになっているソファーに倒れるようにして腰を下ろす。

肩に下げていたカバンから水筒を取り出して口に運んだ彼女を横目で見ながら、サビは薄暗い蛍光灯の光に照らされた、関所の待合室を見回した。


「あの……どうして、近くまで飛空艇で降りなかったんですか?」


シュルディアに別の水筒を差し出され、サビはそれを受け取ってから答えた。


「このエリアは、まだ大戦時の防衛機構が活きてる。下手に空域から侵入したら撃墜されるからな」

「撃墜……」


その単語を繰り返し、遅れて意味を理解して震え上がる。

黙り込んだ少女を置いて、サビは水筒の中身を口に流し込みながら、受付窓の方に進んだ。


「ン……?」


小さく呟く。

明かりは点いているが、窓口にはくしゃくしゃになった紙がテープで貼り付けてあった。


『CLOSED』


と、書いてある。

サビは無言でそれを見て、奥の部屋に誰もいないことを確認してから息をついた。


「あれえ……閉まってる……」


シュルディアが異変を察知し、サビの後ろに近づいて窓口を覗き込む。

壁にかけられた時計は、午後の二時半をさしている。

まだ定時には遠い。


「お昼かな……?」


小さく呟いた彼女に、サビは淡々と返した。


「さぁな」

「今日が定休日ってわけでもなさそうですし……」


まだ生活感の残る薄汚れた小さな事務所が見える。

コーヒーポットがコトコトと音を立てていた。

少し前まで人がいたらしい。


「……おい、何をしてる?」


顔を見合わせた二人に、そこで唐突に少し離れた廊下の奥から声が投げかけられた。

顔を上げたシュルディアの目に、廊下の奥に初老の男が立っているのが見えた。

くたくたの作業着を着ていて、真っ白な白髪をオールバックにまとめている。

痩せぎすの、タカのような目をした男だった。

怯えたようにサビの背後に隠れたシュルディアを見てから、彼は向き直った少年に視線を移した。


「いや、ただジェルダンに入りたいだけだ」


サビが答えると、男はジロジロと二人を見回してから近づいてきた。

そして腕組みをしてから言う。


「異国から来たのか? ここはレッドアラートが少し前に発令されてる。俺も避難するところだ。早いとこ離れた方がいい」

「レッドアラート……?」


首を傾げたシュルディアを呆れたように見て、男は続けた。


「その様子だとだいぶ歩いてきたみてぇだな。カタギじゃねぇな……?」


言われている意味はよく分からなかったが、あまりいいことを言われていないことを察し、少女が体を固くする。

男はそんな二人の様子を見てから、深く息をついた。


「まぁ、ここで言ってても仕方ねえや。近くの避難所まで、一緒に来るかい?」

「……助かる」


サビが短く言ってシュルディアの手を握る。

少女がハッとして彼の顔を見上げた。

そして歩き出した歩幅に、慌ててついていこうと、足を踏み出した。

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