涙の価値は part.8

閉鎖され、大混雑している空港の裏通りに車を停め、グスタフはシュルディアの手を引いて走っていた。

金網が張り巡らされている、飛行船の発着場の隅に体を滑り込ませ、二人が荒く息をつく。

シュルディアは大粒の汗をかいて、薄ぼんやりとした意識の中、必死にグスタフの手を握っていた。

体力がもう底を尽きていた。

少し休んだだけでは回復などしようがない。

グスタフはポケットから出した錠剤をシュルディアに与えると、大きな腕で金網と鉄条網を掴んだ。

そしてバキバキと乱暴に引き裂く。


「グ、グスタフさん……どうするの……?」


錠剤を飲み込んで心細げに聞いた少女に答えようとして、グスタフは振り返った。

そして口を開く。


「遅かったな。手こずったのか?」


いつの間にか、サビが携帯端末を持って背後に立っていた。

息が荒く、大きく肩を上下させている。

彼は端末をポケットに突っ込んでから、グスタフが開けた金網の穴から、発着場に体を滑り込ませた。


「ダメだ。今度こそ始末してやろうと思ったが、ここに入り込んでいたフリークに邪魔された」

「そいつは?」

「バグっていた。もう正常な意識はない様子だった。多分、ジョゼに処分されただろう」

「……そうか」

「救うことは出来なかった」


グスタフ達に続いて発着場に足を踏み入れたシュルディアが、少し大きめの男性用の靴をカポカポ言わせながら青ざめる。


「処分……」


小さく呟いた彼女を一瞥し、サビは言った。


「言っただろう。インターポールは、フリークに対して容赦がない」

「……どういうことなんですか……? 私も、そのインターポールの人に処分されてしまうんですか……?」


震えだしたシュルディアに、発着場の隅にしゃがみ込んだサビが、何でもないことのように答えた。


「だろうな」

「どうして……?」


シュルディアはしゃがんだまま、肩を抱いて歯を噛んだ。


「どうしてなの……? 私何もしてないよ? 何も……何もしてない……」

「…………」


黙って向き直ったサビに、少女は引きつった声で、訴えるように言った。


「何で? 何でこんなに、こんなにあの人達は酷いことができるの……? 同じ人間じゃないの……?」

「……同じ人間じゃない」


サビは端的に彼女の声を打ち消した。

短い言葉だったが、それは少女の言葉を止めるに有り余るほどの、重みを持った一言だった。


「お前も、俺も、あいつらも。ヒトじゃない」


どういうことなのか……? と、聞き直しかけたシュルディアの前で、しゃがんでいたグスタフが突然立ち上がり、巨体に似合わない動きで地面を転がった。

そして小銃を持って見回りに来ていた警備員と思われる男にたちまち肉薄し、覆いかぶさるようにして組み伏せる。

シュルディアがあっと思った時にはもう、グスタフは何の躊躇もなくその男の首を掴んで捻り上げていた。

モーター音と、何か機械の部品が砕ける音がして、機械化人間の首があらぬ方向を向いて動かなくなる。


「何をしてる、行くぞ!」


唖然としているシュルディア、そしてサビに小声で怒鳴り、グスタフは近くに停めてある数十台の飛行船に向かって駆け出した。

離陸寸前のものもあったようで、気球部分のエンジンに火がついているものもある。

サビは走り出そうとして、自分を見上げているシュルディアを見下ろした。


「外の世界は、アポカリクファの終焉を迎えようとしている」


彼の意味不明な言葉を聞いて、少女は息を呑んだ。


「外に出て、お前が救われるわけじゃない。俺が、救ってやれるわけでもない。ただ出るだけだ。選ばせてやるよ」


サビはシュルディアに向けて手を伸ばした。


「ここで死ぬか、外で死ぬか。好きな方を選びな」


全てを突き放すサビの一言に、フリークの少女は着ていたコートを握り込んで俯いた。

そして、彼女は言った。


「私は……」

「…………」

「私は生きたい。死ぬのは……やっぱり怖いよ……」


立ち上がり、少女は無言のサビの手を握った。

ゴツゴツとした硬い、鉄臭い感触だった。


「外で死ぬんだな?」


確認するように問いかけたサビに、シュルディアは言った。


「サビさんの手は温かいから……」

「…………」

「一緒に行きます」


サビはそれを聞くと、片手でシュルディアの体を抱えて走り出した。

そしてまた警備員の首を折って投げ捨てたグスタフに追いつく。


「時間がない。じきにジョゼが来るぞ」

「この子を守りながらだと厄介だ。早いところここをおさらばしよう」


グスタフはそう言って、手近なエンジンもかかっていない、小型飛行船に近づいて中を覗き込んだ。

貨物輸送機のようだ。

荷物がコンテナに入っていて、操縦室には誰もいない。

扉の鍵を指で摘んでねじりきり、彼は地面に降ろされたシュルディアの手を掴んで、操縦席に押し込んだ。

そして自分も乗り込んで、ケーブル類と電装系を慣れた手付きで動かし始める。


「グスタフさん、動かせるの?」


シュルディアに聞かれ、グスタフはロック機構のような基盤を引き剥がしながら答えた。


「安心しろ。窃盗は慣れてる」

「グスタフ、すぐに飛べ!」


そこでサビが大声を上げた。

同時に飛行船のエンジンが掛かり、気球部分が点火する。

それとほぼ同時に、複数の銃声が響いた。

少し離れた場所に、警光灯を光らせた警察車両が集まっている。

そこからワラワラと蟻のように、武装した機動隊が出てくるところだった。

サビの体からあふれるように流れ出した、錆びたネジの化物が、飛んできた銃弾を叩き落とした。

少し離れた飛行船の影に、歯を噛み締めたジョゼがいた。

走りながら弾倉を交換し、また何度も引き金を引く。

サビは浮き上がった飛行船を横目に見て、ジョゼに向けて手を伸ばした。

ネジの化物が銃弾を弾いたが、ジョゼは壁を蹴って三角跳びの要領でサビに肉薄した。

人間業ではない動きに、少しサビの対応が遅れた

繰り出されたブーツの爪先が彼の腹にめり込み、まるで重機に当てられたかのように、サビの体が吹き飛んだ。


「……ッ!」


口から重い空気の塊を吐き出し、彼はゴロゴロと地面を転がった。

サビの集中力が切れたのか、ネジの化物が途端に操り糸がなくなったかのように、バラバラと地面に転がった。

腹を抑えて起き上がろうとしたサビに駆け寄り、ジョゼはその頭を、振り上げた足で地面に踏みつけた。

そしてハンドガンを構えて怒鳴る。


「死ね!」


憎悪。


ただ単純なる、爆弾のようなその一言を放ち、引き金を引こうとし……。

彼は何か小さなものに肩口から体当たりされ、飛び退ろうとしてバランスを崩し、地面に転がった。

飛行船から飛び降りたシュルディアが、ジョゼに体全体でぶつかったのだった。

不格好にサビの脇にへたりこんで肩を抑える少女を、ジョゼは無機質な機械の目で見た。

そして一瞬呆然として動きを止める。


「なッ……」


言葉にならない衝撃だったようだった。

硬直しているジョゼを横目で見てから、シュルディアは立ち上がったサビに手を引かれた。


「……待て……!」


ジョゼの悲痛な叫びが響く。

爆速で急上昇を始める飛行船。

サビは片手でシュルディアの体を抱え、飛行船に向けて手を伸ばした。

地面に転がったネジの群れが浮き上がり、飛行船のタラップにからみつく。

そのまま少年と少女は、エンジンを最大にふかして急発進した飛行船に引っ張られ、暗闇に溶けるように消えた。



「…………」


緊急サイレンが鳴り響く空港の警備室で、ジョゼは携帯端末を耳に当てて、椅子に座っていた。

その表情は、極めて暗かった。

何かに呆然としたように、視線が定まっていない。

空港からは追跡の飛行船が何機が飛んではいたが、夜中の暗闇、そして先程発生した砂嵐により、追跡が困難な状況になってしまっていた。

砂嵐により、通信機器もうまく働いていない。

ノイズ混じりの通話の先から、アンリの声がした。


『大丈夫……? ジョゼ』


呼びかけられ、ジョゼはハッとしたように我に返った。

そして手に持っていたハンドガンを、腰のホルスターに仕舞う。


「大丈夫だ」

『経緯は分かったわ。C145の残骸は、先程到着した研究班が回収したようね。貿易店から、フリーク能力で生成されたと思われる貴金属類が大量に見つかったけど……外に出たものまでは追跡不能よ』


苦々しく言った彼女に、ジョゼは押し殺した声で言った。


「……フリーク因子の追跡は?」

『索敵圏外ね。また完全にロストしたわ』

「…………」


頭を押さえ、ジョゼは深くため息をついた。

それにアンリが事務的に返す。


『今回のあなたの任務は、これで完了よ。一度インターポールの総合庁舎に戻って頂戴。これは元老院からの命令です』

「…………」

『お疲れ様。C145の処分を、本部でも確認したわ。早めの帰還をお願い』


プツリ、と一方的に通話が切られる。

ジョゼは携帯端末をポケットにつっこみ、代わりにタバコの箱を取り出した。

そこで、ガサッ、とポケットに入っていた真珠と、錆びたネジの袋が床に落ちる。

それを拾い上げ、ジョゼは真珠の袋をゴミ箱に投げ捨てた。

錆びたネジの袋も捨てようとし……思い直してポケットに仕舞う。

そしてくたびれた安タバコを口にくわえて、彼はライターで火をつけた。



夜通し続いた砂嵐は、いつの間にかやんでいたようだった。

外の景色がゆっくりと流れる、操縦席の隣に座って眠り込んでいたシュルディアが、ハッとして目を開ける。

すでに太陽は昇っていて、窓から差し込む日差しが明るい。

ズキズキと肩が痛んだ。

無我夢中だった。

サビが頭を踏みつけられているのを見て、飛び出して……。

それから先を、よく覚えていない。

操縦席を見ると、オートパイロットにしているのか、グスタフが腕を組んで目を閉じ、眠っていた。

起こすのも気が引けたので、よろよろと立ち上がって甲板に向かう。

小さな飛行船の甲板エリアには、ぼんやりとした顔で床に座って外を見ているサビがいた。

その姿を見て、やけに安心して息をつき、近づく。

シュルディアを見て、サビは口を開いた。


「まだ寝てた方がいい。グスタフが言うに、無理をしたら危ないらしい」

「大丈夫……」


一言だけそう言って、彼女はサビが見ている方に視線をやって、呆然とした。

どこまで飛んできたのかは分からないが……。

目の前には、何かがどこまでも続いていた。

上空を飛んでいて、下に見えるのは……。


…………ビルだ。


廃墟となったビル群が、地平線の向こうまで、どこまでも並んでいる。

崩れて風化し、砂に埋もれているものも大半だ。

そんな光景が、ずっと続いているのだ。


「…………」

「このあたりは、終焉に呑まれて終わりを迎えた場所だ」


サビは淡々とそう言って、また眼下を眺めた。


「いずれは帝都も、アポカリクファにやられる。誰もそこから逃れることはできない」

「…………」

「外で死ぬ以外の選択肢はないよ。残念ながら……」


そこまで言って、サビは隣のシュルディアが肩を震わせているのを見て言葉を止めた。

少女のやつれきった頬を、スゥ、と一筋の涙が流れる。

カチン、と音がして、甲板に透き通ったダイヤモンドの塊が転がった。


「…………綺麗…………」


シュルディアはそう呟いた。

太陽に照らされ、輝いた廃墟と砂の群れが、キラキラと光を乱反射している。


「私、生きてる…………」


少女の小さな呟きを聞いて。

流れていく景色にまた視線を戻し、サビはポケットから薬瓶を取り出した。

そして中身を手に振って、口に放り込む。

甲板に、一瞬だけ錆びつき、焦げたような臭いが広がった。

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